七、黒竜王との出会いはこうでした

 結婚してから毎晩愛されていて、実のところ困っている。

 まだ自分が黒竜王の妻になったなんて信じられない。

 出会った日のことを思い出して、また頬が熱くなった。

 あの日いつも通り畑の手入れをし、森へ食べられる草や実などを橙紅チョンホンと共に採りに出かけた。

 橙紅は私の側にいて、自由にいろいろ啄んでいる。けれどあの日はどこか違った。

 グゥウウーー、ギィイイーー!

 橙紅はどういうわけか、威嚇するような声を東に向かって発していたのだ。


「橙紅、どうかしたの? 今日は落ち着かないわね……」


 宥めるように色鮮やかな羽を撫でる。橙紅は威嚇していたが、それは肉食獣や魔鬼などの脅威が迫っているかんじではなかった。そうであるならば私に逃げるよう促しただろう。そうでないということは、私に脅威が近づいているわけではないのだ。

 けれど橙紅の危機感のような物は伝わってきた。


「何かが、こちらに来ているの?」


 なんだろうと思った時、森が暗くなった。太陽が隠れたのかと思った時、少し離れたところに見たこともないような美しい男性が立っていた。


「えっ?」


 どこから来たのだろう。全く気配なんてなかったのに。

 でもその方を見た瞬間に”この方だ”と思った。


「……やっと見つけたぞ。我が花嫁」


 男性が口元に笑みをはいた。

 ギィイイイイーーーー!! と橙紅が声を上げる。

 けれど次の瞬間、私はその男性の腕の中に囚われていた。

 それはあっという間の出来事で、何が起きたのかわからなかった。

 その男性は、私と同じく黒髪であったが瞳はどこまでも澄んでいる青だった。そんな瞳の色は見たことがない。


「婚礼を挙げるぞ」


 その言葉にはっとした。


「あ、あのっ、母と、妹がっ……あと、その鳥も……」

「鳳雛か……婚礼を挙げるまではまかりならぬ。そなたの家族は迎えよう」


 男性は威嚇を止めない橙紅を見てそう言った。鳳雛とはなんだろう。

 抱かれたまま村に戻る。橙紅は男性の後を付いてきたが、あまり近づくことはできないようだった。

 キュゥー、キュウウーーーと甘えた声を出している。母と妹のこともそうだが、橙紅のことが気になってしかたなかった。


「橙紅……」

「名を与えたか……。婚礼の後でなら受け入れてやる。おとなしくしていろ」


 それは橙紅に告げた言葉のようだった。


「そなたの家はあそこか」

「は、はい……」


 村の、他の家よりもみすぼらしい家に案内するのは恥ずかしかったけど、その男性が離してくれないのだからしょうがなかった。でもこの男性が人さらいとか、そういった悪い人でないことは確信していた。

”この方”は私の大事な人なのだと、本能が叫んでいた。

 橙紅のことも気になったが、私はもう”この方”と一緒にいたくてたまらなかった。


「黒竜王様、単独行動は困ります」

「えっ?」


 後ろから声がかかり、私は耳を疑った。


「花嫁を見つけた。母と妹がいるそうだ。共に連れて行くぞ」

「かしこまりました」


 ため息混じりの返事と共に、その声の主が家に向かう。その人もまた、美しい容姿をしていた。その人が戸を叩くと、しばらくして妹が出てきた。今日も母は起き上がれないようだった。


「どなた……って、え?」


 妹はその人の美しさに絶句したようだった。


「こちらのご息女が黒竜王様の花嫁となられます。つきましてはお母上とご家族もご同行願います」

「えっ、えええっ!?」


 驚く妹と、何事かと立ち上がってきた母を、その人は当たり前のように両脇に抱えた。


「えええええ!?」


 そしてその人は二人を抱えてどこかへ連れていってしまった。


「あ、あのっ……」

「大丈夫だ。籠へ運んだだけだ」

「籠?」

「我が運ぶゆえな」


 何を言っているのかわからなかった。けれど男性の腕に抱かれたまま村の中心部に移動したことで理解した。村の広場のようなところには人が集まっていた。村の広場には四角い建物のような物が置かれている。その前に、先ほど母と妹を連れて行った人がいた。


「おお、黒竜王様!」


 村長が目の色を変えて声をかける。


「花嫁は見つかった。これより王都へ戻る」

「えっ? 梅玲メイリンが? まさか……嘘だろ!?」


 村長の息子が叫んだ。私は無意識に男性の胸に顔を伏せた。この男性が黒竜王と聞いて驚いたけど、今は村長の息子の声なんか聞きたくもなかった。

 慌てたような村長の声と、その息子の声が聞こえた。


「お、おいっ!」

「そんな傷物が黒竜王様の花嫁なわけねーだろ?」

「黙れ」


 ゾッとするような低い声が男性から発せられた。怖くなって縋りつけば、「……行くぞ」と声をかけられた。

 その途端私は黒い鱗の上にいた。なんだかとても広い場所である。風を感じるけれども、強くはない。ここはどこだろうと上を見上げれば、何故か空が近く見えるような気がした。


「花嫁様、落ち着いてください。ここは黒竜王様の背の上でございます」


 先ほどの美しい人が近くにいてそう言われ、私は驚愕の声を上げた。


「えええええーーーー!?」


 そうして私は黒竜の背に乗って、王都へ飛んだのである。(母と妹は広場で見た建物のような物に入って、黒竜王に運んでもらったらしい)

 そしてあれよあれよという間に赤い衣裳を着せられて婚礼を挙げ、初夜を迎えて甘く愛されて……どうにか橙紅と合流し、一か月以上が経った。

 夜は相変わらず離してはもらえないけれども、いろいろ自由にさせてもらっていると思う。文字も、書くのは難しいけれどいろいろ読めるようになった。



 その日の夕方、政務を終えて戻ってきた王は私にこう告げた。


「これでここ一年分の政務は終えた。梅玲、明日から旅に出よう」

「えっ?」


 どうやら王は、私の夢を叶える為にがんばって政務をしていたらしい。

 王はこんなに私を惚れさせてどうしたいのだろうかと思った。

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