第6話 雑用係としてですが


「ねぇ、知ってる? 近いうちに任務があるらしいんだけど、そこに私たち雑用係を連れていくらしいよ」

「は?」


 いつも通りの日常が帰ってきて、リゼスはいつも通り雑用係として今日の担当である洗濯をしていると、同じ担当の雑用係の少女がそんなことを言った。

 団長が新たに置いてくれた2代目の洗浄機がゴウンコウンと今日も絶好調の様子で、しつこい汚れをにまみれた衣服をあっという間に綺麗にしていく音の音だけが響く。

 リゼスは目を点にしながら少女を見る。


「えっ、いつ?」

「正確な日付は分からないけど、なんでも騎士様が何人かの雑用係に、声をかけてるみたいだよ」


 まったく知らないそれにリゼスは表情をわずかに険しくさせる。


「雑用係を任務に……それ、大丈夫なのかな」

「怖いよね……私たち、人喰いのエサにされちゃうのかな……」

「それはさすがにないと思うけど」


 少女は自分を守るように両腕で自分の体を抱きしめる。リゼスは彼女の不安を否定しつつも、もしかしたらという思いはあった。が、すぐに、そんなことをシーリの父である団長がそんなことをするとも思えないなと考える。

 ならば何故、雑用係なんて足手まといを任務に連れていくのか。


「何人か声がかかったって言ったけど、その子たちは行くのかな?」

「ううん。みんな怖がって断ったみたい」

「まぁ、そうだよね」


 リゼスは安堵の色を浮かべる。どうやら強制参加ではないらしい。


「それにしてもなんで私たちが呼ばれるのかわからないけど、リゼスには声がかからないんだろう?」


 少女が不思議そうに首をかしげる。リゼスは肩をすくめた。


「さぁ?」

「リゼスは声かけられたら行く?」

「うーん、行きたいとは思う」


 それがどんな目的なのかは全くわからない。だがそれでも、リゼスは声をかけられれば一秒と待たずに行きたいと返事をするだろう。少女はリゼスの表情を見ながら「そうだよねぇ」と笑う。


「それにしても、この石鹸すごいね! 今までのが何だったんだろうって感じ」


 真っ白な泡を楽しそうに見ながら少女が言う。リゼスは同意するように汚れがあっという間に落ちていく様子を眺める。団長に話してすぐに選択と掃除に使う石鹸が新調された。それの洗浄力はすさまじく、雑用係の人間は大喜びであった。


「でもどうして、急に変わったんだろう。もしかして、シーリ様が言ってくれたのかな」

「多分そうだと思うよ」

「そっか……シーリ様、あの時初めて見たけどすっごくきれいな人だったよねぇ」


 うっとりとした表情を浮かべる少女に、リゼスは同意しつつ苦笑いを浮かべる。




 二人がそんな会話をしながら洗濯をしていると――


「リゼス」

「……シーリ様」


 声をかけられ振り向けば、任務帰りだろうか鎧を纏ったシーリが立っていた。突然の来訪者にリゼスと少女は目を瞬かせる。


「今、少しだけ時間いいですか?」


 チラリとシーリの視線がリゼスの隣に立っている少女を見る。視線に気付いた少女は小声で「またね」と耳打ちすると洗い終わった洗濯物を干すために去って行く。その気遣いに感謝しつつ、リゼスは頷いた。


「すみません、お話し中だったのに」

「いえ、大丈夫です。それで、話とは?」

「はい。もしかしたら、小耳にはさんでいるかもしれませんが、次の任務で試験的ではありますが、普段騎士団でサポートをしてくれるサポート班の人たちに同行してもらうことが決まりまして……」


 そう言ったシーリの表情は硬い。おそらく、心配しているのだろう非戦闘員が任務に赴く危険という物を。もしかしたら人喰いの餌食になってしまうことを。

 やっぱり、目の前のこの人はとても優しい人だ。きっと、ほかの騎士であればお荷物だと言っていやそうな顔をしそうなものなのに。悲しそうな顔をするのだから。


「それで、私は貴女を任務に連れていきたいと思っています」

「り、理由を聞いても……?」


 言いづらそうにする彼女にリゼスはなんだか即答するのがはばかれ、ぎこちなく問う。と、シーリは僅かに視線を泳がせた後、まっすぐにリゼスを見た。


「貴女の強さがあれば、何かあった時でも安心できると思いまして。それに……」


 シーリがそこで言い淀む。明らかに言葉の続きがありそうなのだが、その先を彼女は続けない。いったいどうしたのだろうかとリゼスは首をかしげる。


「シーリ様?」

「……これを言ったら、リゼスは私に失望してしまうような気がしまして」


 曖昧に笑う彼女に、リゼスはぶんぶんと勢いよく首を横に振った。


「そんなはずがありません! シーリ様が何を言っても私は絶対に失望しません! するわけないじゃないですか!」


 勢いに多少たじろいだシーリは諦めたように口を開き――


「……リゼスともっと一緒にいたかったんです」

「……へ?」


 意外な言葉に呼吸も忘れるほどの衝撃受け、思わずリゼスの口から間抜けな声が零れる。そうすればシーリは恥ずかしそうにはにかむので余計に困惑してしまう。

 確かに1週間ほど一緒に過ごしてはいたが、それは雑用係の仕事を見せるだけ。彼女に気に入られるていると思えるほどのことをした覚えはない。


「え、あ、その……」


 ぶわりと音を立てて体が熱を持って顔が自分でもわかるほどに赤く染まっていく。他人が見ればまるで、恋人同士のようなやり取りにリゼスはどうしたらいいかわからなかった。

 すると、シーリはばつが悪そうに眉尻を下げ、「リゼス」と名前を呼ぶ。その表情にリゼスの胸が握り潰されたかのような苦しさを訴える。


「……に、任務に一緒に行きたいです」


 心臓の音がうるさい。それでも、リゼスは言葉を続ける。


「その、私も……シーリ様と一緒にいたい……ので……」


 そう言ってチラリと伺う。そうすると、シーリの顔は赤く染まり、視線を泳がせていた。

 なんだこれは。まるで本当に恋人同士のようだ。これ以上、こんな空気でいたら自分が自分でなくなってしまいそうだ。

 リゼスは何度か深呼吸すると、表情を正し問いかけた。


「あの……任務、ということですが、いったいどのような任務なんですか?」


 真面目な話に切り替えれば、シーリは一瞬で甘い雰囲気を消し去る。その変わりようにやはり戦う人なのだと再認識させられる。


「はい、今回は調査任務になります」

「調査任務ですか?」

「ええ。ここから少し南に行った場所で人喰いの痕跡が発見されたそうなので、その周辺を調べて人喰いもしくは人喰いの住処を探す任務になります」

「見つけたら戦うんですか?」


 僅かに不安を浮かべて聞くと、シーリは安心させるように微笑んで首を横に振る。


「いえ、そうはなりません。通常、調査任務では人喰いの発見と人喰いの住処の発見のみです。場合によっては討伐任務に切り替わることがありますが、基本は見つけて帰って来るで終わりです。そうして改めて、討伐隊を編成して人喰いを討伐します」


 だから安心して平気です。と付け加える。


「てっきり、調査任務でも見つけたらすぐに人喰いを殺しに行くものだと思っていました」

「数年前まではそうだったみたいですよ。ですが、人喰いは瞳の色である程度の強さが分かりますが、あくまでそれは通常はと言うだけで、時には強力な力を持った個体も存在します。なので、情報不足のままむやみに戦いを挑めば被害が大きくなるということで、まずは情報を集めるように変わったんです」

「そうなんですね」

「なので、今回の任務は貴女たちを連れていくこともあり、戦闘は緊急時を除き禁止となっています。騎士たちも血の気の多いものは連れていきませんから、その点は安心してもらっていいと思います」


 まるで、雑用係のためのような任務。試験的なものと言っていたが、どうして急にこんなことを始めたのだろうか。そう思って聞いてみればシーリは少し弱ったような色をその瞳に浮かべた。


「実は、任務の種別によっては長期に及ぶものがあります。そうした時に、拠点での生活は騎士たちが自分で行わなければなりません。ですが、ほとんどの者が戦いしか知らぬ者たち、食事も作れず毎度拠点での生活はかなりひどいものに……」

「ああ、それで」


 普段の騎士たちの生活に遠い目をしながらリゼスは納得する。それに、シーリは苦笑いを浮かべる。


「はい、お恥ずかしい限りです。この意見が出た当初は、サポート班に護衛をつけるのはいかがなものかという意見が多く実現には至りませんでした。ですが、拠点防衛に騎士を置くようになってからは人が数人増えても大丈夫だろうということで、今回の任務に連れていくことが決定したんです」

「そういうことだったんですね」

「この任務がうまくいけば、今後も貴女方に任務の同行を依頼することも増えるでしょう。それに、輝かしい働きをすればきっと団長の目にも止まるでしょう」


 その言葉の中に“うまく働けば騎士にもなれるかもしれないぞ” という意を感じ取ったリゼスはグッとこぶしを握り締める。戦うことはきっと許されないだろうが、それでもできることを精一杯やろう。


「シーリ様、よろしくお願いします」

「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 頭を下げるリゼスをシーリは優し気に見つめていた。









 あれから5日後の任務当日。

 リゼスは落ち着きない様子で、集合場所である広場へとやって来ていた。そこにはすでにメンバーと思われる騎士たちが真剣な面持ちで整列していた。その光景に思わず胸が高鳴ってしまう。

 やっとだ、やっと任務に行ける。望んだ形ではなかったが、それでも人喰いに一歩近づけたことにリゼスの気持ちが高鳴るには十分である。


「あ、リゼス」


 声をかけられ振り向くと、二人の雑用係の少女たちがリゼスへと駆け寄ってくる。まさか、自分以外にも参加する人間がいるのは驚きだった。


「二人も参加するんだね」

「うん、ちょっと怖いけど特別手当が出るから」


 ぎこちなく頷く二人に、リゼスは彼女たちの家がかなり困窮していること思い出す。そう言えば、シーリからはそんな特別手当なんて話は聞かなかったきがする。まぁリゼスとしては、人喰いさえいなくなれば金なんざどうでもいいが。


「調査任務ってことだから危険はほとんどないってことだけど、それでも怖いよね……」

「うん。拠点では騎士様が守ってくれるっていってたけど……それでもやっぱりね」


 不安そうに身を寄せる二人に、リゼスは同じ気持ちになれない自分に少しだけ自嘲する。どんなに憎くとも、人喰いというのは戦えぬ人間からすれば恐怖の存在でしかないのだ。


「大丈夫だよ。きっと、大丈夫。なんたって、シーリ様がいるんだから」


 そう、あの人がいれば絶対に大丈夫だ。力強くそう伝えれば、二人は顔を見合わせた後、「そうだね」と安堵の色を浮かべた。


 3人でそんな話をしていると、号令がかかる。どうやら、時間になったらしい。リゼスたちはその表情に緊張を浮かべると、整列している騎士たちの少し後ろに並ぶのだった。










「では、ここが拠点となる。お前たち雑用係は基本的にここで騎士たちの拠点生活のサポートを行ってもらう。この近くに川もあるから、もしそこに行くときには必ず拠点の護衛にあたっている騎士に声をかけて行動するように」


 騎士団からほど近い南の森、リゼスと雑用係の少女たちと共に拠点となるテントを騎士に手伝ってもらいながら完成させると、さっそくシーリは騎士を引き連れ調査へと出かけていった。拠点防衛のため残った数人の騎士たちは、リゼスたちに“必要があれば声をかけるように”と残して持ち場へと向かっていた。


「じゃあ、騎士様が帰ってきたらすぐに食事ができるように早めに準備しておこうか」


 グルグルと軽く肩を回しながらリゼスは不安そうに辺りを見回す二人へ声をかけた。リゼスだって、いつもと違ったピリピリとした空気に緊張している。二人はきっともっと比べ物にならないぐらいに緊張しているだろう。

 ならば、忙しくして少しでも緊張を忘れられるようにするしかないだろう。二人はそんなリゼスの思いを何となく感じ取ったのか、僅かに表情を明るくする。


「うん、じゃあ私たちが料理するから、リゼスは水を汲んできてもらってもいい?」

「わかった」


 騎士団から持ってきた巨大な鉄なべを抱えたリゼスが、近くの騎士に声をかけようとしたその時――


「リゼス、やっぱり来てたわね」

「リノ様!」


 パッと振り向くとそこには鎧を身に纏ったリノの姿があった。リゼスは彼女の元へと駆け寄る。


「リノ様も来ていたんですね」

「まーね。私の魔法は拠点防衛にピッタリなものが多いからね、呼ばれるべくして呼ばれたって感じかな」


 得意げにふふんと胸を張る彼女に、リゼスは表情を緩める。てっきり参加していないと思っていたリゼスはシーリ以外の知り合いに少しだけ安心する。


「これから川に行くの?」

「はい」

「なら、私が一緒に行くわ」

「いいんですか? 忙しいのでは?」


 不安げに問えば、リノは周りで談笑している騎士を一瞥し肩をすくめた。


「へーきへーき。私の張った防護結界は問題なく作動してるし、ほかの人もサボっているように見えるかもしれないけど、しっかり周りの警戒はしてるから。それに、私がリゼスと一緒にいたいしね」


 にこりと穏やかに微笑む彼女はさらりと爆弾を投下する。別に他意はないとわかっているはずなのに、つい最近にシーリからまっすぐな好意を向けられてからそう言った言葉に敏感になってしまったのか、リゼスの顔に熱が集まる。

 すると、赤くなったリゼスを見たリノはプッと小さく噴き出した。


「わ、笑わないでくださいよ」

「ごめんごめん、あんまりにも面白いぐらい赤くなるから。ふふっ」

「……早く川に行きましょう」


 口を尖らせ、リゼスが歩き出す。リノはしばらく笑っていたが、すぐに「待って」と言いながら隣を歩くと、川へと二人で向かうのだった。

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