第6話 Oリング

おーい。大丈夫か?肩をグラグラ揺らされているので目が覚めた。

気がついたか。

上から優樹が覗き込んでいた。

大丈夫か?お前貧血持ち?

え?いいや、そんなことはない…。起き上がろうとすると、優樹が手を貸してくれた。

ありがと。

起き上がると、そこは昇降口の前だった。伊丹はいなかった。

さっき喧嘩したところで俺は倒れてたみたい。制服がちょっと湿ってる。ええええ…。

それにちょっと頭痛い。頭に触れると、痛っ。頭を打ったみたいだ。たんこぶでもできてんのかな。うぜー。

さっきまで上機嫌だったのに、ふざけんなよ。振り回されてばかりだ。

歩ける?優樹が心配そうに聞く。

うん、大丈夫だよ。お前優しいんだな。

俺は普通だよ。そんな道端で倒れてる友達がいたら放っておく訳にいかんやろ。

帰りますか。と言うと優樹は歩きだした。俺はそれについていく。

喧嘩したならほっとけばいいのに。喧嘩しようがしまいが、俺は友達を見捨てるような真似はしたくないんだ。

優樹…。こんなに友達思いなやつ、初めてだ。

学校を出て、駅までの道を二人で歩く。

黒川。どうした?

今日は練習できなかったけど…明日またやろうな。

何でそこまでお前はできるんだよ。俺がお前だったら見捨ててるよ。

俺は友達を見捨てたくないんだ。俺が棄てられた方だったから。

え?

うん。俺さ、小中といじめられてたんだ。仲間はずれから始まって、侮辱されたり集団リンチされたこともある。自分の持ち物も壊された。大事にしてたシャーペンを折られたこともあるし、椅子を頭にぶつけられて失神したこともある。他にも、言いがかりつけられて殴られたり首締められたりした。殺されるかもって思った。でもな、そんな中でも俺を友達だと思ってくれた奴がいた。影でずっと付き合いあったんだよそいつと。だけど、ある日、いつもみたいに声かけたら、誰お前?って。誰って何言ってんだよ。俺だよ。はあ?知らんし、お前うざいから消えてくれん?って。今思うと、いじめの主犯に脅されたからだと思う。でも俺はそれがショックだった。それで俺、学校行けなくなった。中2のときかな。

だからか?忘れるってことがどれだけ人を傷つけるのか思い知れって言ったのは。

うん。だって俺、そのいじめや友達の裏切りが原因で、岐阜の高校受けたもん。

え、どういうこと?

俺、ずっと隠してたけど、越境入学してる。俺ホントは愛知県の人間なんだ。犬山市ってとこに住んでる。

い、犬山?!ということは、名鉄で通ってるっていうのは…。

うん、犬山から岐阜まで各務原線で通ってる。

めっちゃ遠いやん。

うん。けど地元の学校に通えなくなったから、逃げざるを得なかった。それで学校入ったけど、最初は馴染めなくて辛かったな。どんより曇った夜空を眺めながら優樹は語る。最近、日が暮れるのがめっきり早くなった。

俺さ、今はこうやって旋盤できるけど、最初は手こずってて作品できんくて居残りさせられたんだ。その時、伊丹先生が担当だったんだけど。できなくて辛い、友達もいない。って先生に思いをぶつけた。

そうしたら先生、言ってくれた。

誰だって最初はできませんよ。でもそこで、こうやって必死に努力すれば必ず努力は報われます。

陰徳あれば陽報ありという言葉がありましてね、影でこうやって努力すれば必ず報われるという意味です。

俺でもできるんですか?

勿論ですとも。誰一人残らずできるようになります。私は誰も置き去りにはしません。東山だって必ずできるようになります。何なら、機械研究会へいらしてください。

そこでは旋盤について、技能検定の対策を交えながらしっかりと指導がなされます。

そこで思うままに探究心を持ってやってごらんなさい。それはいつか技能検定合格という一生モノの財産とスキルになって帰ってきます。そしてそれが、他の技能検定や物事に対する自信になる。県をまたいでこの学校に入ったことさえすごいのに、これ以上の素晴らしいことがありますか。


伊丹…。そんなに、お前。

うん。励ましてくれてた。でも残念なのは、技能検定3級受かったとき先生居なくなってたんだよ。

居なくなってた?

え、お前忘れたの?!

優樹は、信じられないと言わんばかりの顔をした。

伊丹先生は、今年の2月から病気で居なくなったんだぞ。


え?病気…。

せつなが言ってた。病気で倒れて、病気休暇を取ってるよって。

かわいそうだな、先生…。そこまで頑張ってたのに。

どんだけ上から目線なんだよ。と言うと優樹は俺の肩を叩いた。

だから、お前が課題出されてるっていうのが不思議でしょうがない。病院抜け出してきてるとしても不自然だし、ひょっとして心がお前を求めて彷徨っているのかもな。

何それ。俺はドン引きした。

変な意味じゃねえぞ。お前に何か伝えたいのかもしれないし、お前が心配なのかもしれねえ。そういう不思議なことって有ると思う。


駅の階段を上がって、一緒に改札をくぐった。

こないだと同じ。電車に乗って、岐阜駅で降りて、せめての罪償いと思って名鉄岐阜駅まで続く回廊を一緒に歩いた。ライトアップされていて、きれいだった。

派手な装飾の建物や商店街を横目に、名鉄岐阜駅前についた。


改札までの階段を登って、俺は言った。

ありがとう。こんなに色々してもらって。見送りしかできないけど…。

いいや、いいよ。普段一人で帰ってるから、誰かと帰るなんてめったに無くて、嬉しい。


また、明日な。こんなこと、友達に言ったことなかった。

うん、明日。嬉しそうな優樹。何だか心がホッとした。変な達成感に包まれた。

よく分からないけど…。俺は振り返ってバス停に向かった。

それぞれの帰り道。バス停にバスが来る。

いつものようにバスに乗って最寄り駅まで帰る。

ただいま。家に入り、自分の部屋へ向かう。

ただいま。誰もいないけど一応…ってえっ?!

部屋の中に伊丹がいた。勉強机に備え付けてある回る椅子に座って、グルグル椅子を回して遊んでいた。

いい歳こいたおっさんが何やってんだよ…。しかもベットが少し乱れていたので、また昼寝していたのかもしれない。

やあ、こんばんは。俺がいる方向に椅子の向きを定めて椅子の回転を止め、伊丹がにこやかに挨拶した。

先程は取り乱してしまってすまなかった。

いや、いいよ。俺がサボったのが原因だろ?怒って当然だよ。と俺は自分で言葉を発しながら、一つの疑問を抱いた。

サボったらアウトになるこの課題。その論理で行くと、俺はすでに友達から忘れられるはずだ。

何で、その前に止めたのだろう。


それにしても、本当に居心地のいい部屋ですねえ。先程頭を打ってしまって怪我をしたので、今日はおとなしくしていましたが…。額を触りながら、照れくさそうに微笑む。そうなの?見ると、先生の額にはガーゼが貼られていた。何か、悪戯に失敗して、怪我した子どもみたいだ。

じゃあ、俺を叱ってから部屋に来て、ふて寝でもしてたの?

そういうことになりますね。先生は苦笑いした。

大人って、大人になるほど子どもに帰るんだろうか。


黒川、大丈夫ですか?え、何が?練習をサボったということです。何かあったのですか?


何もないよ。面倒になったからサボっただけだ。えらく正直だな、俺。

なぜ、面倒になった?

だって昨日先生がからかってきたから…。こっちは一生懸命なのに。

その程度でムッとしてサボるとは、まだ子どもですね。

何か胸に刺さる。

人からどう思われようと、何を言われても動じない強情な気持ちが大人には必要です。その内容がどうであれ、自分は自分に勝つのだ。例え今日はうまくできなかったとしても、必ず最後には勝つという心が。

うん。と俺は頷いた。けど、その心は先生には宿っているのだろうか。

反対に聞くけど、そういうことが言えるってことは、先生には、その心があるの?

しばらく先生は考え込んだ。

あるでしょうか。自分でも分かりません。まだ私には確信がないのです。

それってすげえ傲慢じゃないの?自分ができていないのに物言うオトナって俺嫌だ。

自分ができていないから、子どもにはできて欲しいんだと思います。

だったら、模範を見せるべきじゃないの?

できていないということも模範だと思います。反面教師がその最たる例でしょう。そんな模範いらんよ。それに、先生中途半端すぎるよ。俺、もうアウトなはずじゃん。何で助けたの?

先生はまた黙り込んだ。しばらくして口を開いた。

本当はあまり言いたくありません。ですが、私も課題の出題者としての責任を果たさねばならない。

一切をお教えしましょう。

というと、先生は俺と真正面に向き合った。

実は、私には余命が幾ばくもありません。今年の冬、私は仕事を休職しました。

精神的な病を発症したので。その時に、体の調子も悪かったので、ついでに検査も受けました。

難しい病にかかっておりました。すぐに手術をしなければならないと言われたので、手術を受けました。

でも、術後の経過はあまり良くなくて命が危ういのです。精神的なものが重なっているからでしょう。

そんなに、つらいことがあったの?

ええ。私の心はいつも安定せず、拭えない苦しみにあふれています。

そんなに、何かあったの?

今のあなたに話すには、重いと思われるので控えます。

そう…。俺だって苦しいんだけど。何か話が進まねえ。そういうのって打ち明けてもらわないと。

先生はうつむいた。長い沈黙が流れた。何で、課題を俺に出したの?全部を教えてくれるんじゃなかったの?

信じてくれるなら。かすかな声がした。あなたが信じてくれるなら。

信じるよ。先生は嘘を言ったことないから。それは、確信が持てた。今まで先生は一度も嘘を言ったことがなかった。事実しか言ってなかった。

病気になってからずっと、もがいていました。耐え難い苦痛と悲しみで心が張り裂けそうになっていました。私は、職場でパワハラを受けていたんです。上司や他の教員の、常に自分が優位に立ちたいという感情のもと、年功序列や役職を理由に私をむげに扱い、大切に持っていた信条を壊し、行う指導や手助けなども悪く取られて叱責を受けました。仕事のあら探しをされては叩かれるという日々でしてね。ああ、牧口先生は少なくともそんなことはなさりませんでしたよ、御安心ください。

せつながそんな女だったらサイテーだよ。

牧口先生だけは、私をかばった。どんなにしくじろうが怒ることはなかったし、守られたこともあります。彼女には、敬意を表します、が…。というと先生は作業着の胸ポケットから何かを取り出した。Оリングだった。

Оリングとは、旋盤で外形削りをする際に出る鉄くずの一種だ。通常旋盤加工は、材料の右からか左からかのいずれか、片方ずつしかすることができない。

そこで片方ずつ外形削りをすると、左右が同じ外径になった時、完全に削れなかった部分がつながって非常に薄い膜でできた輪っかのような鉄くずができる。これを指す。これが上手くできると本当に綺麗なのだ。ニッパーで切って捨てるのはもったいなくて、お守りや飾りのように取っておく人もいる。


これ。

先生は俺に見せた。あなたが旋盤実習の時にくれたものです。

あなたは抜きん出て旋盤加工に手こずっていた。私はそれについていて、あなたを指導した。その時にきれいに出て、嬉しそうにしていましたね。覚えてない?

記憶は曖昧だ。

私は、自分で持っているようにと言いました。努力の証だと。でもあなたは、先生にあげたい。俺ができたのは先生がいたから、プレゼントだよ。と言ってくれたんです。やりがいのない職場で、初めて見つけたやりがいでした。それから、ずっと肌身離さず持っていましたよ。入院しているときも、持っていました。さすがに手術室には持って行けなかったけど。しかし、そのやりがいもまた、奪われかけました。ですが、それだけは守りたかった。それで話を戻しますが、私はもがいて、死さえ望みました。楽にさせてくれと。これ以上何を苦しめと。そんな時、夢にあなたが現れたのです。

え、俺?

ええ。

悲しそうにしていました。何かを話したそうに、苦しそうにしていた。

私は尋ねた。何があったのか。でもあなたは話してくれなかった。その時気づいたんです。

まだ死ぬわけにはいかない、と。たった一人、私を必要とした教え子がいた。

邪宗の中で、指導を待っている。置いていくわけにはいかない、と。

それなら最後に彼に課題を課そう。私が教えたことを彼が覚えているかどうか、確かめてから霊山へ行こう、と。

リョウゼン、って何?あの世のことです。

命がけで、会いに来てくれてたのか。それなのに俺、すっかり忘れてるわひどい態度を取るわ、マジでダメな奴だ。

それが分かっただけマシです。

でも、先生、課題明けたら死んじゃう、の?

そういうことになりますね。

前に進めば死が待ち受け、後ろに退けば俺は独りになる。

どうにもできねえじゃん。どうにもできませんか?

え?

死んでほしくないという気持ちが、あなたにはないのですか?

盲点をつかれた。

食っかかってもいいのです。私のこの胸ぐらを掴んで、死ぬな、と食っかかってもいいのです。

あなたの一念で、世界は変わります。変わりたい、変えたいと思いませんか?

変わるの?

確証はありません。でも、変わりたいと思ってそれを貫けば、必ず変われます。私も、死ぬことはないでしょう。全てはあなたの一念にかかっていますよ。

何かにハッと気がついた。

先生。

今後に期待します。今度は今日のようなことがないように。

消えた。けど、俺は何か、暗闇に一筋の光を見つけた。


思っていいのだ。死んでほしくない。忘れられたくない。俺は何か意思を持つことさえ忘れていた。

ずっと受け身だった。誰かを待っていた。誰かが俺を決めてくれる…というより、俺は勝手に決められると思っていた。周りの大人は理不尽で、俺らが何か言うと騒いでブチ切れて、後処理が面倒になる。言いたいことを言っただけなのに、こんなふうにバッシングされると言いたくなくなる。だから受け身で、大人が言うことを聞くだけで、自発的に物事を進めない。それを、先生は見抜いていたのだ。受け身になるなと、自分で決めて変われ、と先生は言いたかったんだろう。何だか心が暖められたのがわかる。冷たくて閉ざされてた心に、温かい光が差し込まれた気がした。

先生、ありがとう。

俺はつぶやいた。


その夜、俺は夢を見た。

気絶したときに歩いた病院の廊下に立っていた。

また、同じとこ?それならさっきの続きかな。先生と父さんがいっしょにいる理由がわかるかも。

白い廊下を歩いて、また中途半端に開いたドアの部屋へ向かった。

父さんと先生、まだ話してるかな?母さんはいるかな?

ちょっとワクワクしながら部屋に入った。しかし部屋はしんと静まっていて、話し声はしなかった。

あれ?カーテンで仕切られたベッドに近づいた。

母さん?寝ちゃった?父さんや先生は帰った?

起こさないようにそっとカーテンを開いた、その刹那。

何で?え、どういう、こと?

俺は愕然とした。だってそこには母さんはいなくて、いたのは先生だった。

先生?え、どうしたの?先生はただただ眠っているだけだった。

これが、生かされている、というのか。先生の顔に生気はなく、顔は青ざめてげっそりと痩けていた。

不気味に心電図のモニタが光り、生きていることを示していた。腕には点滴の針が刺さっている。その他にも、腕に刺しただろう点滴の針の跡が無数に残っていた。痛々しい、とはこのことだ。苦しそうな呼吸が聞こえてくる。全身で呼吸していた。難しい病にかかっているって言ってたけど。先生。なぜか涙がこぼれた。俺、こんなに苦しんでいる先生に歯向かったり口答えしてたの?

先生、ごめん。いや、ごめんじゃないよね。ごめんなさい。俺…。涙が先生の腕に落ちた。

俺はその場に座り込んだ。手を握った。冷たかった。まるで死んだようだ。

先生、こんなに痩せて、こんなふうになって、冷たくなって。そんな中、俺のために…。

優樹の言うとおりだ。先生は俺に伝えたくて、心が彷徨っていたんだ。それで命がけで会いに来たんだ。

自分の愚かさに、先生を蝕む苦しみに涙がこみ上げて止まらない。俺は泣き続けた。

しばらく泣いていると、瑞貴。

気がつくと、そこに俺とタメくらいの人がいた。ただその人は不思議なことに、先生にものすごく似ていた。メガネも、髪型も体型も同じ。目も同じで、穏やかな目をしていた。

違うのは声と髪の色。髪は黒かった。

お前は…。父さんを、助けてくれないか?その人は言った。

助けられるのはお前しかいない。このまま苦しんでいるのを見る俺の気持ちになってくれ。先生の子どもなのか?でも先生からそんな話は聞いたことない。

瑞貴、頼むよ。俺ずっと見てきたんだけど、耐えられないんだ。これ以上苦しめないでくれ。悲痛な哀願だった。

その時、ぐっ、と手を強く掴まれた。何かに蝕まれて苦しむように、先生は苦しむ。

先生?瑞貴。

え、どうしろって…。焦りだけが募る。

痛い、苦しい。実際に声を発してるわけではなかった。でも聞こえた。

なぜ、私はこんなに苦しまなければならないんだ!どうして、どうして…。

先生。先生、しっかりしてよ!俺は叫んだ。

はっと気がつくと、俺はベッドの上だった。夢だったのか。

呼吸が荒かった。服は汗でぐっしょり濡れていた。ひどい夢だった。大きく深呼吸して、呼吸を整えた。

伊丹先生、本当にあんなふうなのかな。もしそうだったとしたら、俺はめっちゃ申し訳ないことをした。病床に喘ぎながら、こんな俺のために…。まだ、掴まれた手の感覚が残っている。生きようとするって、あんなに…。また涙がこみ上げる。ごめん、ごめんなさい。あんなに苦しんで。俺、クズだよ。あんなに良い先生なのに。死なれたら困るよ。先生、死なないで。このまま死んでほしくない。先生…。

死ぬなという気持ちがあなたにはないのですか?死ぬなと、この胸ぐらを掴んで言っても良いのです。死ぬなと。変わろう、変えようという気があなたにはないのですか?

先生の言葉が蘇る。変わろう。変えよう。先生、死ぬな。死んじゃだめだ。

俺は心で呼びかけた。死ぬな、生きてくれ。元気になってくれ。

何だか、頬を数回引っ叩かれた後のような清々しさがこみ上げた。

俺、変わる。だから先生、元気になってくれ。生きてくれ。

目覚ましのアラームが鳴る。さあ、先生。学校に行こう。勉強して課題を終わらせよう。


決意して学校へ向かうからか、今日通学で乗ったバスや電車から見える景色はいつもと違ってすごく輝いて見えた。きれいだった。

昨日とはうってかわったような青空が広がり、学校の最寄り駅から学校まで歩く道に咲く草花が青空に映えて美しかった。

途中にある収穫の終わった田んぼにいる小鳥たちが微笑ましかった。空気は少し冷えて肌寒いけど、冷えているからパリッと目が覚める。

優樹と仲直りして、授業や課題をやるんだ。決意に立ち、生きようとしたときに出る力はとても大きい。何かに肩をポンッと叩かれたときに感じる闘争心のようなものが溢れ出る。こんな感覚なかった。やるんだ、やろう。救おう。立ち上がろう。生きる力を全身に強く感じながら、俺は校門をくぐった。

おはよう。教室に入ると、俺は優樹の席まで行って、優樹に声をかけた。

おはよう。ムスッとした表情で、優樹は言った。

あ、あのさ優樹。昨日は・・・ごめん。優樹、教えるの慣れない中で、一生懸命俺のこと思って、ノート持ってきてくれたんだよな?反応がない。

俺、めっちゃ馬鹿だった。誰かに助けてもらって当たり前だって思ってた。お前の気持ちも、感謝の心も忘れて・・・さ。だから、ごめん。許してくれ。

俺にまた旋盤、教えてくれ。俺は頭を下げた。もう、頭を下げることなんか何も苦じゃない。これが俺の誠意だ。

人の痛みが分かったようだな。優樹はニヒルな笑みを浮かべた。ガイジ呼ばわりしなければ、許す。

もうしないよ。そんな酷いこと。俺、めっちゃ差別してたんだよな。ごめんな。

やっと分かったか。ニヒルな笑みは正直気持ち悪かったけど・・・。うん。

俺も、自分中心でお前に酷い教え方して、ごめん。優樹が言った。俺にも、教え直させてくれ。頭を下げられた。

いや、教えてもらうのは俺の方だ。いや、俺が。いいや俺だ。謝り合戦になってしまった。どうしよう、収集がつかない。と俺が思った時。

お、お前ら仲直りしたのか?颯太と剛が俺の側に来た。

黒川、お前のこと、俺たち3人みんな心配してたんだぞ。颯太が言った。えっ?

お前ブチギレてたじゃん。だから、こないだ黒川が帰ったあと、3人で話し合ってたんだ。黒川大丈夫かなって。

優樹にも、直すところあるかな?って相談されてさ。と剛。結構暗くなるまで喋ってたぞ。こないだ。へえ・・・。お前らって意外と友達思いなんだ。

そりゃそうだろ。小学生のガキじゃないんだ、俺達は。剛が言った。

まあ、お前らが仲直りしてくれて、俺は嬉しい。颯太が言った。だって、お前に消されたくねえもん。お前とはせっちゃんをめぐったライバルだからな。颯太が目配せした。

は?俺、せつなのことなんか何も思ってないっての。そうか?剛がクスクス笑った。だって、課題やってる時、ずっとせつなといたじゃん。黒川、お前が羨ましいぜ。俺なんかいつも冷たくされるからな。颯太がわざとしょげてみせた。

4人で、めっちゃゲラゲラ笑った。どんなに鬱陶しく思うときがあっても、やっぱり友達といた方が、楽しい。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る