第3話 すれちがう二人
◇◇◇
「はあ?」
俺の絶対零度の視線に、突然押し掛けてきた王国近衛隊第三部隊(第三王子担当)の隊長が、顔を青くしながら縮こまる。
「あ、あの、セシル嬢を王都まで護衛するようにと、ダマス殿下から仰せつかって参りました」
「……なぜセシルがお前たちと一緒に王都に戻らなければならないんだ?俺が納得できる理由を言って貰おうか」
「そ、それは……」
口ごもるあたり、大方ろくな理由ではないのだろう。
「と、とにかくセシル嬢に直接お目通り願いたい!」
「断る。セシルは俺との結婚式の準備で忙しい。こちらでの式が終わったら王都の大聖堂で式を挙げるから、話があるならそのとき聞こうか。話は終わりだ」
立ち上がって扉を開けようとする俺に隊長が叫ぶ
「王家を敵に回すおつもりか!」
ふ~ん。それを言っちゃうとはね。よほど困ったことが起こったらしい。
「面白い。ならばこう伝えてもらおう。ロイター辺境伯を敵にまわすつもりかとね」
一歩も譲らない俺の言葉に隊長が怯む。
「……後悔しても知りませんぞ」
捨て台詞を吐いてぞろぞろと出ていく近衛隊の騎士たち。
───その様子をセシルが柱の陰からそっと見ていたことに、俺はまったく気が付いていなかった。
やけにあっさり引き下がった近衛隊の馬車に、セシルが乗っていたと報告を受けたのはその一時間後。俺はすぐさま馬を駆ってその隊列に追いついた。案の定街道をそれた山道を選んでいた。慣れない山道で右往左往していたため、いくらも進んでいなかったのが幸いしたが、もうすぐ日が落ちる。夜になる前に追いついて良かった。
「セシル!!!」
「アレクシス様!?どうしてここに……」
「君が突然姿を消して、俺が手をこまねいているとでも思う?」
俺の言葉にセシルがうつむく。王族からの呼び出しと聞いて、真面目なセシルは応じなければいけないと思ってしまったのだろう。馬鹿王子のことなど放っておけばいいものを。
「ロイター辺境伯、お下がりください。セシル嬢は自ら王都に戻るとおっしゃったのです。護衛は私達だけで十分です」
ふんっと慇懃な態度を取る隊長を軽く睨みつける。
「軟弱な近衛兵ごときに俺の大切な人を任せられるわけないだろう」
「なっ!我が部隊は王族を守護する精鋭部隊!いくら辺境伯と言えどあまりにお言葉が過ぎるのでは!?」
こいつらは全く分かっていない。この辺境の恐ろしさを。
「ならば、お前たちの剣術がロイター辺境でどれほど通用するか見せてもらおうか」
すらりと抜いた剣に隊長が一歩後ずさる。
「馬鹿な!気でも狂ったか!私たちに剣を向けることは王族に歯向かうも同じ!」
声を荒げる隊長。はいはい。こいつらが辺境で暮らす俺たちを心の底では馬鹿にしているのを知っている。だが、そのプライドの高さがいつまでも続くといいな。
「誰が俺の相手をしろと言った。お前らの相手は、あいつだ」
俺が軽く顎をしゃくった先にあるものを見て、全員が凍り付く。
「ヒッ、ま、魔物!そ、そんな、来たときはあんなものでなかったぞ!」
木の陰から、三メートルを超える巨大な魔物、ビックベアーがのっそりとその巨大な体を現した。その距離およそ数百メートル。こんなに近くに接近を許しておきながら、気配にすら気が付かないとはおめでたい連中だ。
「魔物の活動時間は日が落ちてから。そんなことも知らないのか。なんのために街道沿いに宿屋があると思う?街道には魔物除けの魔石をふんだんに使って魔物が近寄らないようにしてるんだよ。日が落ちてから魔の山に入るなど、魔物の餌になりたいと言っているようなものだ。大方俺に追いつかれないために王都への最短距離を行こうと思ったんだろうが、勉強不足だな」
「ヒッど、どうすれば……このままでは全滅……」
さっきまでの勢いはどこへやら。貴族の坊ちゃん連中で固められた近衛騎士どもはみな情けなく足を震わせている。こんなへなちょこどもに大切なセシルを任せられるわけがない。
「下がってろ」
短く言い放つと俺は剣を構える。勝負は一瞬で決まる。ビックベアーもまた、足に力を籠めると、一気にこちらに向かい走り出した。瞬きするほどのわずかな時間で距離が縮まる。しかし、するどい爪が振り上げられた瞬間、俺は懐に飛び込み一刀のもとに切り捨てた。
轟音を上げて倒れるビックベアー。
「ば、馬鹿な、Sランク冒険者でも手こずる危険度Aランクの魔物をたった一人で……」
ごくりと唾を呑む騎士たち。
「ふん。ビックベアーごとき狩れずにここで生き残れると思うな」
俺はすらりと剣の血を払い鞘に納めると、セシルに向き合った。こいつらはどうでもいいが、セシルはさぞ恐ろしい思いをしただろう。こんな恐ろしい魔物が出る辺境など、やはり耐えられないと言われるかもしれない。
「セシル……」
彼女の元に一歩踏み出すと、
「こないでください!」
と拒絶の言葉が返ってきた。
どうしよう。死にたい。
「セ、セシル、怖がらせて悪かった。だが、ここは危険なんだ。いったん屋敷に戻ろう」
俺の言葉にふるふると首を横に振るセシル。
「わたくしはこのままダマス王子の元に向かいます。どうしても直接会ってお話したいことがありますの。わたくし一人で平気ですわ。アレクシス様はお戻りください」
「ど、どうしてダマスの元に?それなら俺も一緒に行く……」
「これは、わたくしの問題です」
きっぱりと言い切られて心が折れそうだ。だが、彼女を危険な山に放置してこいつらに任せるなんてどうしてもできない。
「ならば俺は護衛に徹する。ダマスの前で君の邪魔はしないと誓うから、それだけは許可してくれないか」
セシルはしばし迷った後、ちらりと近衛騎士達を見る。騎士たちは先程の魔物の襲撃にすっかり怯えたのか、縋るような目でセシルを見つめていた。
セシルは仕方がないなと言うように一つ溜息をつくと、
「分かりました。王城までの護衛をお願いしますわ。でも、絶対に邪魔しないで下さいね」
とにっこり微笑んだ。その笑顔に少し怯む。
(セシル、めちゃくちゃ怒っていないか!?)
こうして俺は襲いかかってくる魔物をバシバシ倒しながら山を抜け、街道に戻るとセシルの護衛に徹した。ちなみに屋敷の皆にはセシルと共に王都に行く旨、伝令を飛ばして知らせておいたので問題ないだろう。
途中狩った魔物の魔石やら素材やらを街で売り払い、かなりの額になったので王都についたらセシルに宝石やドレスでも買ってなんとか機嫌を取ろうと思案する。高値で売れる魔石や魔物の素材は辺境では貴重な資源。男の甲斐性の見せ所とも言えるのだ。
王都ではそんな俺達を野蛮だと揶揄されることも多いが。
(セシルは喜んでくれるだろうか)
あれ以来気まずくて話し掛けられない。セシルに血に塗れた姿を見せてしまった。俺自身を怖がられたかもしれない。
それでも、セシルから離れることなんてもう、俺には耐えられない。
何度でも何度でも、みっともないぐらい愛を乞うてしまうだろう。恋をすると男は愚かになると父上が言っていた。その言葉がやけに今日は胸に染みた。
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