四、数日が経ちました
それから数日の間、
その間も黒竜王は私と一緒にいようとしたが、日中は政務があるそうでしぶしぶ王宮の執務室へ向かった。その分政務後はべったりで、夜は当然ながら抱かれていた。出会ったばかりなのにどうしてそんなに愛されているのか私にはさっぱりわからない。
でもあの森で偶然出会った時、この方だとは思った。それはまるで本能に似ていて、いつのまにか黒竜王の腕の中に囚われていた。王が、私を求めてくれるということが嬉しくて愛しくてたまらなかった。
私は全然世間というものを知らない。
私は黒竜王が治める国の外れの村に住んでいた。西の、白竜王の国と高い山脈を接したところで暮らしていたらしい。(そこまでは知らなかった)あまりにも遠すぎて中央の情報は全く入ってこず、それ故に村長たちの横暴を許していたようだった。
元々寡婦や行き遅れの者などを施政者が妾に迎えることは、実際救済措置として行われていることだという。だが成人した際に嫁ぎ先がない娘を率先して妾にすることは許されていないらしい。
「……
翠麗が大仰にため息をつく。黒竜王の眷属で女官をしているという翠麗はかなりいい性格をしていた。
「もし、妾になっていたら……」
「おそらくは他の者を探すことになったでしょうね」
翠麗がさらりと言った。よかったと、私は膝の上に収まっている
黒竜王がいない時は橙紅を膝に乗せていてもよいと許可をもらった。それはそれで橙紅が子ども扱いするなというように怒っていたが、私としては落ち着かなかったから橙紅と触れ合えるのは嬉しいことだった。
「橙紅は、私の膝の上にいるのは嫌かしら?」
キュイッと橙紅は頭を上げる。そんなことはないと言っているようだったので、私の精神安定も含めて膝に乗ってもらっている。神獣だからか、ほとんど重さも感じないからちょうどよかった。
翠麗も含めこの館に仕えている者は全て黒竜王の眷属であり、基本は女性型をしているが伴侶となる者に出会うと男性型に変わることもあるのだそうだ。
「じゃあ翠麗は……」
とおそるおそる聞いたら冷たい目で睨まれた。まだ独身のようである。
「結婚した者はすぐにわかります。左目の下が光りますので」
え、と思った。では王は私と結婚したから左目の下がキラキラしているのだろうか。
竜王は在位百年で妻を迎えるのだという。今年がその百年目であり、探し始めてから半年が経ったところだったのだと聞いて驚いた。
私がいた村に役人が来たのは、黒竜王に出会う一月前であったから。
「この国はとても広いですから。まして白竜王の国との国境近くに花嫁がいるとは誰も思っておりませんでした」
「ですよね」
「梅玲様?」
「はい……」
もっと黒竜王の伴侶としてふさわしい口調をと言われても難しい。
とはいえ私が表に出ることはほとんどないという。黒竜王は他の竜王と比べ特に独占欲が強い為、できるだけ私を誰にも見せたくないのだとか。
それを聞いてがっかりした。
冒険者になることなど、やはり無理なのだろう。元より、女が冒険者になるのはとても難しいのだ。
でももしかしたら、子を成した後なら少しは表に出してもらえるかもしれない。どうせ私は黒竜王に嫁いだことで寿命がとんでもなく延びたらしいのだ。長い生を受けたということは、そのうち機会もあるだろうと自分を慰めた。
王の寿命はとても長く、何事もなければ千年ぐらい生きるものらしい。
まだ二十一年しか生きていない私にとって気の遠くなるような年数である。その間王と共に生きることができると言われても全然実感が湧かない。
村でお世話になっていた夫婦のことも聞いてみた。
もし村が住みにくい場合こちらに来てもらうことは可能なのかと。
「手配します」
翠麗は淡々と言い、翌々日には返答を持ってきた。そんなに早く? と驚いた。
「今のところ移住の意志はないとのことでした」
黒竜王の眷属はとにかく能力が高く、王都から国の端までの移動であれば一日もかからずに踏破するらしい。しかもそれなりに荷物を背負って行えるというからすごいことだと思う。
村から黒竜王の住まう王都まで普通どれぐらいの時間がかかるものなのか私にはわからない。
黒竜王の背に乗せられて移動したけれども、いくつもの山を飛んで越えたと思う。おそらく人の足であれば何週間も、下手したら一か月以上もかかるのではないだろうか。
近所の夫婦がこちらに来てくれないのは残念だけれども、いくつかの品物を届けてくれたというから一安心である。王都の食べ物や、冬用の綿入れなども上質の物を持って行ってくれたそうだ。
ご夫婦が穏やかに過ごせればいいと願うばかりである。
翠麗は本当にいろんなことを教えてくれた。字が読めないし書けないと言えば教師も手配してくれたりした。貨幣の価値なども教わり、面白いと思った。
橙紅も広い庭園の一角に小屋をもらったらしく基本はそこで寝泊りしている。日中、黒竜王が側にいない時は私の側にいて、いろいろおしゃべりをしていく。もちろん直接言葉が聞こえるわけではなく、雰囲気としてこんなことを言っているらしいということがわかる程度ではあるが、不思議と会話は成立していた。
橙紅は自由にさせてもらっているみたいで、いろんなところへ飛んでいっているみたいだった。
橙紅はいいなと思わないでもない。
「贅沢を言ったら罰が当たるわよね……」
布団だってありえないほどふかふかだし、ごはんもとてもおいしい。王は愛してくれるし、翠麗もいろんなことを教えてくれる。母と妹も面倒を看てもらっているのだ。
病弱な母にはここに来た時から良い薬を与えてもらっている。だからここに来た翌日だというのにあんなに大きな声が出せたのだろう。肺の病は癒えてきているらしい。更に妹の希望も最大限叶えてくれようとしているみたいだ。
それでも、もしかしたらと願ってしまう。
決して叶わないはずの夢が叶うかもしれないと思ってしまった。
なんと人とは欲深いのだろう。
「考えてはだめ……」
私は黒竜王の伴侶なのだから。
橙紅がすりすりと羽をすり寄せてくれる。
「大丈夫よ。ありがとう」
慰めてくれているのだということを知って、自然と笑みが浮かんだ。
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