十二、空の旅は快適でした
「留守を頼んだぞ」
「お帰りをお待ちしております」
館の入口で、沢山の人が見送りをしてくれた。私にはわからなかったけど、身分の高い人が多かったのだろう。一度だけ会ったことがある、中書令(宰相)の姿も見えた。基本的に官吏は黒竜王の眷属と人が半々ぐらいになるように登用しているらしい。
私は顔を見せてはいけないということで、薄絹を頭から被って顔を隠している。そうして王の腕の中に収まっていた。他の人たちからは薄絹を被った部分は見えないようになっているそうだけど、恥ずかしくてたまらなかった。
衣裳は王の瞳の色である青を基本とした、模様のない物を着せられている。
王が運ぶという建物の中にはすでに妹と
人々が王から離れる。
「わぁっ!」
一瞬で私は王の背の上に座っていた。その膝に橙紅が当たり前のように乗り、丸く収まる。
王のすべすべした黒い鱗の上である。
「わぁ……」
下は怖くてとても見られないが、どんどん空が近くなっているように見えた。上昇しているのだろう。
風は吹いているが穏やかで、こういうものなのだろうかと疑問に思った。
「目的地に一番近い町には、どれぐらいでつくのかしら」
「この速さですと、三小時(三時間)ぐらいでしょうか。かなりゆっくりではありますね」
「……それでもゆっくりなのね……」
住んでいた村から歩いて三小時の距離と言ったら、山の麓ぐらいまでだろうかと考える。(白竜王の国との国境となっていると聞いたとても高い山である)三小時馬車に乗ったとしても隣村には到底辿り着けないだろう。
隣村には小さい頃に行ったことがある。歩いて二日ほどかかった記憶があった。
だから、たった三小時で二つ山を越えた先にある遠くの地域に行けるということがまだ信じられないでいる。この国の山はどれも高くて、一山越えるだけでも何日もかかると言われている。そうだというのに、優雅に、王の背に乗ってだなんて。
そっと王の背に触れた。
「
すると、
『そなに礼を言うものではない』
頭の中に声が響いて驚いた。けれどその声はとても優しいものだったから、きょろきょろと辺りを見回してしまった。
『そういえばこの姿では話しかけたことがなかったな。我だ。氷流よ』
「氷流様?」
黒竜の姿でも話すことができると知り、驚くと同時に嬉しくなった。つい顔が綻んでしまう。
「王、
翠麗が淡々とだけど伝えてしまった。頬が熱くなる。恥ずかしいけれど、間違ってもいない。
『そなたが喜んでくれるのは心地いいものだな』
もう、なんと答えたらいいのかわからなくなってしまった。
落ち着いてくると、膝で丸くなっている橙紅の形が少しだけ気になった。村にいた時は自由に餌を探していたが、今はそれだけではなく眷属からも餌をもらっているらしい。重さに変化は全くないが、なんだか以前よりも丸くなっているように見える。
それを指摘してもしかたないので気にしないことにした。
翠麗が竹筒を差し出してくれた。飲み物も持参してくれていたらしい。礼を言い、空の旅を楽しんだ。
正確な時間はわからないが、太陽の位置からして三小時ぐらい経ったのだろう。
『そろそろ近いはずだ』
「王、近くに町が見えるはずです。手前の広い場所に下りてください」
翠麗が下を覗いて、王に指示を出した。王はその通りに、町の城壁から離れた場所にゆっくりと下りた。
城壁の辺りがとても騒がしい。黒竜が下りてきたのだからそれはしかたないだろう。
王は建物を地面に下ろすと、すぐに人型になった。それと同時に私は王の腕の中に収まる。私の膝でくつろいでいたはずの橙紅は地面にコロンと転がった。
キュイイー! キュー!
橙紅は抗議したが王は取り合わなかった。
「梅玲と共にありたいのならば己の足で歩くがよい」
キュウ……
「面倒ですね」
翠麗が橙紅の尾羽をむんずと掴んだかと思うと、持ち上げてだっこした。
ギュイイーー!
「うるさいですよ。丸焼きにされたいのですか?」
翠麗に言われて橙紅はぶるぶる震えた。表情が動かないから本当なのか冗談なのか判断がつかない。
「翠麗……あの……」
「大丈夫です。こんなおいしくなさそうなものは食べません」
ギュイイー!
橙紅が怒る。
それはそれでどうかと思ったが、食べられないことが重要だった。橙紅は翠麗の腕の中で涙目である。かわいそうだとは思ったけれど、さすがに私と一緒に王に持ってもらうのはいけない気がするので、私は苦笑するに留めた。
建物から三人が出てきた。
「着いたようですね」
成和は辺りを見回して確認する。明和が
「着いたの?」
「近くの町に着きました。あちらで依頼された地域の情報などを集めましょう」
翠麗が橙紅の羽を撫でながら玉玲に答えた。町の城壁の方はとても忙しそうだった。薄絹を頭から被ってはいるが、周りは見えている。反対側からは王以外に見えないようになっているようだ。
やがて、城壁の門から偉そうな人が出てきた。衛兵をそれなりに連れていて物々しい。
その人はまっすぐにこちらへ来ると衛兵たちと共に平伏した。
「
「免礼(かまわぬ)」
「
このように王に対しては挨拶をするらしい。平伏していた人たちが立ち上がり拱手した。
「……本当は王妃にも挨拶をしないといけないはずですが……王妃も来るなんて誰も思っていないでしょうしね」
翠麗がボソッと呟く。頼むから言うのは止めてほしいと思ったけれども、立ち上がった彼らは王の腕の中の私を何者かと思っているようだった。
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