十四、近くの村に着きました

 昼食の後は安生アンションの町を出、王は黒竜の姿になって安東アンドン村まで飛んだ。

 それこそあっという間だった。村の手前で王が降りた時、村から綺麗な人が出てきた。


「黒竜王、お待ちしていました。どうぞこちらへ」

「長官の命でしたか」


 成和チョンフアがその人の前に移動する。成和とその人の雰囲気は同じのように思えた。


「もしかして、あの方も眷属なのですか?」

「そうだ。目付のような形で眷属を置いている町もある。あれは安生にいたのだろう」


 村に連絡する為に来たらしい。確かにいきなり黒竜が近くに降り立ったら村の人たちが腰を抜かしてしまうだろう。そういう連絡は直前でもした方がいいと思った。

 眷属の案内で村に入る。

 村の入口に入ったところで、村人たちが困ったような顔をしていた。

 その中から少し良さそうな衣服を来た男性が転がるように一歩前に出てきた。そして平伏する。


「わ、わしら高貴な方に挨拶とか、そんな難しいことはとてもとても……よ、ようこそおいでくださいました……」

「立つがよい。王はここより東の地域の調査に赴かれる。案内できる者はいるか?」


 話すのは基本成和だ。私は言うまでもなく王の腕の中だ。橙紅チョンホンは王の足元にいる。東の方角を向いて何度もコキャコキャと首を傾げているのが見えた。どうしたのだろう。


「へ、へえ……」


 男性はゆっくり立ち上がると、村人たちを手招きした。


「山の側の木のところだんべ」

「おらたちで行くべ」


 村の人々は仲がいいらしく、道案内に二人が一歩進み出た。もちろん腰は引けていたけれど。


「かなりたいへんなところさ登るが、大丈夫だっぺか?」

「問題ない。明日からで構わぬ故、案内せよ。我らの食事や住まい等を用意する必要はない。この広場の一角を借りるが、よいか?」

「へ、へえ。かまいません……」


 他の村人たちより身なりのいい男性は村長らしい。村長も村人たちも困惑したような顔をしていたが、成和と明和ミンフアが運んできた建物を見て目を見開いた。


「そ、そそそそげな物……」

「ここで我らは過ごす故もてなしは不要だ。明日はどれぐらいの時刻に出立するのか」

「……日が上る前だべ」

「では出立の一小時(一時間)前に声掛けをせよ」

「だいたいでいいべか?」

「構わぬ」


 出かける時間も決まって一安心だった。成和は威圧感のある物言いをしたが、そういう言い方をしなければならないのだろうと思った。


「この辺りは猛獣や魔鬼は出るのか? 狩ってもいいなら狩るが」

「猛獣っつったら老虎トラがあの山には住んでっぺ。魔鬼モンスターは……史莱姆スライムとか、よええのなら出るけんど」

「わかりました」


 史莱姆なら私も棒などで倒したことはあった。あれは時々魔石を落とすので助かっていたけど(魔石はいい燃料になる)、ちょっとでも大きいのは私には倒せなかった。それは橙紅が倒してくれたりした。他にも魔鬼はいろいろな種類がいて、狗頭人コボルトは見たことがある。父は他の魔鬼に殺されてしまった。

 あの時はたまたま役人が村の近くまで来ていて、魔鬼は国の兵士が倒してくれたけど、今でも思い出すと泣けてくる。


梅玲メイリン、如何か?」

「いえ、なんでもありません……」

「我らは夫婦だ。そなたの悲しみは我の悲しみでもある。申せ」


 そっとしておいてくれない王を少し憎らしくも思ったけれど、気にしてくれることが嬉しかった。


「父が亡くなった時のことを思い出してしまって……」

「そうか、それはつらかったな」


 日が沈むまで、私たちは村の周辺を散策した。特にこれといって危険な物はいなかった。村の周辺にはいろいろな薬草が生えていたけど、全く採られていないことが少しだけ気になった。

 そうして夜は建物の中に入る。


「本当に広いわね」

「ねー、広いでしょう?」


 玉玲ユーリンが得意そうに言う。そういえば移動している間玉玲はずっとこの中にいたのだった。

 妹がとてもかわいらしい。王は私を離してくれる気はないようで、抱かれたまま長椅子に腰掛けることとなった。


「そういえば、夕飯はどうするの? 村の人にはもてなさなくていいとか言ってたけど」


 妹が明和に聞く。言われてみれば確かにどうするつもりなのだろう。


「ご用意しておりますので問題ありません」


 明和はそう言うと、建物の中の戸棚を開けた。


「ええ?」

「えええ?」


 そこには沢山の料理が入っていた。


「こちらの戸棚に一月分の料理をご用意しています。竜力により、料理の時間経過もございませんのでいつでも暖かい料理が食べられますよ」

「まぁ……」

「すごい……」


 その後はもう何も言えなかった。

 竜力は王とその眷属が仕える不思議な力で、人には使えないものだ。私は王の伴侶となったことでとても強い身体を手に入れたらしいが、竜力はないので使えないらしい。少し残念だった。


「今夜は梅玲が好きな水餃子を食べるとしよう」


 王がそう言ってくれたことで、私たちはおいしい水餃子を食べることができた。

 こういうのも冒険と言うのだろうかと疑問に思ったけど、食べ物がおいしいのは嬉しいので、あまり気にしないことにした。

 橙紅も建物の中に入れてもらったが、翠麗ツイリーに捕まって居間で過ごすことになるそうだ。キュイイー! と哀れっぽい声は発していたが、翠麗が無表情で抱きしめているのでがんばってほしいと手を振った。橙紅は衝撃を受けたような顔をした。

 王はここでも生活を改める気はないらしく、一緒に入浴もし、共に寝台に上がった。


「冒険って、こんなに贅沢でもいいのでしょうか?」

「不便よりは快適の方がいいだろう。それに、妻の我がままを聞くのは夫の甲斐性というものだ。……だが今は、我の我がままを聞いてはくれぬか?」

「は、はい……」


 王が誰よりも愛しくて、その願いを聞き届けることしか私にはできなかった。

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