第3話 山の話
昔の話
私の祖父の家は山間の田舎にあり、家の裏手には豊かな原生林が広がっていた。子供の頃に祖父の家に遊びに行ったときは、すぐに裏の山へかけて行って、虫やきのこなどを探したり木の実などを拾い集めてよく遊んだ。祖父からは、迷子になるからあまり山には入らないよう言われていたが、守ったためしは無かった。
ある夏のこと、その年もまた夏休みを利用して祖父の家に遊びに行った。家について、挨拶も早々にすぐに裏の山へと足を運ぶ。
その日は、去年父から教えてもらった沢の方へ水遊びに行った。うるさいほど蝉の声がする中で、家から離れ獣道を進んで沢へと向かう道を歩いていると
反対の方向から子供の声が聞こえてきた。
微かだか、しかしはっきりとしたそれは
歌声であった。
好奇心に釣られた私は、すぐに向きを変え声を辿るようにして歩き出した。しばらく行けばすぐに、声の元は見つかった。
蔵である。
笹の林に背の低い小さな蔵が立っていた。
入口はおそらく林の方になっているので回らねばならないのだろう。こちら側には格子窓が向いている。そこから子供の、高くて澄んだ楽しそうな歌声と、笑い声が聞こえてくる。
窓越しに声をかけようか。そう思って格子窓に手を掛けて、中を覗き込んだ。
中に居たのは子供ではなく、膨らんだ布の塊だった。
見ようによっては人が布団をかぶり、こちらに背を向けて歌っているように見えなくもない。
しかしそのときは、それがどうしても
襤褸を幾重にも巻きつけたような固まりが揺れながら歌い、そして笑っているようにしか見えなかった。
しんとした中に、歌が響く。
いつの間にか、あれだけうるさかった蝉の声も止んでいた。
急に恐ろしくなって窓から手を離した拍子に、木の枝を踏んでしまった。枝の折れる音がして、同時に歌が止まったと思うと怪鳥のような叫び声、そして何かが這いずるような音がした。
慌てて走り山道を転がるようにして逃げ帰った。
山を降りた後は、何事も無かったかのような景色が広がっていた。
後日、祖父や親戚に蔵のことを聞いてみたが、誰もそんな物知らないという。
歌声の主は、まだあの山に居るだろうか。
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