二、飼っていた鳥は普通ではありませんでした

 この世界は竜王たちが統べている。

 五竜大陸と呼ばれる大陸の中央には黄竜王の国があり、東は青竜、西は白竜、南は赤竜、そして北の国は黒竜が統治していた。

 その他にも聖獣と呼ばれる存在はあるが、鳳凰や麒麟など伝説上の存在と言われていて、人がめったに目にすることはない。

 私が見つけた卵はその、鳳凰の物だったのだと黒竜王に教えられた。


「鳳凰、ですか……」


 私の足元で羽を休めている橙紅は鳳雛(鳳凰の雛)なのだという。確かに羽はいつでも艶やかだし、尾も立派である。頭の上でピンと立っている羽は得意そうに見える。


「その鳳雛はおそれおおくも梅玲メイリン様を伴侶にと望んでいたようです」

「えええ?」


 私付の女官―翠麗ツイリーが言う。


「私が、橙紅チョンホンの伴侶?」


 クルル……と同意するように橙紅が喉を鳴らした。


「……それは……さすがに」


 なんともいえなくて呟けば、黒竜王がククッと喉で笑った。橙紅がしょんぼりするけど、今回はさすがに慰められない。


「ああ、それはないな。鳳凰は大人になるまでに百年かかる。大人にならねば妻は娶れぬゆえ」

「百年!?」


 そういえば鳳凰も竜王も長生きするとは聞いていた。でも大人になるまでそんなに時間がかかるなんて知らなかった。大きさは鷹ぐらいあるからてっきり成鳥になっているものだと思い込んでいた。これで成鳥でないとしたら、大人になったらどれぐらいの大きさになるのだろう。


「そ、そんなにかかるのですね……」

「そうだ」


 橙紅はすりっと私の足に羽をすり寄せた。キューと鳴く。はっきりとはわからないのだけど、雰囲気で橙紅の言いたいことが私にはわかる。今回もそうだった。


「橙紅の側にいれば寿命が延びるの?」

「共に過ごすことで影響はございます。ただし、緩やかではありますが歳は取ります」


 翠麗に補足されて笑ってしまった。


「じゃあ私がもし百年生きていたとしても、しわしわのおばあちゃんになっちゃうじゃない。橙紅の伴侶になんてとてもなれないわ」


 それでもいいと橙紅が伝えてくる。


「長生きしてもおばあちゃんじゃ嫌よ」


 王は一度私を長椅子に下ろしてくれたのだけど、再び膝の上に横抱きにしてしまった。これでは橙紅に触れられない。橙紅が不満そうにギュウウーと鳴いた。


「安心せよ。そなたはもう我が妻だ。我と同じ時を、見た目も年取ることなく生きることとなる」

「え」


 昨日から驚くことが多すぎて「え」しか言えない。


「そ、そう、なのですか……」


 この美丈夫と、見た目も年取ることなく長い時を生きる?

 青天の霹靂とはこのことだった。

 無意識に頬の火傷の跡に触れる。こんな、顔に傷のある女が黒竜王の妻になったなんて今でも信じられない。


「その跡が気になるのか?」

「あ、いえ……」


 この火傷のおかげで村長の息子の妾にならずに済んだのだ。昨日森で黒竜王に出会った時、母と妹も引き取ってくれると約束してもらった。近所の、よくしてくれた夫婦に声をかける間もなかったけれど、もしできるならばとも思ってしまう。


「ついたその時であれば消せたであろうが、年数が経っているゆえな。ただし薄くすることは可能だ」


 どうしようか迷った。

 今の状況はこの火傷のおかげなのだ。だから跡を薄くしてもらうというのもためらってしまう。ただ、このままでは見た目もよろしくないだろう。橙紅が伸び上がり、キュウと鳴いた。


「いいの?」


 キューと再び橙紅が鳴く。橙紅の言っていることがはっきりわかるわけではない。けれどこの火傷の跡はもう、その役目を終えたらしかった。

 橙紅が、私を守ってくれていたのだろう。


「ありがとう、橙紅」


 礼を言えば、キュキューと橙紅が鳴く。それならば奥さんになってと言っているようで笑ってしまった。


「それは無理よ。もし……薄くできるなら、薄くしていただいてもよろしいでしょうか?」

「そなたの望みとあらば」


 王の大きな手が私の頬に触れる。火傷の跡が一瞬冷たくなった。


「梅玲様、どうぞ」


 王の手が離れると、翠麗が鏡に私の顔を映して見せてくれた。赤黒くなり引きつっていた皮膚が普通の皮膚のようになだらかになっていた。赤みはあるが、薄くなったというより火傷の跡は消えたも同然である。


「わぁ……ありがとうございます」


 左頬に残る赤みは、王の目の下のキラキラと似ているみたいで、嬉しく思えた。


「反対側の頬に頬紅を差せば違和感はなくなるだろう。こればかりは我も鳳雛に礼を言わねばな」


 橙紅はツンとした。

 昨日の村でのやりとりを思い出して、少し嫌な気持ちになった。できることならもう二度とあの村には関わりたくない。

 しかし優しくしてくれた近所の夫婦のことだけが心残りではあった。


「失礼します」


 室の表から女性の声がかかった。翠麗と同じ格好をしているから、こちらも女官なのだろう。


「何用か」

玉玲ユーリン様が梅玲様に会いたいと申しております」

「妹が、ですか? 何かあったのかしら……」


 ここに来ればもう心配することなどないと思ったのだけど、知らない場所に来て不安になったのだろうか。

 翠麗がスッとその女官の前へ移動した。


「……そなたが付いていながら何故そのようなことを伝えにきた?」


 ひどく冷たい声に、私がビクッとなった。


「たいへん申し訳ありません」

「いくら梅玲様の妹御であろうと、黒竜王様の伴侶に気軽に会えるなどと思われては困る」

「はっ!」


 翠麗の声はとても厳しかった。

 一晩で私の立場というものはすっかり変わってしまったらしい。


「あの……では、用件だけでも教えてもらうことはできますか?」

「梅玲様!」

「用件だけですぅ……」


 緊急性がなければ会いに行ったりしないから勘弁してほしいと思ったのだ。そんな私と翠麗のやり取りを聞いて王がククッと笑う。


「我は昨日初めて梅玲に出会った。そのまま梅玲の家族も共に連れてきたのだ。立場などそう簡単に理解はできぬであろう」

「はっ、申し訳ありません」


 王は寛容だと思った。


「そなたが謝ることはない。此度だけだ」


 そう言うと王は私を抱いたまま立ち上がった。


「そなたの妹の元へ参ろう」

「えええええ?」


 橙紅も身体を起こし、私のおなかの辺りに跳び乗った。大きさはそれなりにあるのだけど、相変わらずあまり重さは感じない。神獣だからなのだろうかと私は首を傾げた。

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