九、一緒に行きたいそうです

 外出、といってもただの外出ではない。

 わざわざ冒険者公会ギルドで身分証明書代わりの札も作るのだ。これは王都の冒険者公会に依頼して、黒竜王と私、そして翠麗ツイリーともう一人の眷属の分を作成してもらうとの話だった。橙紅チョンホンは私の従魔(魔ではないと思うけれども従神獣というのはおかしい)として登録されるようだった。


「従魔だなんて……鳳雛なのでしょう? そんな扱いをしていいものなのかしら」

「いつでも解除は可能ですので今はそのままがよいでしょう。成獣になれば自ら選びます」

「それならいいのだけど……」


 私の膝に納まって尾羽を機嫌よさそうにフリフリしている橙紅の羽を撫でた。

 キュゥー、キュィイーと甘えた声がする。橙紅は本当にかわいくて、癒しだと思う。頭からピョンと立っている羽もそのかわいさを際立たせている。

 だいたい冒険者や冒険家というのは冒険者公会で依頼を受け、いろいろなことをするらしい。隣町まで向かう行商人の護衛や、森での採取、魔鬼モンスターや猛獣の討伐、数々の雑用、遠くの土地の調査などできることは多岐に渡る。

 登録したばかりだと遠くの土地の調査などはできないが、黒竜王は飛べるので依頼を受けることも可能かもしれないと翠麗に教えてもらえた。


「遠くの土地って、どれぐらい遠いのかしら?」

「国内に限りますが、黒竜王様の背に乗れば遠くても半日というところです」

「半日で着いてしまうの? すごいわね」


 さすがは黒竜王だ。


「ですが土地自体の調査となりますと、何日もそこに滞在することにはなります」

「もしそういうことができたらしてみたいわ」


 想像しただけでとてもわくわくしてしまう。


「それには下準備が必要ですね」


 あまり表情は動かないけれど、翠麗も楽しみにしてくれているみたいだった。一緒にいろいろ楽しめたらいいと思う。


「ええ、私にもできることがあったら教えてちょうだい」


 遠くの土地、というと村などもないような場所だろうか。食べられる草や薬草、毒草などの見分けはつくが、果たして王にそういった草を食べさせていいものなのかどうかは考えてしまう。

 野宿だとここのようにお風呂は入れないが、元々お風呂とも無縁の生活をしていたのだ。でも王は毎晩お風呂に入りたいだろうか。考えだしたらキリがなかった。

 昼食を終えた頃、母と妹付の女官が信(手紙)を持ってきた。

 妹が書いてくれたらしい。

 妹も順調に学んでいるようだと喜んで受け取ったら、


「私も旅に出たい」


 というようなことが書かれていた。


「えええっ? どうしよう……翠麗、妹も一緒に出掛けたいみたいなのだけど……」


 翠麗は眉を寄せ、女官を捕まえた。


「……貴方はいったい何をしているのですか?」

玉玲ユーリン様もそのぅ……聞いて羨ましくなってしまったようで……」

「それを止めるのが貴方の務めでしょう?」


 女官は目を泳がせた。この女官も翠麗のように美しい容姿をしているのだが、翠麗よりも表情は豊かだった。


「そ、それはそうなのですが……結婚相手を探す旅に出たいようなことをおっしゃられまして……」


 翠麗は女官の襟首を掴んでいたが、パッと放した。そして大仰にため息をつく。


「結婚相手、ねぇ……確かにまだ未成年ですから、相手はわかりませんね」

「で、ですので私も付いていきますからできれば同行をお願いしたくっ……!」

「厄介な話ですが、梅玲メイリン様と王の許しを得られたらかまいませんよ」


 翠麗はひどく疲れたようにまた嘆息した。


「あ、あの……妹がすみません」

「い、いえ、申し訳ありません。ですが玉玲様もただこちらに滞在しているだけというのが心苦しいようでして……」


 この女官は本当に妹に親身になってくれているみたいだった。


「ご迷惑をおかけしているようならば言ってください。叱りに参りますので」

「いえ、そのようなことはさせられません」


 女官はきっぱりと答えた。


「玉玲様がもし私たちと共に旅に出るとしたら、お母上はどうされるのです? 他の女官に頼むのですか」

「そうなります」


 母や妹の様子は毎日のように知らされていて、母が日に日に元気になってきているのは聞いているが少し心配ではあった。


「私一人で判断できることではありませんから……黒竜王様に相談させてもらいますね」


 元はと言えば私の我がままから始まったことである。

 連れて行くにしても行かないにしても、王に聞かなければなんとも決められなかった。


「大変申し訳ありません。どうぞよろしくお願いします」


 女官は拱手すると戻って行った。(注:女官の礼は普通拱手ではありませんが、竜王の眷属なのでいろいろ違います)あの女官にも悪いことをしていると思った。


「……梅玲様が気になさる必要はございません。あの者にも下心はございますから」

「下心、ですか?」

「はい。まだはっきりはしていませんので、なんとも申し上げられません。ですが、私たちの性別は相手によって変わるということだけご承知おきください」

「?」


 そういえばそのようなことを聞かされていた。膝に収まっている橙紅の羽を撫でる。橙紅はクルル……と甘えるような声を出した。今の話は聞いていなかったらしい。

 眷属の性別が変わることと何が関係あるのかわからなかったが、今夜は王に相談しなければならないということだけは知っていた。

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