第4話 衝突

次の課題は旋盤?

優樹が俺に聞いた。翌日の朝、俺は真っ先に颯太と剛と優樹に課題のことを話した。

旋盤、か。しかも技能検定3級のだよな?うーん、俺、機械検査だったら3級あるんだけどなあ。颯太が困った顔をした。

えっ、お前機械検査なんていつ取ったの?

1年の12月。俺、その時バイト先に嫌な奴がいて、そいつと一緒にバイトしたくなくて、資格の勉強を言い訳に、バイトサボったことあるんだ。それで。まあ、給料は下がったけど。でも、履歴書には書けるからいいんだけどな。

遊んでる颯太でさえ、資格を持ってたなんて。

それに、旋盤って誰かついてないと危ないよな。特に黒川だと。剛が言った。こいつはマジで事故るぞ。剛の言い方にムカっときたけど、確かにそうだ。どうする?剛が聞く。

あ、あの、さ。優樹がどもりながら言った。

旋盤、俺が見てもいい?え、優樹が?

俺、昨年の12月に旋盤3級受かったんだ。だから・・・。

それ早く言えよ。剛が突っ込んだ。それに、優樹って機械研究部だよな?颯太が聞く。

うん。颯太、優樹とあまり絡みがないのに、最初から呼び捨てかよ。さすがだ。

それなら色々言い訳できるじゃん。よし、旋盤は優樹に任せた。頑張れよ。颯太が優樹の肩をポン、と叩いた。それに対して優樹は硬直してしまっている。こんなコミュ障と、旋盤なんてできるの?いささかの不安を覚えながら、俺は颯太と優樹の絡みを見ていた。


放課後、早速工場で、優樹のコーチによる旋盤への挑戦が始まった。

優樹の協力で、使っていない4尺旋盤を使わせてもらうことになった。材料も、工場の廃材を使わせてもらうことになった。しかしその材料。1年生の時使った鋳鉄ではない。炭素鋼だ。鋳鉄の倍太くて、しかも重い。表面には、黒革まで付いてる。

旋盤の三つ爪に、材料をチャッキングした。しかしこの時点で俺はくたばった。何せ炭素鋼が重い。それによってチャックハンドルにかける力も大きい。普段運動してないし、体格もヒョロい俺には厳しい作業だった。ぜえぜえ言う俺を見て、優樹は、雑魚だな。と言った。

挙動不審なお前に言われたくねえよ。

センタ穴あけの後、最初の工程、端面切削に入った。刃物台を傾け、いっぱいまで横送りして旋盤のスイッチを入れ、正転の方にハンドルを切ろうとしたその時。

逆転の方だぞ。優樹が言った。逆転?うん。と言うと、優樹は逆転の方にハンドルを切って、端面削りのやり方を見せてくれた。

ほら、やってみろ。

初めてのことに戸惑いながら、俺は恐る恐る旋盤のスイッチを入れ、逆転の方にハンドルを切った。それから、バイトを自分の方に戻すテイストで横に送る。

普段の授業ではやらない、未知の領域だった。

端面切削が終わると、次は外径切削だ。しかし、これがエグかった。

熱ッ!!俺は悲鳴を上げた。切削が進むと、キリコが容赦なく飛んでくる。しかも金属だから、手に当たると刃物が手に当たったかのように痛い。熱い。黒革が、鉄のキリコが、容赦なく俺に飛んでくる。優樹、こんなことやってたの?

痛ッ!太くて大きなキリコが、唇に飛んできた。帽子にも、長袖作業着の袖にも、ズボンにも。唇は切れたかもしれない。

自動送りのハンドルを持つ手が震える。そして、離してしまった。

離すんじゃねえよ!優樹がブチギレた。すぐに止められなかったら危ねえだろ!!

慌ててハンドルを持って、自動送りを止めた。そして旋盤のブレーキをかけようとした時、止めるな!そのまま手で送れ。あと少しだし、大丈夫だから。

こんなスパルタのコーチっている?と思った時、わっ!!熱を持った材料から火花が飛んだ。もう、めちゃくちゃだった。

優樹って、旋盤になるとこんなに豹変するの?


すまん。

旋盤の作業に一区切りつけると、優樹が謝った。俺、旋盤とか機械加工になると、周りが見えなくなってそうなっちゃうんだ。

それはダメだろ。ごめん、今度はそんなことしない。優樹は何度も謝ってきた。しかし、俺の中で、旋盤は、めっちゃ怖いやつって印象がついてしまった。しかも、颯太や剛は今回、優樹にすべてを委ねている。しかも今回は、俺1人でやりたくても、危険度が高すぎてできない。せつなは・・・。あ、そういやせつな、今日も休んでた。何でかは知らないけど。八方塞がりだ。こんなうぜえ奴と一緒に課題やるの?てか、何で俺は1人だと何もできないんだ。自分にも腹が立つし、優樹にもみんなにも腹が立つ。

黒川。

何だよ。もっと、ちゃんとアドバイスできるように、俺も頑張るからさ。本当にごめん。

アドバイスできるように頑張る?何だその上から目線。いつもは挙動不審で、クラスメイトから話しかけられただけでどもって、何考えてるかよく分からない奴が、アドバイス?うぜえよ、お前。俺は吐き捨てるように言った。普段ガイジみたいなのに、偉そうにするな。マジでムカつく。俺は、振り返りもせず工場の入り口まで歩いていって、近くのテーブルの下に置いてあったリュックを持って、工場を出た。

安全靴を上履きに履き替えて、着替えるために機械科の棟へ歩いた。本当は、作業が終わったら旋盤周りの掃除をしなければならないけど、そんなの知ったことか。優樹がやるだろ。俺のコーチだし。イライラムカムカする気持ちを引き摺りながら、俺は家に帰った。

まったく、このイライラする気持ちをどこにぶつけようか。Twitter?それとも颯太や剛にLINE?どうしよう。100%俺が悪いのは分かってる。でも・・・。優樹のあの言い方もムカつく。でも、1人だと何もできない俺自体にも腹が立つ。何か俺、1人でできないかなあ?と俺が思った時だった。

あ、この間、エディオンで買ったタミヤの工作キット。あれは危険な機械を使わないから、1人でもできる。あれをやろう。あれをやって、自信をつけよう。ちょっと盛り過ぎかもしれないけど。よし、と思って、俺は自分の部屋のドアを開けた。すると。

えっ?

工作キットのおもちゃが、ジーッとモーター音を立てながら、俺の前に向かって走ってきて、俺の足元で止まった。

何で、できてるの?

やあ、黒川。ベッドにあぐらをかきながら、伊丹がにこやかに挨拶した。い、伊丹?

部屋の中に、こんなものを持っていたなんて。タミヤの楽しい工作キットは私の心の故郷です。

は?

伊丹は手に持ったリモコンを使って、おもちゃを器用に操った。おもちゃは伊丹に従順に従い、部屋の中をグルグル回っていた。

部屋であなたの帰りを待っていたら、漫画等に飽きてしまって、このキットを作ってしまいました。いたずらっぽく微笑む。

それより、旋盤は如何かな。

旋盤はって、いや、今そんな呑気なこと言ってられるか。せっかく俺が買ったのに。せっかく俺がやる気になったのに。無気力だった頃より、だいぶ色々手を出そうとしたのに!

でも、買ってもすぐには手を付けなかったではありませんか。本当にやる気だったら、すぐに作っていると思われますが?

ムカつく。煽ってるのかよお前。煽ってなどおりません。事実を述べているだけです。毅然とした態度で伊丹は言った。

それにしても、黒川がタミヤの工作キットに手を出すなんて。嬉しくて仕方がなくて。伊丹は嬉しそうに言った。何か、これ、またうんちく垂れるフラグが立った、よな?

コホン、と伊丹が咳払いした。案の定、次の瞬間、伊丹によるタミヤの工作キットへの長い長いうんちくが始まった。あのさあ、何でヲタク、しかもおっさんって話長いの?

ぶっちゃけ、俺はものづくりにそんな情熱はない。与えられた課題をこなしてるだけだ。こんなにうんちくを垂れるなら、伊丹のうんちくを聴くって課題を出してほしいくらいだ。楽だし。適当に相槌打ってりゃ終わるし。

よろしいか?散々うんちくを語り終わると、伊丹は言った。うん。てか、疲れた。疲れたって、あなた。と言って伊丹はまた口を開こうとしたが、もういいよ。もういい、聴きたくない。お前の長え話なんか、興味ねえよ。黒川がものづくりに興味を持ち出したから、話をしたかったんですが・・・。ものづくりなんか興味ねえよ。それに、旋盤だってマジで危ないじゃん。マジで俺ボロボロだよ。唇は怪我するし。火傷するし。

やけどは勲章だ、と先輩教員から聞いたことがありますが。そんな勲章なんか、いらねえよ。もう旋盤なんかやりたくないよ。あのガイジにキレられるし。

ガイジ?優樹だよ、東山。あいつ、普段は挙動不審なのに、何だよあの上から目線な態度。旋盤という危険な機械を前にすれば、温厚な人間でも神経を張り巡らせてピリピリすると思いますが。でも、あれはないって。それだけ、東山があなたに真剣になってくれている、ということではないでしょうか?

はあ?真面目すぎるし硬すぎるんだよ、あいつ。黒川、東山は真面目な性格なのです。ここまで本気でぶつかってきてくれる友人ができて、あなたは幸せではないのですか?

幸せ?そんな訳ねーだろ、何でこんな訳わかんない奴らに絡まれなきゃいけねえんだよ!しかも、難しい訳わからない課題ばっかぶっこまれて、気が狂うよ。

黒川。威厳を込めて、低い声で伊丹が言った。

確かに、何もかも自分の思い通りにことや人が動くとは限りません。しかし、その中で、あなたは何をされましたか?ほとんど、牧口先生や桜山に頼りきりだったではないですか。そのことについて、何も思わないのですか?別に。俺は吐き捨てるように言った。

今のあなたは傲慢です。それに、子どもです。思い通りにならないから、友達に悪く言われたから、あなたはブチ切れるのですか?むしろ、このときだからこそ、いよいよの心で前に進もうと思わないのですか?社会では、自分の思い通りにならないからと言ってブチ切れる者は、どんな会社へ行っても切り捨てられますよ?

うるせえ、会社なんてこの世にごまんとあるじゃないか。合わなければ転職すればいいんじゃないの?

転職したって、自分が変わらなければ、自分の周りはいつまででもあなたが言う、変なやつばかりですよ?それでは惨めです。

俺が惨めに見えようが、お前には関係ないだろ。俺のことは、俺のものさしで決めるんだから。

就職したら、そういうわけにはいきませんよ?自分が嫌でも、人から査定されるんですよ?それで給料だって決まる。社会をなめすぎだ!!伊丹が怒鳴った。

高いバリトンの声が、わーんと部屋に響いた。

非常に心配ですが、頼みますよ。リタイアすれば、どんなことになるか。そのことはご存知ですね?消えた。

知るか。俺は伊丹が消えたあとに吐き捨てた。バーカ。

どいつもこいつも、変なやつばっか。もう、絡みたくねえ。俺はベッドに制服のまま寝そべって、しばらくボーッとしていた。

設計も、原動機も、製図も、普段の俺だったら絶対にやらないことだ。それに挑戦しただけすごいと思わないのか?ちょっとできるとすぐハードルを上げる。大人ってウザい。

前みたいに、ただ学校行って帰るって生活の方が、俺には合ってる。就職だって別に大企業に入ろうとしてるわけじゃないし、単位だって落としてるわけじゃないし。

普通が一番だよ〜、俺は何もない天井に向かって呟いた。

それに、俺はあんな変なやつらと絡みたくない。リタイアしてあいつらと縁が切れるなら、そんな楽なことはない。むしろ、一石二鳥じゃないか?

決めた。やーめた。もう知るか、あんな変なメンヘラヲタクとガイジ。颯太も剛もどうでもいい。独りに、してくれ。


おはよう。

翌朝、俺が教室に入ると、優樹が待ってましたとばかりに駆け寄ってきた。

黒川。ノートを持っていた。黒川、いいものが、と言いかけたその時、優樹は目の前の机にぶつかって、転びかけた。

あっぶね、と周りの奴らが言った。

大丈夫か?

あ、う、うん。机を直しながら優樹は答えていた。鈍臭い。

黒川、体勢を整えると、優樹は俺に近づいてきた。これ、俺が技能検定やってたときの、手順書。東崎先生や、伊丹先生監修だから、間違いなくできるようになるぞ。嬉しそうにノートを見せる。昨日あれから、申し訳ないと思って、色々考えたんだ。俺もいけないところあったし、一緒に頑張ろう。

いや、優樹。俺もういいから。

は?課題、もういい。やめる。はあ?!何言ってんだお前!せっかく課題半分終わったのに、何言ってんだよ!

よくよく考えたら、お前みたいなガイジと俺、付き合いそんな無いじゃん。それに、こんなやつに教えてほしいってお願いしたこともない。お前がしゃしゃり出てきただけだろ。

は?ふざけんなよ、それだったら、桜山は?せつなは?あいつらはちゃんと頼んだ。お前には頼んでないし、お前のやり方合わないしムカつくんだよ。もう近寄らないでくれ。

おい、黒川!優樹が怒鳴った。あまりの声の大きさに、クラス中がしん、と静まり返った。

ふざけんな。お前は俺たちが近寄らなくなっていいかもしれないけど、消される身にもなれ!!お前と仲良くしたくて近づいてるやつもいるんだぞ。それが、忘れたくない記憶を忘れさせられるって、お前どういうことか分かってるのか?

知らねえよ。俺は独りで居たいんだ。

ふうん、そうか。分かったよ。確かに、痛い目見ないと人は成長しないって言うし、勝手にしろ。優樹は踵を返して自分の席に戻った。

クラスに賑わいが戻った。

その日は、俺はずっと独りで過ごした。颯太も剛も俺の機嫌が悪いのを察したのか、俺に話しかけてくることはなかった。

たまにチラッと俺の様子をうかがうことはあっても、声をかけることはなく、颯太は剛と、優樹は1人で1日を過ごした。幸い、実習やペアでやる教科もなかったので、1人で気ままに過ごせた。


帰りのショートが終わると、俺は一目散に昇降口に降りた。教室を誰よりも早く出たくてウズウズしていたから。

早く帰ろう、いや、帰る前に岐阜駅のスタバに寄ってまたキャラメルフラペチーノ飲もうかな。それか、抹茶のフラペチーノも悪くない。そうしよう。

この間の単独行動、楽しかったし、スタバのフラペチーノも美味しかったし。行こう。そう思って、下駄箱で靴を履き替えて、外に出た。その時だった。

えっ・・・。

伊丹が立っていた。外は晩秋で肌寒いのに、半袖の濃紺の作業着を着ていた。

黒川。約束を破るのですか?約束?

旋盤の加工部品を作る、という約束。東山と協力して課題を終わらせる、という約束です!

バリトンの声が外に響き渡った。

あなたは、東山の提案を無視し、この課題をリタイアしようとしている。それがどれだけ酷いことか、分からないのですか?

約束を破る代償は非常に大きい。毒薬が体を回るより速く、人からの信用を失い、酷評が常について回りますよ?そしてその酷評は、例え事実無根であったとしても、あなたに永遠に消えないレッテルを貼る。悪い噂は火事より速く回りますからねえ、あなたはどんなに良いことをしても、そのレッテルを剥がすことはできなくなりますよ?

建設は死闘、破壊は一瞬です。そして、破壊を復興へと持っていくには、大変な労力を必要とすることを、あなたは分からないのか?!愚か者!

その瞬間、それまでうっすら晴れていた空が急に暗くなり、季節外れの雷が鳴り出した。

レッテル貼られたって、別に俺が気にしなきゃ良いだけのことじゃん。人から変な噂立てられたって、気にせず成功してる人もいるじゃん。それに、人との約束を破って不正したって、儲けてる大人はたくさんいるじゃん!大人のほうが汚いだろ。お前だって倉庫から色々物パクってさ!あれ、俺が全部返したんだぞ。もし返してるところ見つかったら、俺が濡れ衣だったんだぞ。ふざけんな!

俺の怒りを表すように、冷たい雨が、強く降り出した。

あなたには、失望しました。人に頼ることしかできず、自分の思い通りにならないと人に当たり、人に感謝もできず傲慢で・・・。そこまで言うと伊丹は大きく息を吸った。

その瞬間だった。ドサッ!!という大きな音を立てて、伊丹が倒れた。突然のことに、俺は頭が真っ白になった。

えっ、何?どういうこと?!た、倒れたって、い、一体どうすればいいの?しかし、伊丹はうつ伏せに倒れたまま、ピクリともしない。

頭の方から、血が流れ出した。多分、倒れたときの衝撃で、頭を打ったんだ。

・・・い、伊丹?俺は恐る恐る近寄った。大丈夫?でも、動かない。そっと体に手を当てた。冷たい。体が、恐ろしいくらい冷たかった。

先生!先生、しっかりして。しっかりしてよ!俺は伊丹の体を揺すった。しかし、反応はないし、血は流れっぱなしだ。

先生!学ランがめっちゃ濡れてるけど、そんなの気にしない。だって、目の前で人が倒れてるんだもん。先生、起きてよ!俺は叫び続けた。でも、死体のように先生は動かなかった。そして、俺は、やばいものを見てしまった。半袖の濃紺の作業着の袖から出る腕に、たくさんの刺したような痕がついていた。見ているだけで痛々しい。

先生?一体どうしたの?何があったんだ?そう俺が疑問を持った時。

ガン!と何か鉄のような、重いハンマーが俺の頭を叩くような頭痛が俺を襲った。痛い。とても耐えられない。

激痛で、俺はその場に意識を失って倒れた。


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