第32話 空飛ぶトラブルメーカー。俺はドジっ娘なんかに興味はないぞ。(その1)

 冬でも、うららかな晴れた日だった。

こんな日は子供は外で遊び回り、大人も外に出て何か作業をしたくなる日和ひよりだ。老人だって、日当ひなたぼっこをしたくなるに違いない。


俺もこの陽気に誘われて、自宅の黒川邸(世間では魔王城と呼ばれているが)から出てきた。

ここは丘を下って、少し離れたところにある草原。

時々、牛馬が放たれては草をんでいるところだ。


 ここまで出てきた理由、それはTFから、ドローン操縦の練習をしておくようにと言われたからだ。

どうもTFは、ドラゴン退治にドローンを活用しようと考えているらしい。

実は親父の趣味の一つがドローンだったので、黒川家にはかなり本格的なやつがある。

それを確認したTFは、もっと簡易な小型ドローンを送ってきた。

本番まで、これで操縦に習熟しておけ、というメッセージ付きだ。

TF、こう見えても俺はこんなのは大得意なんだぞ。

特に練習台なんか送らなくても、大丈夫なのに。

今日はこんなに天気がいいし、ここら辺にはモンスターはほとんどいない。

もし墜ちるとしたら、鳥との衝突バード・ストライクくらいだけど、眼がいい鳥が、そんなヘマをするとは思えない。

まあ万が一の事を考えて、というのはわかるけど。


俺はもう、何も考えなくてもドローンを安定して飛ばせるようになっていた。

せっかくだから、TFにカメラでも送ってもらうか。

こちらの世界の人間に見せたら、目を回すぞ。



 「ぎゃん!」

なんだ、今の声は? 俺は周りを見回した。誰もいない。

目の前にドローンが落ちてきた。もしかして上?

上空を見上げると、いた! なんだ、あれは?

ホーキに乗った魔女? みたいなのが、フラフラと墜落していく。

しまった、人身事故か? 

俺は頭が真っ白になった。


まずは負傷者の救護だ。そして次に警察への連絡。

二次事故の防止もしないといけない。

現場検証とかあるんだろうな。罰金はどれくらいだ?


失礼、取り乱した。

おっと、いかん。魔女の方は大丈夫か?

俺は落ちているドローンを拾い上げると、後を追いかけて走り始めた。


 魔女は、フラフラと高度を下げると、草原の上に不時着した。

「ぎゃん!」

女の子は、地面に投げ出されたようだ。大丈夫か?

「あいたたた ·········· 」

女の子は無事、立ち上がった。良かった。

俺は女の子と目が合った。

「そこの人、今何かとぶつかったんだが、見てなかったか?」

「いや、知らないな。小型のモンスターでも、いたんじゃないか。」

俺は、ドローンを背中に隠した。

「なにかブンブンいってる、変な形をしたやつだったんだが。このあたりにはモンスターはほとんどいないって聞いてたのに。今日は厄日だ。」


改めて見ると、まだ高校生くらいの、若い小柄な女の子だ。

黒いローブに、これも黒い、ツバの広い帽子。大きなリュックみたいな物を、背負っている。

いかにも魔女、という感じの服だ。

「もしかしておまえ、魔法使いか?」

「ほう、よくわかったな。そうか、この服のせいか。このような田舎の人間にはわかるまいが、これは王都ミヤコの、王立魔法学院の制服だ。こう見えても私は魔法使いのエリートコースを歩んでいたんだぞ。」

歩んでいた? 過去形? という事は、こいつは学院を中退でもしたのか?


女の子は、自分の服をパンパンとはたくと、落ちているホーキを拾うためか、そちらの方に歩いていった。

女の子がホーキを拾い上げたと思ったが、良く見るとホーキではなく、魔法使いがよく持っている魔法の杖マジック・ワンドだ。

? さっきはホーキに見えたんだが。これにまたがって飛んでたのか?

と思ったら、杖の下側がホーキになっている。

「その棒、杖かと思ったら、ホーキだったんだな。」

「いや、魔法の杖マジック・ワンドだぞ。古来、魔法使いはホーキに乗って空を飛ぶと、なぜかそうなっているが、杖とホーキ、両方持ってるのは邪魔じゃないか。だから、今の時代はこれだ。」

女の子は、ホーキの部分をくるくる回すと、取り外した。

そうなんだ。杖にホーキ・アタッチメントを取り付けて空を飛ぶんだ。

今の時代、便利なものがあるんだな。



 「あっ、そうだった。すまん、私はフツーノ村を捜しているんだが、どこにあるのか、知らないか?」

「それなら知ってるな。」

「なに ·········· 、良かった。王都を飛び出して苦節10日。ついに、やっと、フツーノ村にたどり着いた!」


おい、そこの魔女。感動で盛り上がっているところを申し訳ないが、ここから王都まで歩いて7日と聞いているぞ。

空を飛んで、どうして10日もかかるんだ?


「おい、そこの人。フツーノ村にはリュージという、強大な魔王がいると聞いたんだが、本当か?」

「まあ、本当のような、そうでないような ········ 」

「はっきりしない奴だな、おまえ。では、村に魔王はいるんだな?」

「まあ、······· 大体はいるかな。」

「そうか、わかった。ではすまんがそこの人、私を村に案内してくれないか? 魔王に会いたいんだ。」

「いや、会いたいと言われても ········ 、どうして会いたいんだ? 」

「さっきも言ったが、この服は王立魔法学院のものだ。私はこう見えても学院で1、2を争う、強大な魔力を持つエリートだったんだ。ところが、その私を先生、仲間たちまでがポンコツ、疫病神だ、などと言いおって! 不当な扱いに怒った私は、学院を去って、冒険者になる道を選んだのだ。なのに、パーティーのみんなまで私を使えない、ダメ魔女などと言いおって! 私は復讐を誓ったのだ。魔王に認めてもらって、魔王軍幹部にしてもらい、裏切った奴等に爆裂弾ファイアー・ボムを喰らわしてやる!」


こいつ、ヤバい奴なんじゃないか?

出来れば関わりたくない相手だ。


「今、魔王はフツーノ村にはいないと聞いたぞ。いつ帰ってくるか、わからないって言ってたな。魔王リュージじゃなくて、別な奴を目指した方が良くないか?」

「いや、今王都で噂が持ちきりなのは、魔王リュージだけだ。召喚された、という噂だけで、全く姿を現さない本家魔王よりも、間違いなく存在している魔王リュージの方が確実だ。」

「 ············。」


確かに、本家魔王の消息は何も聞かないな。


「それに、こっちの方が重大なんだが、本家魔王がいるというワグネル大迷宮は遠い。到着まで何年かかるか、わからんではないか。」

「 ············。」


こいつ、もしかして極度の方向音痴か?

よくそれで、空を飛ぼうという気になったな。


「そこの人、魔王がいなくてもかまわんから、私をフツーノ村に連れて行ってくれないか?」

仕方がない。嘘を言う訳にもいかないし。

「フツーノ村は、あっちの方向だ。真っ直ぐ歩いていけば、すぐにわかるぞ。」

「わかった、ありがとう。でも、申し訳ないんだが、私と一緒に村に行ってくれないか。みんなから、いろいろ教えてもらうんだが、なぜかたどり着けないんだ。不思議だ。」


こいつ、手間がかかる ········ 。


「わかった。それでは村の入り口までだぞ。そこから後は、自分で何とかしろよ。」

「ありがとう。助かる。」


俺は女の子を引き連れて、村の方に向かった。

「あれが魔王リュージが一晩で作ったという、噂の城なのか?」

「そのとうりだな。まあ、ユンボがあったからなんだが。」

「ユンボ? ········· ああそうか。魔王の眷族竜に、そんなのがいるんだったな。そいつはどんな奴だった? 見た事あるか?」

「見た事 ········· まあ、見た事はあるな。そんなに大きくはないぞ。土を掘るのは得意だから、こんな仕事には向いてるな。」

「そうか。どんな魔王なんだろうな、リュージとは。王都のみんなの話では、極悪非道の恐ろしげな、一目で魔王とわかる格好をしていたと言っていたな。所持している魔剣の威力も、すさまじかったらしい。きっと私にふさわしい、強大無比な魔王なのであろうな。」

「 ············ 。」


予想はしていたが、やはりこういう伝わり方をしていたか。

村の入り口まで連れて行ったら、こいつとはすぐに別れよう。

頭目あたりに頼んで、そのまま門前払いだ。



 俺たち2人は、城の外門から中に入った。

すると、そこには勇者ヨシヒロがいた。一人で剣を振っている。

毎日欠かさない日課、剣の修練だ。

こいつ、剣に対してだけはストイックだからな。


と、何を思ったのか、女の子が走り出した。ヨシヒロのところに走り寄る。

何をするのかと思っていたら、ヨシヒロに向かって土下座した。

おい、待て。もしかして ············


「魔王リュージ様、私はトロイツカヤ・マクベーストと申します。訳あって王都から参りました。ぜひ、魔王様の配下に加えていただけないでしょうか。これでも私はアーク・ウイザード。特に爆発系の魔法を得意としております。きっと魔王様の役にたてると自負しております。どうか、よろしくお願いいたします。」


こいつ、早とちりするタイプか。

でもまあ、今日、ヨシヒロはヨロイ、カブトを着込んでいるから、そう見えない事はない。

ここは勘違いをただすべきだろうか。

でも、ここで俺が名乗り出たとして、信じてもらえるか?

この世界には、身分証明書とかないしな。

いや、もしあったら俺の身分は魔王なんかじゃなくて、庶民になるな。

それなら大歓迎なんだが。


ヨシヒロは、女の子に反応しない。

こいつは剣の修練中は集中しているからな。

終わるまでは反応がないぞ。


「魔王様、私など眼中にはないんですね。わかりました。それなら、私は実力をもって自分の価値を示しましょう。」


女の子は、魔法の杖マジック・ワンドを掲げると、呪文の詠唱を始めた。

おいおい、いったい何をするつもりだ?

もしかして、魔法で攻撃するつもりか?


爆裂弾ファイアー・ボムマイナス2 !」


杖の先から、炎の弾丸が飛び出した。ヨシヒロに直撃する!

ヨシヒロは、すっとこちらを向いたかと思うと、剣を振るった。

「ふんっ!」

炎の弾丸は、ヨシヒロの剣で真っ二つに分断されて、後ろに着弾した。


「魔王様、すばらしい。私の爆裂弾ファイアー・ボムを斬るとは。さてはその剣、相当すごい魔剣とお見受けしました。その強大な魔力、間違えようがない。それがチェンソーとかいう、秘蔵の魔剣なんですね。」


俺は後ろでズッこけた。

言われてみると、確かにヨシヒロが持ってるのは魔剣だ。

ゲルト、とか言ってたかな?

一振りで1000人をなぎ倒す、とか聞いてたんだが、そんなシーン、見た事がない。

事実なら、すごい戦力なんだが。

そのあたりの事情、今度聞いておこう。


 ヨシヒロの後方で、2つの爆発が起こった。

爆風にあおられて、ヨシヒロの髪が揺れる。

俺は、腕で顔を覆って爆風を避けた。

ん? 爆発が少し遅いんだが、なんでだ?

それにしても、かなりの爆発だ。本物の魔法使い、すごいじゃないか。


「おい、魔法少女。かなりの爆発だったけど、あれがおまえの魔法の威力か? すごいな。」

「馬鹿をいうな。-2と言ったであろうが。相当加減したぞ。私の最大は+5だ。まあ、そんなのを使ったら、このあたりの物は全て吹っ飛んで、影も形もなくなってしまうから、使う機会がないんだが。」

それはすごい。

この威力なら、ドラゴンに対してもかなり有効なはずだ。


 ヨシヒロがこちらを向いて言った。

「そこの女、何者だ。なぜ俺を攻撃した?」

魔法少女は、再び土下座しなおした。

「魔王様、失礼しました。試すような事をして、申し訳ありません。でも、わかりました。あなたの実力は、噂どうりのようです。どうか私を配下に加えてください。きっとお役に立ちます。」

「そんな事を言われても、答えようがないな。どうする? リュージ。」


なにか気付いたのか、魔法少女は顔を上げた。

そしてヨシヒロの視線を追って、俺と目が合った。

「 ············ 。」

「 ············ 。」

「ぎゃん!」


魔法少女は跳ね起きると、俺の方に向かって土下座した。

「魔王リュージ様、知らぬ事とは申せ、失礼をば、いたしました。」

「いいよ、別に何とも思ってないから、頭を上げてくれ。」

「はい、ありがとうございます。」

魔法少女は、立ち上がると、服をパンパンとはたいた。

「魔王様、ではこちらの魔剣を預けている戦士は誰なのですか?」

「高橋義弘だ。この世界では、勇者ヨシヒロで名が通ってるな。」

「勇者ヨシヒロ! 剣の達人じゃないですか。魔王リュージの配下になっている、という噂は本当だったんですね。」


いや、配下といっていいのか? どちらかというと、居候の方が近いんだが。


「で、リュージ、どうする? この女を仲間に迎えるのか?」

「いや ············ 。」


俺は言葉を濁した。

この少女、どうもダメなポンコツ臭が、俺のレーダーに引っ掛かる。

こいつ、トラブルメーカーなんじゃないか?

俺のレーダーは、どこぞの天才少女に鍛えられてるから、正確だぞ、たぶん。


 空気を察したのか、魔法少女は再び土下座した。

「魔王リュージ様、どうか私も配下にお加えください。私は魔法使いの上位職、アーク・ウイザードと認められている強力な魔法使いです。この実力は、きっと魔王様のお役に立てます。よろしくお願いします。」

「まあ、近いうちにドラゴン退治を始める予定だから、強力な魔法使いは歓迎といえば、そのとうりなんだが ········ 」

「私の魔法は強力ですよ。爆裂弾ファイアー・ボム+5をドラゴンの巣でも、王都の魔法学院でも、冒険者ギルドでも、魔王様のお好きなところに撃ち込んでさしあげます。」


おいおい、後ろ2つは余計だ。

そんなところに撃ち込んだら、怒りの国王や冒険者たちが、すぐに押し寄せてくるぞ!

やっぱりこいつは、やめておいた方が ············ 。


「そうだ、魔王様。論より証拠です。私の爆裂弾ファイアー・ボムの威力を、ぜひ直接見ていただきたい。私の言葉が嘘でない事が、すぐにわかっていただけると思います。」


いや、威力を疑っている訳じゃない。

問題は、別のところなんだが。














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