第5話 ここからずっと俺の溺愛ターン

◇◇◇



「と、ともかく!このお話はきっぱりとお断りします!行きましょう、アレクシス様」


「だ、そうだ。少しでもプライドが残っているなら、セシルのことは男らしく諦めるんだな」


 ツンッと振り返りもせずに部屋を出ていくセシルを、俺は弾むような足取りで追いかける。耳の裏まで真っ赤になったセシルが可愛すぎる。


「ねえセシル、こっち向いて」


「……いやです」


「どうして?」


「今私、すごく変な顔してるから」


「変じゃないよ。セシルはいつだって最高に可愛い」


「か、かわ……からかわないでください!」


 そういえばとふと思う。俺は今まで彼女に直接俺の想いを伝えたことがあっただろうか。心の中の声はいつだって自分のうちに留めておくのが癖になっていた。けれど、晴れて婚約者となった今、誰に遠慮もいらないのだ。


「本当だよ。セシルは世界一可愛い俺の婚約者だ」


「本当に?……その、キャサリーヌ姫とのお話は……」


「キャサリーヌ?ああ、あのおてんばか。あんなのほっといていいぞ。俺の名前を出したのは、どうせ見合いを断る口実だからな」


「名前で呼ぶと言うことは、キャサリーヌ姫とアレクシス様は随分親しい関係なのですね」


「ああ、そっか、まだセシルには教えてなかったな。キャサリーヌと俺は……」


 そう言いかけたところで、


「アレクシス兄さま!酷いじゃないの!いくら茶番だからってあんなろくでなしを代わりに送りつけるなんて!」


 振り返るとぷんぷんに膨れたキャサリーヌが母上と一緒に立っていた。


「キャサリーヌ!?母上も!?一体どうしたんですか!」


「あら、うちの可愛い嫁が心配で迎えに来たに決まっているじゃないの。キャサリーヌとはそこで偶然あったのよ」


「私はお兄様に一言文句を言ってやろうと思ってきたのよ。そしたら王城に向かったっていうから直接こっちに来たってわけ」


「はあ~。全く、護衛も連れずに何をしてるんですか……」


「あら、私たちに護衛が必要だと思うの?」


「思いませんが、お二人には立場ってものがあるでしょう!」


「だって~直接来た方が早いもの」


「ねえ?」


 頭を抱える俺の横で、セシルが目に見えて混乱しているのが分かる。


「あ~、実は、母上は聖エクストピア帝国の出身で、キャサリーヌは俺の従妹なんだ……」


「ということは、お義母さまは、聖エクストピア帝国の王族のかた……そう、だったんですね」


 あまり言いたくはないが、実は俺の母上は隣国の第一王女だったんだよな。当時婚約者のいた母上は身分を捨て、父上と駆け落ちしたせいで、隣国では行方不明と言うことになっているが。剣を重んじる聖エクストピア帝国で剣聖として名高かった母上は、生まれて初めて自分を打ち負かした父上に恋をしたらしい。ちなみに現在の剣聖はキャサリーヌだ。あそこの王族はなぜか女系なんだよな。


「初めましてキャサリーヌです。あなたがセシルさんね。逢いたかったわ。アレクシス兄さまとは兄妹のような関係なの」


「初めましてキャサリーヌ殿下。セシル・アルティメスと申します。お噂はかねがね」


「あらやだ。ここでも私の美しさが評判のようね!」


 ころころと笑うキャサリーヌにセシルも毒気を抜かれたようだ。


「ごめんなさい。わたくしてっきりアレクシス様はキャサリーヌ殿下と深い仲なんだと思っていたの。この指輪も本当は、キャサリーヌ姫から渡されたものかと……」


「あら、ごめんなさい。私が唯一国から持ち出したものなんだけど、聖エクストピア帝国の剣聖の紋章が入ってたから混乱させてしまったのね」


 ぽんっと手を打つ母上に頭を抱える。


「母上。なんだってそんな紛らわしいものを俺の嫁に渡そうなんて思ったんですか」


「あら、その指輪を見れば大抵の賊は逃げていくから便利なのに。可愛い嫁の身を案じるのは当然でしょう?私は自分の身ぐらい自分で守れますからね」


「そんな理由ですか……」


「他に何があるって言うのよ」


 がっくりと肩を落とす俺の隣で、セシルは必死に笑いを堪えていた。


「ふ、ふふふ。お義母さま、ありがとうございます!何よりの贈り物ですわ。ちょうどひとり暴漢を撃退したところですの。この指輪を見てダマス王子があんなに怖がったのは、きっと、キャサリーヌ殿下のお陰ですわね」


 聖エクストピア帝国では真剣勝負の際、剣聖の誓いを立てるため、指輪にキスをして剣を構えると聞く。


「なるほどな。ダマスが「殺される~」とか言ってたのはキャサリーヌのせいか」


「あら、あの馬鹿王子は真剣を抜いただけでみっともなく逃げ出したから、私の剣技を見せる暇もなかったけど?」


「お前のこと、「脳筋」って呼んでたぞ?バカ女とも呼んでたなあ……」


「なんですって!?ふ、ふふふ。あの馬鹿王子、よほど剣のサビになりたいようね……」


「殺さないようにほどほどにしとけよ。国際問題になるからな」


「一度立ち合いした仲ですもの。負けた方は勝者に礼を尽くすのが道理。師匠としてちょ~っと稽古をつけて差し上げますわ。お~ほっほほっ」


 背中に異様なオーラを纏いつつキャサリーヌがダマスのところに向かうのをそっと見送る。まあ、死にはしないだろう。そうとうなトラウマが増えそうだが。


「結局あいつ、何しに来たんだろうな」


「さあ。まあ、セシルも無事だったから私もついでにショッピングでもしてから帰るわ。あなたたちはどうするの?」


 さて、どうするか。幸い懐は温かい。せっかくだから王都でセシルとデートするのもいいな。


「セシルはどうしたい?」


「アレクシス様と、ロイターに帰りたい、です」


 真っ赤な顔で上目遣いに見つめられて。


 ああ神様。俺の嫁が可愛すぎて辛い。


「よし!帰ろう!俺たちの家に!」


 がばっとセシルを横抱きにして馬に乗る。


「きゃっ!アレクシス様!」


「母上、馬、借りますね!」


「いいわよ。帰りは馬車で迎えに来るように頼んでるから」


「では!」


 一刻も早く二人きりになりたくて、胸が高鳴る。


 ああどうしよう。この気持ちをどうやって伝えたらいいんだろう。伝えきれないほどの想いが渦を巻く。とりあえず、


「これからはずっと俺の溺愛ターンだから覚悟して?」


 俺は腕の中で目を白黒させている愛しい人を思いっきり抱きしめるのだった。


 おしまい

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