十、連れて行くことにしました

「我は構わぬ」


 黒竜王はあっさり許可を出した。


「だが、そなたが嫌なのであれば断るといい。我はそなたの冒険とやらの手伝いをするだけだ。同行者を減らすことはできぬが、増やしたいのであればそなたに従おう」

「ありがとうございます……」


 そう、王は私の我がままに付き合ってくれているのだ。

 王に寄り添った。すると少し強めに抱きしめてくれるのが嬉しい。

 毎日この方を好きだと思う。

 私と遠出をする為、いろいろな仕事を前倒しで処理しているそうだ。官吏たちに迷惑をかけていないかどうかだけが心配だった。


「明日、妹と話がしたいです」

「では我が連れていこう」


 やはり王と共にでなければいけないらしい。それもなんだか甘く感じられて、頬が熱くなった。


「そなたはよく照れるな」

「……慣れないのです」


 こんなに男性と触れ合うのは、親を除けば王が初めてだから。恥ずかしいからそっと王の耳元で言ったら、寝室に運ばれてしまいもう何もまともに話せなくなってしまった。

 愛されすぎて、ちょっとたいへんです。



 翌日、王は昼食後から仕事に出ることにしたらしい。

 午前中の遅い時間に、私は王に抱かれたまま母と妹の室を訪れた。翠麗ツイリーも一緒だった。


「まぁ……玉玲ユーリンが本当に申し訳ありません」


 母に平伏されてしまい、困ってしまった。母は妹が私に書いた手紙の内容までは知らなかったらしい。

 母と妹の室では、女官が一人増えていた。最初からいる女官は明和ミンフアというそうだ。新しくきたという女官がそっと母を立たせ、長椅子に促した。


「謝ることではない」


 王は静かに応えた。


「玉玲、一緒に旅に出たいなんてどういうことなの?」

「明和から聞かなかった? 私、来年には成人するでしょう。もし旅先でいい方に出会えたらっていいなって思ったのよ」


 妹の言いたいことはわかる。ここでずっと暮らしていたら、どこからか縁談が来ることは間違いない。けれどそれは身分の高い、いい家柄のところから声がかかる可能性が高いのだ。

 錦轎ジンジャオ(玉の輿)ではないかと人によっては喜んでしまうかもしれないが、玉玲は私と違って聡明な子だ。そういう家に嫁いだ後の苦労を想像したら、できれば市井に下りて相手を探したいと思ってもおかしくはなかった。


「未婚の娘が自分から結婚相手を探すなんて恥ずかしいことだとは思うのですが……」


 母も妹の嫁ぎ先を探せなかったことで負い目を感じているのだろう。


「確かに普通ではありえませんし、嫁ぎ先が決まる保証もございません」


 翠麗がきっぱりと答える。母が首を垂れ、妹の顔は引きつった。


「ですが、そういうことを抜きにして冒険者として共に過ごしたいということであれば、梅玲メイリン様はかまわないとおっしゃられています」


 翠麗の言葉に頷いた。

 それはここに来るまでの間に決めていた。


「梅玲姐姐ねえさん……いいの?」

「一人で行動するのは絶対にだめよ。一度でも約束を破ったら連れてはいかないわ。明和さんを困らせるのもなし。基本は私の言うことを聞いてちょうだい。できる?」

「もちろんできるわ! ありがとう姐姐!」


 玉玲は目を輝かせて喜んだ。そっと玉玲の頬に触れる。


「焦る気持ちはわかるけど、嫁ぎ先を探すことばかり考えないようにね。玉玲はこんなにかわいいのだもの。きっといい出会いがあるはずだわ」

「……姐姐の目はきっとおかしいのよ」


 妹が照れながら笑う。

 母のことは新しく来てくれた女官に任せることになった。妹が私たちと旅に出るまでの間も共に過ごし、母の過ごし方などを覚えてくれるのだそうだ。本当にありがたいことだと思う。


「母をどうぞよろしくお願いします」


 頭を下げようとしたら制されてしまった。


「王妃様が私たちに頭を下げてはなりません。眷属は黒竜王とその王妃、そして家族にお仕えする者です。このような名誉を与えられて光栄です」

「私のことは心配いらないから、楽しんできてください。黒竜王様、どうか娘たちをよろしくお願いします」

「任せよ」


 妹と明和の冒険者公会ギルド札を改めて作るという時間は必要だったけれども、準備は着々と進んだ。

 翠麗がわざわざ冒険者公会で提示されたという依頼票をいくつか持ってきた。どれも国内ではあるが、あまり人が住まないような地域の調査をしてほしいというものらしい。


「こういった物の方が梅玲様はお好きではないでしょうか?」

「ええ、とてもわくわくするわ。翠麗、ありがとう」


 橙紅チョンホンが私の膝の上でキュイ? と鳴く。宥めるように優しく羽を撫でた。

 調査先の地域の手前にある町辺りまでは黒竜王の背に乗って飛び、その後は馬車や徒歩で移動することになるようだ。(場所があれば王が飛んでくれるらしい)

 それならばまずは近場から見ていけばいいのではないかと思った。


「翠麗、この中で一番近い場所はどこかしら。最初はあまり日数がかからないものの方がいいわ」


 そう言うと、翠麗は珍しく口元に笑みをはいた。


「はい、それではこちらなど如何でしょう。二つ程山を越えたところにある地域なのですが、近年植生に変化があると言われています」

「植生……ということは生えている物が変わってきているということ?」

「はい」


 猛獣とか、魔鬼の調査と言われなくてほっとした。植生ならば近くの村の人から話を聞いたりしてどう変化しているのか教えてもらうことができるかもしれない。


「それは、詳しく教えていただけるのかしら」

「その近くの町の冒険者公会で説明はするそうです」

「それなら、そこに行ってみたいわ」


 橙紅の羽を何度もそっと撫でる。橙紅は何も感じなかったみたいだ。橙紅は聡明で、よくないものを察知する能力もあるようだ。今までは気のせいかと思っていたが、鳳雛だと聞けば納得する。

 見知らぬところの調査へ行くなんて、本当に冒険者みたい。

 まだ見ぬ景色に、私は胸を躍らせたのだった。

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