十五、調査する地域に着きまして

 黒竜王に娶られてから、毎晩のように甘く、優しく抱かれている。

 王はとても優しい。


「……こんなに幸せでいいのかしら……?」


 何故だか涙がポロリと零れ落ちた。


「そなたが幸せだと思ってくれているのならば、これを永遠にしよう」

「あっ……」


 目覚めてふと呟いた言葉は王に聞かれていて、そのまま唇が重ねられた。


「王、梅玲メイリン様、朝でございます」


 扉の向こうから翠麗ツイリーに声をかけられて、口づけが解かれた。


「……無粋な」

氷流ビンリュウ様、連れて行ってくださいませ」

「そうしよう」


 翠麗によって身支度を整えられ、すでに用意されていた朝食を食べたらもう出立だった。王の腕に抱かれ、薄絹を頭の上から被せられる。この薄絹は王都の館の外ではずっと被っていなければいけないらしい。私が食事をする際は誰にも見せないようにするという徹底っぷりである。王の伴侶とは、本当に大事なものであるようだった。

 表に出るとまだ暗かった。東の方角には高い山があり、その山の後ろが赤く燃えているように見えた。朝焼けというのだろうか。

 村からくだんの地域には、歩いて一小時(一時間)ほどかかった。案内役の男たちは翠麗と、玉玲ユーリンを横抱きにしている明和ミンフアを気にしていたようだが、彼女たちが獣道を軽やかに進むさまを見ると納得したように頷いた。

 玉玲は最初自分の足で歩くと言っていたが、


「道なき道を向かいますのでどうか私めに運ばせてください」


 と明和に言われて折れた。それなりに葛藤はあったみたいだけど、自分の歩みのせいで遅れてはいけないと思ったのかもしれない。

 橙紅チョンホンは王の足元を歩いたり、時折軽く飛んだりする。見ているとその視線はずっと東の山の方へ向けられていた。


「はー、それにしても眷属様っつーのは軽やかなものだっぺ」

「我々は人とは違うのでな」


 成和チョンフアが案内役の村人にしれっと答えた。

 そうして大きい石がごろごろ転がっているところや草がぼうぼうに生えているところなどを通り抜け、ようやく目的地に着いた。私は王の腕の中にいたので全くなんの苦労もしていない。


「この辺りの木々でさあ」


 村人が手で曖昧に示す。直接どの木なのかということを教えたくないらしい。私も気持ちはわかるので木々については見回すだけに留めた。

 橙紅はご機嫌だ。キューイ、キューイと鳴いている。

 ここにも食べられる草や薬草などがいろいろ植わっているらしい。


「木の葉以外なら食べさせてもいいのでしょうか?」


 疑問を口にすると、成和が村人に聞いてくれた。木の葉は困るけれどもそれ以外ならばかまわないという返答だった。安堵する。


「橙紅、木の葉以外なら食べてもいいみたいよ」


 キュイーと橙紅が鳴く。とてもかわいかった。


「氷流様、下ろしていただいてもいいですか?」

「……あまり下ろしたくはないのだが……」


 正直な王に、つい口元が綻んでしまう。


「では、手を繋いでいていただけますか?」

「……そうしよう」


 ふわりと優しく降ろされる。なんだかとても久しぶりに地に足をつけたみたいだった。王に手を繋いでもらい、辺りを散策する。橙紅もすぐ横にいて、食べられる草や薬草があることを教えてくれた。


「まぁ……ここは本当に薬草が豊富なのですね」


 もちろん勝手に摘んだりはしない。そんなことをしたら怒られてしまうだろう。

 村人は木々が多い方を気にしている。全然足元の草は気にしていないみたいだった。


「この辺りの草は摘んだりしないのかしら?」


 私の疑問について成和がまた聞いてくれた。


「草? そんなもん摘んでどうするんだっぺよ。家畜の餌にするぐらいだっぺ」

「そだなぁ」

「ええっ?」


 どうやら村にはあまり薬草などについて知識のある人がいないみたいだった。確かに梅玲が住んでいた村でも、森に入ってわざわざ薬草などを採るのは梅玲ぐらいだった。何故梅玲にそんな知識があるのかというと、冒険家だった父にいろいろ教えてもらったことと、橙紅が教えてくれていたからである。確かに、妹も薬草などについては気にしていなかったかもしれない。

 薬草や食べられる草などの知識というのは、みなが当たり前に持っているものではないと知り、少し困った。


「とてもいい薬になる薬草がたくさん生えてるのに……」


 もったいないとは思ったが、他人の村のことである。確かに例の木の葉に比べれば薬草はそれほど高価なものでもない。村が収入等困っていないのならば、伝えなくてもいいかなとは思った。

 玉玲も下ろしてもらえたらしく、辺りを見回している。


「ここ、すごく明るいね」

「そうね」


 と妹に答えて、空を見上げた。そしてふと、違和感を覚えた。

 キュイキュイと足元で機嫌よさそうに橙紅が鳴く。

 ここに来る前、村の人はなんと言っていた?


「……ここって、日があまり射さないところだと言っていましたよね?」

「そうだな」


 王が同意する。


「それならどうして、まだこんな時間なのにここはこんなに明るいのですか?」


 違和感の正体は思ったよりも明るい日差しだった。東の山がとても近いので、この時間であれば山が影になり、日差しはまだここには届かないはずである。なのにどうしてここはこんなに明るいのだろう。


「あ……」

「言われてみりゃあ……」


 村人たちもやっとそのことに気づいたようだった。


「だがなぁ……」

「ずっとこうだべ? あんれえ?」

「お日様以外の光が入ってきているのでしょうか……」


 王と手を繋いだまま上を見回すと、どういうわけか赤と橙の明るい物が落ちてくるのが見えた。


「ええっ!?」


 キュキューイッ!

 バサバサと橙紅が羽ばたく。なんだかすごく興奮しているみたいだ。橙紅の喜びの感情が流れ込んでくる。


「えっ、何?」


 玉玲が面食らったように声を上げた。


「大丈夫です」


 明和が玉玲を宥める。翠麗が上空を見上げて呟いた。


「やはり、そうでしたか」


 どういうことなのかさっぱりわからなかった。成和も上を見上げていたが、静かである。


「なっ、なんだなんだ?」

「あれはなんだーっ!?」


 村人二人は腰を抜かし、その場にへたり込んだ。


「あれは……」

「鳳凰だな」

「えっ?」


 明るい光の塊のようなものはどんどん近づいてきた。そうして途中でその動きを変える。今度は山を回るようにしてゆっくりと下りてきた。

 更に近づいてきたその姿を見て、やっと気づいた。


「鳥、ですか?」


 それは橙紅に似た色合いと形をした、とても大きな鳥だった。色合いは橙紅に似ているように見えた。


「ああ。鳳凰であろう」


 王や眷属は落ち着いている。まるで最初から、それが何なのかわかっているみたいだった。


「あっ……」


 キューイッ、キュキューイッ!

 橙紅がその大きな鳥の近くへ飛んで行く。そうして二羽はしばらく戯れるように飛び、踊るようにして降り立った。

 王が大きな鳥に声をかけた。橙紅と色合いがそっくりなその鳥こそが鳳凰らしい。


「鳳凰よ、何故なにゆえこのようなところにいるのか?」

『黒竜王、我が子を連れてきていただき、ありがとうございます』


 その声は鳳凰のものらしく、私の頭にも届いた。声、というよりも直接頭の中に響くような音だった。あまりの驚きで声が出ない。


「見失ったのか」

『恥ずかしながら、飛んでいる間に卵を産み落としました。どこに落としたのかもわからず探し回っているうちに、ここに辿り着いたのでございます』


 橙紅は鳳凰の足に身体を摺り寄せて甘えている。鳳凰は橙紅の親だったらしい。親子の再会ができてよかったと思った。


「橙紅の、お母さん?」

『母といえば母、父といえば父。王の伴侶がこの子を育ててくれたのですか。礼を言います』


 鳳凰は、私に対して優雅に頭を下げた。


「さて、原因はわかったが、ではどうするか」

「えっ?」


 原因と言われて私は首を傾げた。


「この辺りの植生が変化している原因だ」

「ああっ!」


 鳥の姿があまりにも美しくて、私は目的をすっかり忘れていたのだった。

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