第4話 自然公園の話
もう10年以上前の話になる。
仮にAとしよう。
夏休みのある日、私とA、他数名で自然公園に遊びに行った。
当時私達が遊び場にしていた自然公園は広くて、自由に歩けるトレッキングコースや雑木林、展望台やビオトープなどの自然観察ができる場所と、森林資料館、及び公民館になっている場所があって誰でも休めるようになっていた。
その日の午前中は各々好き勝手過ごしていた。
公民館で漫画を読んだりお菓子を食べたり、ゲーム機を持ち込んでいたやつもいたと思う。
私はその時、前日にAから提案があって釣り竿と餌を持ってきていた。自然公園の奥に、使われていない用水路と、一年中水が溜まっている深い窪みのような場所があり、Aはそこで釣りをしようというのだ。
その場所は確かに生き物が沢山いた。自然公園にはビオトープもあったけれど、それとは違う、もっと異質な感じのする所だった。その場所は公園の死角になっている、薄暗い茂みを抜けた先にあった。
茂みの先の小さな用水路、そして突然現れる薄暗い開けた空間、そしてその少し奥にある地面に掘られた深い水たまり。形容するなら、口を開けた大きめのいびつな形をしたマンホールに、並々と水が溜まっているような感じだろうか。
その後ろには、崩れかけた納屋が立っていた。
水生昆虫もよくいたし、その場所に行くと沢山のトンボが飛んでいた。不気味だったが涼しくて、生き物好きな私にとってはたくさんの昆虫が捕れる魅力的な場所だった。
私とAは釣り糸を下ろした。しばらく糸を下げていると、Aの方に当たりが来た。釣れたのは鮒だった。
しばらくすると私にも鮒のあたりが来た。そうして2時間立つ頃には、持ってきたバケツが鮒でいっぱいになった。
6時頃、当たりがぱったり途絶え、水たまりの周囲の薄暗さが一層ます。夏とはいえ、その場所は木々が生い茂り、昼間でも影になっているのだ。夕方になると、例え他の場所が明るくても、そこだけは、もやがかかったように暗くなる。
もう帰ろうかと二人で話し、片付けを始めた頃だった。
『ねぇ…それちょうだい』
細い、鈴を転がすような女の声がした。
私とAは声のする方を見た。
水たまりを越えた先、崩れた納屋がある場所から白い手が伸びていた。
もう一度同じ声が聞こえた。
私とAは叫び声を上げ、鮒のバケツを置き去りにしてその場から逃げた。
来た道をかけ戻って広場に出ると、友人たちが心配して私達を探していた。
あの場所から広場まで10分とかからないというのに、時間は8時にすぎになろうとしていた。
あの後バケツを取りに戻ったが、バケツは見つからなかった。
Aも、私もあの場所には二度と近づかないようにしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます