八、旅に出る準備をします

 さすがに、明日からすぐに旅に出るというのは翠麗ツイリーに却下された。


「王、それは正式に伝えていますか? 中書令に口頭で伝えただけではいけませんよ」

「そういうものか」

「……やはり口頭のみでしたか」

「一筆書けばよいのか」

「そういう問題ではございません」


 呆然としていた私だったけど、だんだん翠麗と黒竜王のやりとりが楽しくなってきた。でもここで笑ってはいけないだろうと、口にそっと手を当てる。


「そもそも、冒険をされたいとおっしゃる梅玲メイリー様が今初めて知ったということが問題です。あれほど長い時間共にいたというのに、何故そういった肝心なことは伝えていないのですか」

「我は妻の望みを叶えるつもりでいたが……確かに梅玲にはっきりとは伝えていなかったやもしれぬ」


 もしかしたら王はそんなようなことを言っていたかもしれなかったが、私はまず叶えてもらえると思ってはいなかった。


「あ、あの……氷流ビンリュウ様」

「如何した?」

「私の、願いを聞き届けてくださってありがとうございます……」

「……明日にでも出立しよう」

「お待ちくださいと言っているではありませんかっ!」


 とうとう翠麗が怒鳴った。

 それから私たちは、王が都を留守にするにあたって事前にしておかなければならないことを教えられた。

 まず冒険者や冒険家になる為には、冒険者公会ギルドというところで身分証明書の代わりとなる札を作らなければいけないそうだ。


「それらはこちらでご用意いたしますが、王と梅玲様お二人だけでの外出は認められません」

「何故か」

「王と王妃が、市井で二人きりで冒険者をするというのをおかしいと思わない辺りがだめです」

「国が平和な証拠ではないか」


 王が翠麗に口で負けていないのがすごいと思う。


「王では梅玲様のお世話を完璧にできないでしょう。食事の支度はどうなさるのですか? 宿の手配は? 必要な物品の買物は? それらを全て王一人でこなさなければなりません。王にできるのですか?」

「ふむ……」


 翠麗が当たり前のように言っているが、それらは普通自分が担うことではないのかと私は首を傾げた。


「あのぅ……」

「何か」

「如何か」

「そういったお世話は、私がしなければならないのではないでしょうか……?」


 そう尋ねたら翠麗と王が眉を寄せた。


「梅玲様のお仕事は王に愛されることでございます」

「梅玲は我に愛される為にいるのだぞ」

「えええ……」


 この二人の当たり前がおかしくて、どういう表情をしたらいいのかわからない。


「ですので、出立される際には私ともう一人眷属が同行いたします」

「そうか……」


 王はがっくりと首を垂れた。もうどこをどう突っ込んだらいいのかわからなかった。

 母と妹のことを思い出す。


「その、母と妹にも外出する際は伝えたいのですが……」


 食事や宿の手配という話をしていることから、少なくともどこかで一泊はするのだろう。真面目に冒険をするとなったら、それこそ何日もここには戻ってこられないかもしれない。


「そうですね。お知らせした方がいいでしょう」


 翠麗が同意してくれた。


「あと、出かける際には橙紅チョンホンも一緒にと思っているのですが、よろしいですか?」


 冒険をするとしたら橙紅もいないと始まらない。橙紅のおかげで危険を回避したり、食べられる草などの選別ができるようになったのだ。私は橙紅と冒険することを夢見ていた。もちろん他にも一緒に旅をしてくれる人がいたらとても嬉しいけれど、冒険の相棒といったらまずは橙紅なのである。


「かまわぬが……夜は共に過ごさせるわけにはいかぬぞ」

「はい!」


 橙紅も連れていけるようだ。嬉しくなった。

 今夜も豪華な夕食を終えていつも通り王と共に入浴する。とても恥ずかしいのだけど、王が離してくれないのだからしょうがない。本来ならば私がお世話をしなければいけないはずなのに、王が全てしてくれる。

 もちろん、まだ慣れたとはとても言えない。

 王と外出できるのは嬉しいが、少し不安もあった。

 これだけ愛されていて何が不満だと言われそうだけれども、私は自分に自信がないのだ。頬の傷がなくなっても私は美人ではない。顔立ちは妹の方がいいし、何よりも妹は愛らしい。

 村では顔に火傷の跡があるからお化けと呼ばれたこともある。村長の息子などは事あるごとに「お前みたいな傷が付いた女なんか誰も欲しがらねえよ」と言ってきた。

 そういうこともあり、私なんてと思ってしまうことも多い。

 こちらに来てからは翠麗が綺麗に整えてくれるから、どうにか見られる顔になっていると思う。それでも、外に出れば美しい人なんてごまんといて、私を娶ったことを王が後悔するのではないかと思ってしまったのだ。


「氷流様」

「如何か」

「以前翠麗にも尋ねたことなのですが……もし私が誰かの妾になっていたら、私は氷流様の妻には選ばれることはなかったのですよね……」


 王は少し目を伏せるようにした。何かを考えているようである。


「……人というのは起きなかったことを考えるものなのか」

「は……」

「確かに、そなたは成人してからもう何年も経っている。だがそなたは誰にも嫁がぬまま、誰の妾になることもなく我に見つけられた。それではならぬのか?」


 青い、どこまでも澄んだ海の色の瞳で見つめられて、とても恥ずかしくなった。

 私は今、おそれおおくも王を試すようなことをしたのだ。

 この方は私を探して、見つけてくれたのに。

 でも一言ぐらい文句は言いたくなる。


「……氷流様は私を見つけてくださいましたけど……私からは氷流様を探すことはかないませんでした。だから……もっと早く、見つけていただきたかったです」


 言いながら頬が熱くなった。


「そうだな。すまなかった」


 きつく抱きしめられたら、もう何も言うことなんてできなかった。

 王への想いが溢れてくる。

 私は、黒竜王様が、氷流様が好きだ。



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