三、母と妹に会いました
「……鳳雛よ、そなたも少しは遠慮するのだな」
黒竜王はため息混じりにそう言ったけど、
「
「……わ、わかりました」
橙紅の態度について謝ろうとしたのが王に伝わっていたらしい。橙紅は私が飼っている鳥ではあったが、鳳凰の雛であれば飼われているとも思っていなかっただろう。橙紅は自らの意志で私の側にいてくれたようだ。それはとても嬉しいことだった。
母と妹付の女官が先導し、母と妹がいるという室へ向かった。屋根のある渡り廊下を王の腕に抱かれたまま進む。いくつもの似たような建物を越えて、もう元来た道もわからない。
翠麗は私付の女官なのでもちろん一緒だ。呼ばれたのは私なのだけど、竜王はその伴侶と片時も離れないものらしい。だから私が移動する場合は私と一緒なのだそうだ。人とは何もかもが違いすぎて混乱してしまう。
女官が扉の前で声をかけた。
「梅玲様をお連れしました」
「ありがとう」
妹の声が聞こえて、ほっとした。
扉が開かれる。
「梅玲
扉の前にある椅子に腰掛けていたであろう妹は立ち上がっていた。私に話しかけようとして、王に抱かれている私を見て絶句する。
私もそういう反応になるかもと、妹に同情した。
母と妹が慌ててその場で平伏する。母が妹の頭を押さえつけた形である。顔が潰れてないといいのだけど。
「た、たいへん申し訳ありません!」
母が震えた声を発した。その声はいつもよりもはるかに大きくて、今日は調子がいいのだろうかと思った。
「気にするな。昨日の今日だ。我が妻を呼び付けるという意味がわかっていなかったのだろう?」
母と妹は何も言えなかった。そのままでずっといられても困るので、王の腕に触れた。
「黒竜王様、連れて来ていただきありがとうございます。妹の用件だけでも確認させていただけないでしょうか?」
「そうであったな」
女官が母と妹を長椅子に腰掛けさせた。手前の長椅子に王が私を抱いたまま腰掛ける。橙紅はさすがに私のおなかからは下り、王の足元にうずくまった。
女官がお茶と茶菓子を用意する。翠麗に綺麗な柄ものの蓋碗(蓋付の茶器)を差し出されて、一瞬戸惑った。こんなに素敵な器にも昨日初めて触れたのだ。
「ありがとう」
礼を言って受け取ると、翠麗は一瞬眉を寄せた。何か気に食わないことをしたのかもしれない。
王が蓋碗に手を伸ばし、片手で蓋を器用にずらしてお茶を啜った。それを見てかっこいいと思う。家にあった湯呑みにはこんな上品な蓋なんてついてなかった。片手で蓋を持って茶葉を避けながらお茶を飲む。なんの茶葉なのかは知らないけど、とてもおいしい。
一口啜り、気持ちを落ち着かせた。
「ところで
玉玲は目を泳がせた。
「……ええと、その……」
王がいる場所では話しづらいのだろうか。でも私はもう王からは離れられないみたいだ。妹と内緒話のようなことはできない。
「申せ」
静かに、王が命じた。玉玲がビクッと震える。
「は、はい……そのぅ、梅玲姐姐が黒竜王様に嫁ぎましたけど……私はどうなるのでしょうか……」
最後は消え入りそうな声になっていた。
「……それについて説明はしていなかったのですか?」
翠麗が大きくため息を吐き、母と妹付の女官に向かって厳しい声を発した。黒竜王がククッと笑う。
「我の伴侶は梅玲だけだ。妾も必要ない。そなたが嫁ぎたい先があれば言え。探すぐらいはしてやろう」
「あ、ありがとうございます……」
私は口をポカンと開けたまま何も言うことができなかった。私は自分のことで精いっぱいで、母と妹が昨日からそんなことを心配していたなんて全く気づかなかった。
冷静に考えればわかったはずなのにと落ち込んでしまう。でも、黒竜王に妾が必要ないなんて本当だろうか。
「他に何かございますか? 梅玲様は黒竜王様の伴侶ですので、梅玲様お一人で出歩くことはできません。何かございましたらそこな女官を通してお伝えくださいますようお願いいたします」
翠麗が淡々と告げた。
「じゃ、じゃあ……」
「玉玲!」
妹が再び何か言おうとするのを母が止めようとする。それを黒竜王が制した。
「よい、申せ」
「わ、私は来年成人します。どなたかに嫁がなければいけないことはわかっていますが、嫁ぎ先などは決まっていません。ですが、もし黒竜王様に探していただいたとしても家柄のいい家に嫁げるような学もありません……」
「ふむ、ではそなたはどうしたい?」
「……わかりません。もしかしたら、あの村の村長の息子の妾になるのではないかと思っていましたから……」
「それはそなたにとって良きことだったのか?」
王にはどうも理解できないことのようだった。玉玲はとんでもないと首を振った。
「いいえ! でも誰かの庇護を受けなければあの村では……」
翠麗が後を引き取った。
「今はどうしたらいいのかわからないということですね。ではこれから考えればよろしいでしょう。梅玲様、そろそろよろしいですか?」
「は、はい!」
「では戻るぞ」
王が立ち上がる。
「貴方もいくら好みだからといって言うことを聞くものではありません。家族とはいっても梅玲様は王の伴侶です。忘れてはなりません」
「……申し訳ありません」
翠麗は女官にそのようなことを言い、踵を返した。
私は王に抱かれたまま室に戻った。
昨日結婚したばかりで、知らないことの方が多い。というよりも、何もわからないというのが正しい。
「翠麗……わからないことばかりなので、教えていただいてもいいですか?」
「……まずは私に対してのその言葉遣いを改めていただきましょう。私に丁寧な言葉を使ってはいけません」
さっそく困ってしまった。
それからいろいろ教えてもらった。
黒竜王の伴侶は王が言った通り生涯を通して一人だけだという。その伴侶以外とは子が成せないので妾も必要ないそうだ。ただし竜王によっては色を好む王もいるので、妾を何人も抱えている竜王もいるらしい。黒竜王はその中でも伴侶への愛がことさら深いらしく、妾などをもしあてがわれても見向きもしないそうである。
「これから三年の間、梅玲様は黒竜王様と子作りをしていただきます」
翠麗はさらりととんでもないことを言い出した。
「はい!?」
「竜王様は子ができづらいのです。十年交わって一人できるかどうかですので、どうぞ積極的に交わってください」
「いえいえいえいえ……」
さすがに引いた。昨日知り合ったばかりの王と三年間ずっと抱き合うなんて現実的ではない。心を落ち着かせる為に橙紅をぎゅうぎゅう抱きしめて、キュイイイーーー!? と苦しがらせてしまったほどだった。
「あっ、あのあのあのあの……」
「なんだ?」
表情はあまり動かないが、王はとても楽しそうである。それがなんだかとても憎たらしい。
考えた。これ以上ないぐらい考えた。そういえば、近所の夫婦は仲が良すぎて子ができなかったと聞いたことがあった。(諸説あります)
「あっ、あんまり交わりすぎると子どもができる間がなくて、子どもがなかなか授からないと聞いたことがあります!」
「ほう、それで?」
「だっ、だから三年間もずっと子作りするのはよくないと思います!」
「では何をする?」
黒竜王の口元がくっと上がった。本当に楽しそうだ。
「私、夢があるんです!」
橙紅を抱きしめながら思い出した。
それは、絶対に叶わないと思っていた夢だった。もし妹をいいところに嫁がせることができたなら、母の世話がなくなったなら、と思ってはいたけどこれまでであれば決して叶うはずもない。
「それはなんだ?」
「この国を、冒険したいんです! 橙紅と、あとはもし仲間ができたらって……私は誰とも結婚できないと思っていたから……」
亡くなった父は冒険家だった。あの村で母と出会い、恋に落ちてあそこに腰を落ち着けた。父はいろいろな場所に行った時の出来事を楽しく梅玲に話してくれていた。それで父のような冒険家とか冒険者になりたいと思ったのだ。
王が笑みをはいた。それはあまりにも美しくて、目を奪われた。
「……検討しよう」
「え?」
王はそう言って、私を抱いたまま執務室へ移動したのだった。(仕事が残っていたけれど私と一緒にいたかったらしい。嬉しい)
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