第4話 セシルの本音

◇◇◇


 結局セシルとろくに話せないまま王城に到着した。


「ダマス殿下はセシル嬢に折り入ってお話があるそうです。アレクシス殿は許可が出るまでドアの前でお待ち下さい」


 侍従の言葉にムッとする。


「婚約者の俺が同席することに何か不都合でもあるのか?」


「私は殿下のお言葉をお伝えしているだけです」


 慇懃な態度を崩さない侍従をギリッと睨み付ける。


「アレクシス様、ここからはわたくし一人で大丈夫ですわ」


 ダマスの部屋の前でなおも渋る俺に、セシルはにっこり微笑んでみせる。


「何かあったら大声で叫んでくれ。すぐにドアを蹴破って助けるから」


 侍従が目を吊り上げて俺を睨むが知るもんか。セシルに何かしたら俺は絶対にダマスを許さない。


 セシルの消えた扉を穴が空くほど凝視して待つことしばし。


「た、助けて!!!」


 中から上がった悲鳴に俺はすぐさま扉を蹴破り飛び込んだ。


「ダマス!!!貴様!セシルに何をしたんだっ!」


 だが、次の瞬間俺は目を疑った。


「セ、セシル……?」


 そこにはにっこり微笑みながら椅子を高々と持ち上げたセシルと、何故か腰を抜かし、みっともなく床に這いつくばるダマスの姿が。


 後から飛び込んできた侍従も目を白黒させている。


「ア、アレクシス、セシルを止めてくれ!こ、殺される!」


 とりあえずセシルを止めなければ。重い椅子をあのように抱えていては、セシルの腕が筋肉痛になってしまう。


「セシル、椅子を降ろして?ダマスが何かむかつくことを言ったのなら代わりに俺が殴っておくから」


 俺の言葉にぎょっとした目を向けるダマス。


「ア、アレクシス!?私たちは友人だろう!?」


「いや、俺はお前のことを友人だなどと思ったことはただの一度もないが」


「酷い!!!」


 ギャーギャーわめくダマスを冷めた目で見る。


 学友に選ばれてしまったから仕方なく貴族学園では一緒に過ごすことが多かったが、貴族学園を卒業してこいつとの縁が切れて清々したところだ。勝手に友人認定するのはやめて欲しい。


 とりあえずセシルの手がプルプルしてかわいそうなのでそっと椅子を取り上げる。


「で?話を聞こうか」


 とりあえず全員で一度椅子に腰かける。うなだれたダラスと怒りを隠さない様子のセシル。セシルがこんなに怒るなんて。場合によっては殴るだけでは足りないかもしれないな。


「実はセシルに君との婚約を破棄して、もう一度私と婚約を結ばないかと打診したんだが……」


 ダマスの言葉に静かに耳を傾けていた俺は、大きく頷いた。


「よし。ぶっ殺す」


 迷わず柄に手をかけると侍従が慌てて止めに入る。


「お、お待ちください!!!」


「いや、こいつの馬鹿はいっぺん死なねーと治らないみたいだからな。お前もこんな奴に仕えなきゃならないなんて大変だな」


「くっ……」


 さすがの侍従もダマスの言い分に反論の余地がないようだった。


「な、なんだ!お前たち!揃いも揃って無礼だぞ!僕を誰だと思っているんだ!不敬だぞ!」


「一方的に婚約破棄しておきながらもう一度婚約したいだと?舐めてるのか?そもそもお前はキャサリーヌ姫と婚約するんじゃなかったのかよ」


「……その話は無くなった。元々キャサリーヌ姫との婚約の打診は、アレクシス、お前に来たものだったんだ。だが、王子である私のほうが一国の姫によりふさわしいと思ったから婚約者を取り換えることを父上に提案した。ところがあのバカ王女、婚約者の条件は国一番の剣の腕前だと抜かしやがった。その上、公衆の面前で試合を行って私に恥をかかせたんだ!あんな脳筋、こっちから願い下げだ!キャサリーヌ姫との話が無くなった以上、私の婚約者であるセシルを取り戻すのは当然の権利だ!」


「はあ?」


 なんだそのとんでも理論は。開いた口も塞がらない俺の横でセシルがゆらりと立ち上がる。


「……キャサリーヌ姫だけじゃございませんわよね?これまでもアレクシス様に懸想する令嬢方をダマス殿下が手当たり次第に口説いていたのはよく存じております」


「手あたり次第なんて人聞きが悪い。アレクシスにかこつけて私に近づきたい令嬢が多かったんだ」


「いいえ!みなアレクシス様に夢中だったのです!ダマス殿下を慕っていた令嬢など一人もいません!わたくしだって!」


 涙目で叫んだセシルの顔をぽかんと眺める。


「アレクシス様のことをずっとずっとお慕いしていたのに!あなたが!あなたが私がいいと言うから泣く泣く諦めたのに!これ以上勝手なこと言わないで!もう二度と、私の恋の邪魔をしないで!今私は、初恋の騎士様と婚約できて死ぬほど幸せなんです!二度とあなたみたいな馬鹿王子の婚約者なんてごめんだわ!」


 はあはあと叫んだあと、はっと口を覆うセシル。


「あ、私……」


 かあ~っと真っ赤になるセシルを見て、おもわず口元がにやける。やばい。嬉しい。セシルが俺をずっと好きだった?本当に?


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る