六、どこまでも甘いのです

 黒竜王は花嫁を迎えたことで、行わなければならない政務の量は大幅に減ったらしい。

 けれど王が望むほどは少なくなっていないらしく、「早くそなたと出かけたいものだ」とぼやいていた。顔は信じられないぐらい美しいし、あまり表情は動かないのだけど、そんな王のことはかわいいと思っている。


「お仕事が減ったとは聞いているけど、以前はどんな生活をしていらしたのかしら?」


 基本的に村では日の出と共に働き始め、日の入りと共に仕事を終える生活をしていた。灯りがもったいないからと夜も早く寝ていた。それと比べると今の王は朝はゆっくりだと思う。だが夕方に戻ってくるのだからそれなりに仕事はしているのだろう。

 翠麗ツイリーがお茶を淹れてくれる。


「以前でございますか。そうですね……王は寝なくても全く問題ありませんので、日の出から始められて、夕食の時間までは休みなく政務をされていました。ただし官吏には人間も多いので、彼らにはそこまで仕事をさせませんでしたが」

「そうなのですね……」


 その話を聞くと、やはり素敵な方なのだと思う。

 お茶を啜り、今の状態について少し違和感を覚えた。

 改めて聞くのも恥ずかしい事柄なので放っておいてもいいのかもしれないが、気になってしまったので聞いてみた。


「あの……子作りをするから、三年は抱き合って過ごすようなことを言っていたけど……その間も、こんなに政務をする予定だったのかしら?」


 すごく聞きづらい。頬が熱くなって困ってしまった。


「そうなっていたら、もっと減らしたでしょうね。今は……」


 そこまで言って、珍しく翠麗は言いよどんだ。


「これ以上は王に直接お尋ねください」

「え? あ、はい……」


 翠麗は答える気がなさそうだった。


「それよりも、この国で使用している貨幣についてはご理解いただけましたか?」

「あ、はい」


 この国で使われている貨幣があんなに多かったなんて、私は知らなかった。

 私が知っているお金の種類は、鉄貨と大鉄貨、そして銅貨と大銅貨ぐらいのものだった。たまに来る行商人に薬草などを売ってお金を手に入れていたけど、私がここに来るまでにどうにか貯めたお金は大銅貨三枚程度である。

 大銅貨三枚程度ではこの王都では一月も暮らせないと知り、泣きそうになったのは記憶に新しい。

 薬草は橙紅に手伝ってもらって採っていた。翠麗に物の価値を教えてもらい、私は行商人に随分と足元を見られていたことを知った。

 でも私が住んでいた村は国の外れといってもいいぐらい遠いところだったから、そこまで行商人が来てくれるだけよかったのだろうと思う。

 そう言うと翠麗に、「梅玲メイリン様は人が良すぎです」とため息をつかれた。

 薬草だって需要があるから売れるのだ。でも何日も運んでいくことを考えたらうちの村で仕入れて行く必要はないだろう。そういった話は父から教わっていた。だから行商人が悪いとは思えなかった。

 貨幣の勉強に戻ろう。

 鉄貨十枚で大鉄貨一枚。大鉄貨十枚で銅貨一枚。銅貨十枚で大銅貨一枚。大銅貨十枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚。金貨十枚で白金貨一枚になるそうだ。十枚毎にお金が変わる形である。

 ちなみに、銅貨一枚あれば外で食べるごはん一食分ぐらいになるらしい。安いところだと大鉄貨一枚で食べられたりもするというからよくわからない基準だった。


「おそらく、市井で働く者たちが一年間で稼ぐのは金貨三枚から七枚ぐらいというところでしょうか。王都から離れた場所ですともっと下がるとは思います」

「そ、そうなのですね……」


 銀貨一枚すら見たことがない私としては目を白黒させることしかできない。


「梅玲様。私に対しては丁寧な言葉を使わないようにしてください」

「はい……」


 私は黒竜王が見つけた大事な花嫁だとは聞かされているけど、実感なんてそう簡単に湧くはずもない。

 夕方になり、いつも通り王が戻ってきた。


「そろそろ黒竜王様がお戻りになられます」


 足音は聞こえないのに翠麗はいつも絶妙に声をかけてくる。そうすると私の膝でくつろいでいた橙紅チョンホンがしぶしぶ私の膝から下りて室から出て行くのだ。バサバサと羽を動かし、ちら、と私を振り返る。


「橙紅、また明日ね」


 そう声をかければ満足そうにクルル……と鳴いて与えられた小屋へ向かうらしい。橙紅はあまり王に会いたくないみたいだった。

 私が立ち上がった時に王が戻ってきた。

 またお出迎えができなかったと悔やむのだが、王はそんなことは気にしないというように私にまっすぐ向かってきて、私を抱き上げる。

 頬が一気に熱を持ってしまうから、できれば勘弁してほしいけどこうなると王はもう私を離してくれない。

 こんなに甘くていいのだろうかと、どんな顔をしたらいいのかわからない。


「今戻った。息災であったか?」

「は、はい……」


 息災も何も今朝別れたばかりではないか。

 でも王は私と片時も離れたくないそうだからしかたないのかもしれなかった。

 今日の夕食も豪華だった。野菜も肉もふんだんに使われた料理は贅沢だと思う。さすがにここまで品数が多いのは王と私の料理ぐらいらしいが、私が村で食べていた物を思うと一品だって信じられないぐらい高価なものだと思う。

 私のいた村で食べていたのは細長い麺が主だったけど、こちらでの主食は水餃子だと知って驚いた。水餃子は中にお肉や野菜が入っていてとてもおいしい。今日の中身は青菜と肉だった。

 土地によって食べる物が違うというのは面白いし、水餃子を食べるという生活にも慣れたと思う。というよりここの料理がおいしすぎるのだ。

 夕食後のお茶を啜りながら、昼間翠麗に尋ねたことを思い出した。

 王に直接聞けと言われてしまったけど、今聞いてもいいものなのだろうか。私はちら、と翠麗を見た。翠麗が微かに頷く。

 やはり自分で聞かなければいけないらしい。

 意を決して、王に聞いてみることにした。


氷流ビンリュウ様、その……聞きたいことがあるのですが」

「なんだ?」


 食事中も王の腕の中である。


「あの……」


 もし子作りをするとしたら王が仕事に行く時間はどうなるのかと、途切れ途切れに聞いた。

 すると、王は無言で立ち上がった。


「試しに一日過ごしてみるとしよう」

「えっ?」


 翌日はベッドから全く下ろしてももらえなくて、めったなことはいうものではないと学んだのだった。

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