第28話 異世界に勇者は必要です。俺の天敵か?(その2)

 勇者ヨシヒロの魔剣は降ってこなかった。

俺の頭の上で剣が止まっている。

どうしたんだ?


「魔王、おまえのそのカブトはなんだ? どうしてそんなものをかぶっている?」

「えっ、これか? どうしても何も、これは自分の家に飾ってあるものなんだが。」

「おまえの家に置いてある? もしかしておまえ、日本人か?」

「そうだが。俺は日本から家ごと転生してここにいる。」

「カブトがあるという事は、ヨロイもあるのか?」

「あるな。普段は一緒に飾ってある。」

「もしかして日本刀もか?」

「倉庫にはあるぞ。」


勇者ヨシヒロは、魔剣ゲルトを放り出すと、俺の肩をゆすった。

「魔王、頼む。その日本刀を俺に譲ってくれ。やはり、どうしてもこの世界の剣にはなじめないんだ。代わりに、この剣を譲ってやるから、どうだ?」


「何を言ってるんです、ヨシヒロ! それは絶対にダメです。魔剣ゲルトが、魔王の手に渡ったら、どうなると思うのですか。それこそ王国破滅のピンチになりますよ。」

「う、う、う ········ でも欲しい。どうしても欲しい。魔王、どうか日本刀を俺の予約品という事にできないか? 何でもするから。」


俺はユサユサと揺さぶられながら考えた。

別に日本刀が無くても、困る事はないよな。

······· いや、将来的には困るか。

それとこいつ、戦闘力は高そうだ。魔剣も持ってるし。


「わかった、勇者ヨシヒロ。これから俺はダンジョン攻略を行う予定がある。それに協力してくれるなら、報酬として渡してやってもいいぞ。」

「ありがたい。奇跡だ。この世界で日本人の魂、日本刀と出会えるなんて。」

「ただし、日本刀はおまえにやる訳ではない。」

「なに、どういう意味だ?」

「おれは日本に帰るつもりだ。転生した家ごとな。そして帰った先で、日本刀がなくなっていたらどうなる? 俺は銃刀法違反で、事情聴取される破目になる。だから、俺が日本に帰れる目処が立ったら、刀を返してくれ。それまでは自由に使ってくれてかまわない。」

「そういう意味か。で、今のところ目処がつきそうなのか?」

「現時点では皆目だ。手掛かりも何もない。」

「わかった。では、魔王が帰還する時には返してやる。」

「ヨシヒロ、そのとき一緒に帰ってもいいんだが、帰らないのか?」

「俺は別にどちらでもかまわんな。独身だし。でも、こちらの世界の方が強敵ともは多そうだ。日本ではテレビに出て、有名にもなったが、そんな奴とは出会わなかったしな。」



 俺は閃いた。もしかして、こいつは ········ 。

「ヨシヒロ、もしかしておまえの本名は、高橋義弘なのか?」

「そうだが。俺もまだ、忘れられてはいないようだな。」


こいつは令和のラスト・サムライと呼ばれた剣の達人だ。

一時、テレビに出ていた有名人だ。

不可能と思われる物を次々と居合いで斬って、皆のド肝を抜いた奴だ。

最近見ないと思っていたが、ここにいたのか。

転生の先輩だな。


「おまえも魔王と呼ばれているようだが、本名は何だ?」

「黒川隆司。普通の大学生だ。なんで転生したのか、俺にもわからない。」

「そうか? すごい魔王の格好をしてるじゃないか。特殊な能力とか、あるんじゃないのか?」

「ない。周りの連中が、勝手に俺を魔王に祭り上げてるだけだ。俺は、自分で魔王と名乗ったことなど、一度も ·········· あるな。」

「あるんじゃないか。ここはもう諦めて、魔王になっとけ。」


こいつ、他人事ひとごとだと思って。

俺が魔王業でどれだけ苦労しているのか、知らないな。

いや、知るはずがないか。



 「ヨシヒロ、どうしたのです? 魔王を斬ったと思ったのに、突然止まって。はっ、もしかしてこれは魔王の魔力?」

連れの魔法使いは、一歩後ろに下がった。


「ラディッツ、俺は魔王に協力して、ダンジョン攻略をする事にしたぞ。」

「ちょっとヨシヒロ、何を言っているのです。勇者が魔王の配下になるつもりですか?」

「そういう事になるな。魔王リュージ、ダンジョンには強い敵がいるか?」

「たくさんいるな。保証する。特にドラゴンは強いぞ。」

「よし、決まりだな。俺は魔王と共に戦うぞ。」


魔法使いが、頭を抱えてしゃがみ込んだようだ。

「マジですか? 勇者が魔王の仲間になるなんて。国王陛下になんと報告すればよいのでしょうか ············ 。」



 中からティグが、チェンソーを持って走ってきた。

こいつも逃げ去った訳ではなかったんだな。

「リュージ、魔剣チェンソーを持って来たぞ。これで形勢逆転だ。勇者ヨシヒロなど、ぶった斬ってしまえ! って、リュージ、どうしたんだ? 二人仲良く並んで。」

「ティグ、ヨシヒロは俺のダンジョン攻略に協力してくれるそうだ。」

「なに? いったいどうしたんだ。勇者が魔王に協力するなんて。深淵魔法による精神攻撃か? それとも待遇改善を求めて、ストライキでも始めたか?」

「いや、ヨシヒロが自主的に協力してくれるそうだ。」

「リュージ、改めておまえはすごいな。これが魔王のカリスマか。」

いや、日本刀に目がくらんだだけです。



 ヨシヒロが、俺の方に向かって言った。

「リュージ、おまえの剣はチェンソーなのか? ジェイソンみたいだな。」

「俺もそう思う。ただ単に、これが一番派手、というだけなんだがな。」

「これを持ってダンジョンに向かう予定なのか?」

「いや、そんな事は決めてないが。」

「持っていけばいいじゃないか。障害物を払うのに役立つぞ。それに植物型のモンスターだっているかもしれんぞ。」

「そうだな。役に立つかもしれんな。」


俺は嬉しくなった。やっと俺の事を、正しく理解してくれる人間が現れた。

ヨシヒロなら、俺を魔王とは呼ばないだろう。


「ところでリュージ、おまえ、ここで大魔王リュージ展というのをやってるみたいだな。そんなに魔王になりたいのか? 憧れなのか? そんなにすごい衣装まで準備して。」

「いや、どちらかというと否定したいんだが。」

「なんだ、そうか。それなら俺も協力してやろう。魔王リュージのために一肌脱ぐぞ。勇者ヨシヒロは、魔王リュージに屈して、配下に収まったと宣伝していいぞ。これでリュージは強大な魔王だと噂になる。感謝しろよ。」

「 ············ 。」


なんだ、こいつは。人の話を聞かない奴か。

そんな事をしたら、本家魔王よりも先に、俺のところに討伐軍が来るぞ。

でも、情報を集めるには無名よりも、名が通っていた方が有利とはいえるな。

ここは難しいところだ。



 「ヨシヒロ、決心は変わりませんか? 魔王の配下になるなど、国王陛下に報告できません。」

「くどい、もう決めた事だ。」

「それなら一度王都に戻って、一緒に陛下に言上しましょう。そうしないと、私が責任を問われて追放されかねません。」

「別にかまわんではないか。何の問題があるんだ?」

「これでも私は、魔法使いとして、宮廷魔術師を目指している身です。こんな事で夢を諦める訳には ··········。 」

「いいではないか。なぜジモト王国の宮廷に拘る。魔王リュージの元で、最高魔導師を目指してもいいんじゃないか。」

「いや、悪の魔導師になる訳には ·········· 」

「魔王リュージが悪だと、なぜ決めつける? リュージは世界征服など、考えておらん。俺が保証する。あいつは元の世界に戻りたいだけだ。それとラディッツ、魔王城には間違いなく面白い物が沢山あるぞ。今、気づいたんだが、あそこに見えてるのは、ダンプとユンボだ。どちらもこの世界には絶対存在しない物だ。」

「そうかもしれませんが ·········· 少し考えさせてください。」

「わかった。それでは俺は魔王リュージの元にいるからな。いつでも訪ねて来い。」



 次の日から、魔王リュージ展に勇者ヨシヒロが加わった。

作務衣の上にヨロイ、カブトを着込み、腰に模造刀を差している。

似合うじゃないか。イメージどうりだ。

背中に魔剣ゲルトを背負っていて、そこだけ違和感があるが、これは仕方がない。


 一方、俺の方は、カブトの代わり、という事でバイク用のヘルメットをかぶせられた。

デザインがシンプル過ぎて面白くない、というティグの意見で、何本もつのが付けられた。

なんだ、これは。完全に極悪コスプレライダーじゃないか。

いっそ、馬に乗って、ラオウでも目指すか?


「魔王だ!」

「なんと極悪な衣装だ。」

「後ろに従う、恐ろしげな剣士は誰だ?」

「パンフというものには、勇者ヨシヒロと書いてあるぞ。」

「勇者を従えるとは、リュージはとんでもない魔王だ。」


俺は思った。

俺なんかよりも、ヨシヒロが魔王と名乗った方がいいんじゃないか。

威厳があるし。いや、どちらかというと、大魔神の方が近いか。

でも本人が拒否するんだろうな。

魔王勇者ヨシヒロ。

以外とゴロ合わせもいいんだけどな。戦隊物みたいだ。

しかも強敵ともが勝手にやって来てくれるぞ。

よし、ダメ元で今度きいてみよう。



 




 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る