一、結婚した翌朝です
「
「は、はい……」
横たわっていた
おなかが鳴り、途端に恥ずかしくなった。
「居間に朝食を用意をさせております。失礼します」
女官は丁寧に私の身体を拭き、とても美しい青の衣服を着せてくれた。これは黒竜王の瞳の色なのだろう。
髪も結い上げられ、
「歩けますか?」
と聞かれた。何故そんなことを聞かれるのかと疑問に思った。
「? は、はい」
椅子から立ち上がり、居間へ向かおうとした途端かくん、と膝がひとりでに折れた。
「えっ?」
「失礼します」
そのまま
「えっ、えっ?」
彼女は危なげなく私を抱き、そのまま居間まで運んだ。
居間の長椅子に腰掛けていた黒竜王が私の姿を見て立ち上がる。真っ黒な長髪(頭の上で一部の髪はお団子状にし、布で包んでいる)に澄んだ青い瞳をした美丈夫は、今日も光沢のある黒い衣裳を身に着けていた。
「如何かしたのか」
「王、愛されるのはけっこうですがもう少し手加減なされませ」
「そういうことか。すまないことをした」
王は口元をほんの少しだけ動かした。
頬が熱い。
「い、いえ……」
「梅玲様、王に遠慮は不要です。梅玲様と王はすでに夫婦でございます。離縁したいという望み以外でしたらなんでも遠慮なくおっしゃってください」
「えっ……」
離縁したいとは思わない。ただもう少し手加減してほしいとは……。
頬が更に熱くなった。
王は女官から私を受け取ると、そのまま長椅子に腰掛けた。私は横抱きにされた状態で王の膝に乗せられ、困ってしまった。
至近距離で見ると、肌が真っ白で滑らかなことがわかる。シミ一つない肌とその端正な面にため息が漏れそうだった。
「あ、あの……黒竜王様……」
「
「氷流様、ですか?」
「そうだ。そなたは我が妻。我のことは名で呼ぶといい」
「は、はい……氷流様」
なんだか、ここに来てから「はい」しか言ってない気がする。黒竜王の名は”氷流”というらしい。
王は口元を少しだけ上に動かした。これは笑っているのだろうか。
左目の下辺りがキラキラしていて綺麗だと思う。でも昨日会った時このキラキラはあっただろうか。
昨日も思ったけれど、今までに見たこともないほど沢山の料理が卓に並べられていた。ふかふかの
「わぁ……」
思わず声が漏れた。
「朝なのにこんなにいただいてもよろしいのですか……?」
「ああ、食べられるだけ食べるといい」
王も女官も表情はほとんど動かなかったけど、雰囲気が少し柔らかくなっているように感じた。
どれもおいしくてパクパクといただいてしまい、おなかが落ち着いてから私はとても大事なことを思い出した。冷汗が背を流れる。先ほども脳裏に浮かびかけていたようだったが、空腹には勝てなかったのだ。
「満足したか? 人というのはよく食べるものだな」
「はい……あのぅ、黒竜王様」
「氷流と」
機嫌良さそうな王に聞くのは今しかないと思った。
「あっ! 氷流様でした……氷流様、その……私の鳥とは、会わせていただけるのですか?」
王が一瞬眉を寄せた。どういうわけか、王は
そういえば、昨日会った時橙紅のことを鳳雛と言っていたような……?
「……いいだろう。そなたはもう我が妻だ。許してやる」
王がそう言い、女官に居間から外へ続く扉を開けさせた。その途端パリーン! と何かが割れるような音がした。
「えっ?」
キェエエエーーーッッ!
とんでもない鳴き声と共に、見たこともない大きさの橙と赤色を身にまとった鳥が私めがけて飛んできた。
「ええええーーーっ!?」
色合いは橙紅と一緒だけど、橙紅はあんなに大きくはない。
「落ち着け」
王が私を抱いたまま鳥に向かって手をかざす。途端にドスーン! と派手な音を立てて鳥は庭に落ちた。
キョエー、キュゥウウーー!
「え? え?」
鳴き声が甘えたようなそれになる。その声には聞き覚えがあった。
「もしかして……やっぱり、橙紅?」
「そうだ。一時的に随分と身体を成長させたようだが、鳳雛が大人になるには百年はかかる」
そう言って王は私を抱いたまま立ち上がった。そしてゆっくりと渡り廊下に出る。
橙紅は廊下のすぐ側で倒れていた。
「橙、橙紅?」
キュゥウウー、キュウー
ありえない大きさだった橙紅がいつもの大きさまで縮む。そして廊下に飛び乗った。
「大丈夫?」
キュウ
大丈夫そうだと知り、私はほっとした。
「鳳雛よ。梅玲は我の妻となった。伴侶は他を探すがよい」
キィヤアアアーーーッッ!
王の言葉に橙紅が羽をバッサバッサと激しく動かして抗議する。私は目を丸くした。
伴侶とはなんのことだろう。それに、昨日から聞く鳳雛とはなんだろうか。橙紅が鳳凰の雛? まさかね。
* *
私がその卵を見つけたのは四歳の時だった。
森に転がっていた橙色の大きな卵を見つけて、食べようと思ったのだ。
喜んで家に持ち帰る途中で卵に罅が入り、火をまとった鳥の雛が出てきた。
びっくりした。
熱かったけど、痛かったけど、こんなに美しい鳥を見たのは初めてだった。その鳥は、橙と赤をまとっていた。
「綺麗」
呟いた私に、鳥は目を見張った。そうして不思議なことに、火は瞬く間に消えた。
まだ熱くて顔も痛かったけど、私は鳥の雛を持って家に帰った。雛は申し訳ないと思ったのか、何度も私の火傷の跡を舐めた。
火傷の跡は多少小さくなったけど、顔の跡は消えなかった。
父も母も「女の子なのに」と嘆いたけど私はかまわなかった。
そのおかげであの偉そうな村長の息子に嫁ぐ未来がなくなったのだから。
両親は苦笑して最終的には橙紅を受け入れた。
「きっとこの鳥はお前を守ってくれるだろう」
父の言葉は当たっていたのだと、私は思っている。
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