俺の婚約者が可愛くない

第1話 小さな淑女

◇◇◇


 俺の婚約者は可愛くない。思えば初めて会ったときから可愛くなかった。


「初めまして。ソレイユ=ライトです」


 古めかしいドレスを着て、髪をぴっちりと固く結い上げ、わずか五歳で完璧なカーテシーを披露して見せるから。一緒に遊ぼうと思って用意していた虫取り網は、すっかり無駄になってしまった。甘くもない紅茶を背筋をしっかり伸ばして綺麗に飲む姿は母上そっくり。


 これが、噂に聞く淑女ってやつか。母上は淑女ぶってはいるが、悪戯をすると容赦なく拳固を喰らわせてくるので、あれは淑女ではないと確信している。


 一方俺がいつも飲んでるのは甘さたっぷりの蜂蜜入り紅茶。試しに蜂蜜を入れずに飲んでみたけど、やっぱり不味い。何が旨いのか分からない。むしろ蜂蜜だけ舐めたい。確実に甘くて旨い。


 とりあえず、好きなものは何かと聞かれたので、いつもやっていることを話したら困ったように微笑んでいた。


 我がロイター家は、辺境伯として広大な領地を治めている。遊ぶ場所には困らない。木登りに川下り、虫取りに騎士ごっこ。毎日が挑戦の連続。


 一方お隣、ソレイユのライト伯爵家は貿易に力を入れており、商業が盛んな領地だ。都会育ちには田舎の良さが分からないかもしれない。実際王都育ちだった母上も、最初は都会が恋しかったらしい。仕方ない。


 そこで、大好きな本を紹介することにした。『冒険王ビートの大冒険』は実話を元にした大人気アドベンチャー小説だ。誕生日に父上に貰い、夢中になって読んだ。すると、彼女はなんと既に全巻読破しているとのこと。あの本に続きがあったなんて知らなかった。


 趣味が合うなと喜んだのも束の間。大好きな主人公がいきなり三巻で死んでしまうと聞いて、ショックでその本を読めなくなった。次の巻から主人公の子どもの話が始まる?嫌だ。そんな話は読みたくない。


 俺は、あの面白すぎるおっさんが毎回死にそうになりながら、運とか知恵とか使って、全力で冒険している姿を見るのが好きだったんだ。本当に死んだら、そんなの笑えない。俺の宝物は一瞬で色褪せた。


 

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