十一、竜王が運ぶ籠とは

 冒険者公会ギルドからの依頼について、黒竜王にももちろん了解は取り、妹と、正式に妹付の女官となった明和ミンフアにも知らせた。

 依頼の中でも王都から比較的近い地域で行うものだ。植生の調査なんて、とてもわくわくする。

 何もかもが初めてのことばかりなのでどきどきして、黒竜王に「我のことももう少し想ってもらいたいものだ」なんて言われてしまった。


「氷流様のことばかり想っていたら心の臓が止まってしまいます!」


 と訴えたらまたベッドに運ばれてしまった。王の愛が深すぎてたいへんです。

 そうして、とうとう明後日の朝出立することになった。もうどきどきして、王にくっついてないといられなかった。


「そなにくっつくと……また抱いてしまうぞ」

「ううう……」


 王のことが好きすぎて困ってしまう。今回も、私がいた村にも運んできた四角い建物を持って向かうということは聞いている。いざという時に私たちが滞在できる場所として使用するのだという。


「町を訪れた時はどうされるのですか?」

「眷属を一人見張りに付けさせる。あれはそういう物だからそなたは気にするな」


 そういうものらしい。よくわからなかったけれど、移動する際には必ず持っていく荷物のようなものなのだという。それならば私に言うことはなかった。

 そして、私はどんな時も王に抱き上げられて運ばれることになっているらしい。頭から薄絹を被り、他の人からは顔が見えないようにするのだそうだ。竜王は己の子が産める伴侶への愛が深すぎて、できることなら片時も離れていたくないし、誰にも見せたくないのだという。


「そなたが他の者に懸想するとは思わぬ。だが他の者がそなたに懸想したらと思うと、平静ではいられぬのだ」


 至近距離でそんなことを言われたら逆らえない。

 私なんかを目に止める人がいるなんてとても思えないけど、王にとっては重要なことのようだった。

 もちろん調査の際には少し下ろしてくれるというから、私も了承した。

 全然慣れないけど、大事にされているのはよくわかる。

 移動の際、私と橙紅チョンホン翠麗ツイリーは王の背に乗るけれども、もう一人の眷属と妹、そして明和は建物に入って向かうらしい。建物は王が運んで飛ぶのだそうだ。大事な物を抱えて飛ぶ黒竜を思い浮かべると、そういうものなのかなと思った。

 建物の中も、橙紅と共に見せてもらうことになった。橙紅は王に抱き上げられている私のおなかの辺りに収まると決めたらしい。王は苦笑していた。

 建物の扉を開けてもらい、驚いた。


「えええっ!?」


 外側から見た時よりも中はとても広く、まるで大きな家のようだった。外側から見ても私が住んでいた小さな家より大きかったが、中はどうしてこんなに広いのかと疑問に思うぐらいすごかった。これは竜力によって作られた建物で、外側よりも中を広くしてあるらしい。聞いてもさっぱりわからなかった。

 応接間と呼ばれるような部屋の他に、寝室が二か所ある。それに厠所トイレと浴室もついているというから驚きだ。


「どれだけ豪華なのですか……」


 呆然と呟いたけど、寝室が二か所ということは? と考えてしまった。

 旅に出るのは全部で六人と一羽である。橙紅は居間でもいいだろうけど、人はそういうわけにはいかないはず。


「その……寝る部屋はどのように使うのでしょうか?」


 女性と男性に別れるのだろうか。私としてはずっと王と一緒にいたいのだけれども、それは贅沢なのかもしれない。


「王と梅玲メイリン様で一部屋、玉玲ユーリン様で一部屋ですね」


 翠麗がさらりと告げた。


「え? では翠麗はどうするの?」

「私共が休む必要はございませんので、居間におります」

「ええー?」


 王も全く休む必要がないとは聞いていたが、眷属もそうらしい。竜王ほど長生きはしないが、休まなくてかまわないそうだ。


「そ、そういうものなの?」

「はい。ですので私と明和、そしてこちらの成和チョンフアだけで梅玲様と玉玲様をお守りできるのです」


 王は守らなくてもいいのだろうか。

 疑問が顔に出ていたらしい。


「……梅玲様、黒竜王様はこの国で一番強いのですよ?」

「そう、なのよね……」


 わかってはいても、心配はするのだった。

 この建物には倉庫も付いているらしく、そこに当座の食糧や衣裳など必要な物をまとめて積んでいくそうだ。

 冒険がしたいとは言ったが、随分と贅沢な旅になりそうである。

 私はもしかしなくても、とんでもない我がままを言ってしまったのではないだろうか。

 けれどもう撤回はできない。

 共に向かうという眷属も紹介してもらった。成和と言い、男性の姿をしている。左目の下の辺りが王のようにキラキラしているのを見て、妻帯者だということがわかった。

 いよいよ明日、出立する。


「どれぐらいの期間がかかるのでしょうね」

「こちらへは一月に一度戻れば問題ない。我もこの機会に国を見て回りたいからな。全て梅玲のおかげだ」

「そんな……」

「……たまに視察には向かっていたが、それも全て仕事のうちだ。ほとんどは書類仕事であったな。そんなことを王になってから百年続けていたのだ。これからは全てそなたの為に捧げたい」

氷流ビンリュウ様……」


 王はいつだって私が欲しがる言葉をくれる。

 愛しくてたまらなくなって、その夜もことさら甘くなってしまったのは言うまでもなかった。



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