第6話 村は大変。俺は土方仕事の作業員。(その3)

 中に入ると、村の主戦力と思われる若者たちが駆け寄ってきた。

「教官、どうするんです?」

「教官、戦いましょう!」

「まあ、待て。おそらく大丈夫だ。」

「教官、本当ですか?」

ティグがこちらをチラリと見た気がする。

待て、待て。俺が造る城をアテにしてないだろうな?


 ティグは若者たちを引き連れて、村長とおぼしき老人の前に立った。

「村長殿、これからどうしようと考えていらっしゃいますか?」

「おお、ティグか。おまえの率直な意見をききたい。もし戦ったら、勝てると思うか?」

「普通に戦ったら、まず無理でしょう。私自身は自信があります。頭目ムスゴリテであっても、遅れは取りません。ですが、それ以外の劣勢はくつがえしようがありません。」

「ならば、他の村に応援を頼めないじゃろうか。フツーノ村の次は、チカクノ村あたりが狙われると思うのじゃが。」

「残念ながら無理です。今すぐに使者を出せば、人間だけは送ってくるかもしれない。でもそれでは武器はバラバラ、食料はなし、何よりも指揮系統がなく、命令しても動けません。逆に足を引っぱる事になるでしょう。」

「そうか、やはり我々だけで対処するしかないのか。」

「敵頭目、ムスゴリテは決して無能な男ではありません。村同士が手を組めないように、明日までに即返答しろと求めているのです。」


「そうか、ではやはりここを棄てるしかないか ······ 」

「ですが、ここに私の切り札があります。」

「なんと ······!」

みんなの衆目が集まった。

「みんなに紹介する。こちらの方が、我がフツーノ村を助けるために来ていただいた魔王、リュージ殿だ!」


 「魔王!」

そこにいた全員がざわついた。

「本当に魔王なのか?」

「いや、あれは人間族だ。魔王には見えんが。」


 やっぱし ········ 俺は頭を抱えた。

俺はティグを引っ張った。

「いや、俺は魔王なんかじゃない。何度言ったら ········ 」

「何を言う、村を助けてくれると言ったではないか!」

「俺は土木工事を手伝うと言っただけだ!」

「それは城を造ってくれるという事だろう。それで十分だ。後は私が指揮をとれば、トナーリ村の奴らなど ········ 」

「悪いが、そんな事は出来ない。」

「なんと、村を助けてはくれぬと言うのか?」

「いや、城を造る方法なんか知らないと言っているんだ。」

「つまり、城を造る深淵魔法は存在しない、という事なのか?」

「そうだ。」


 天才美少女騎士が墜落していくのが見えた。

「そうだ、いきなり新造の城をもらっても、構造がわからないし、武器もない。何よりも食料がない。立て籠るのは無理だ ········ 」

ほう、これが酸っぱい葡萄というやつか。

勉強になる。


 「ティグ、ティグ。どうした? 目が虚ろだが?」

村長の声に、ティグが答えた。涙目か?

「いえ、何でもありましぇん。気にしないでくだしゃい。」

? 村長が首をひねったようだ。


「魔王リュージとやら、貴君はティグが言うとうり、本当に魔王なのか?」

「いえ、俺は魔王ではありません。関係者ではありますが。」

「魔王関係者?」

その場にいた全員が、再びざわついた。

俺はこの一言が失言だったことを悟った。

しまった、何と説明する?

魔王の息子などと言ったら、また魔王にされてしまうぞ!


 村長が怪訝そうな顔をしながら言った。

「よくわからんが、リュージ殿、ティグの言うとうり、どうかこの村を助けてくれないだろうか?」

「申し訳ありませんが、私にそのような力はありません。ティグの言うとうり、村を助けるために来たのですが、まさかこうなっているとは思わず、手の打ち様がありません。」

「そうか、残念だ。ではやはり村を棄てるしかないか ········ 」


 それに抗議する声が沸き起こった。

「村長、俺たちは戦うぞ。トナーリ村の奴らがなんだ。力だけの能無しじゃないか!」

確かに能無しかもしれんが、何も考えずに戦ったら、こちらも能無しだぞ。

「徹底的に戦って、奴らに正義の鉄槌を下すぞ!」

問題はどうやって鉄槌を下すか、だろうが。

戦えばどうにかなると思ってるのか?

「そうだ、力いっぱい戦うぞ。例え負けるとしても、ここ、フツーノ村には勇敢な者たちがいたという、伝説をつくろうじゃないか!」

この自己中が! 

残される者の事を何も考えていない。

伝説でどうやって食っていくつもりなんだ!


 若者たちに引っぱられて、ティグが出てきた。

「教官、何か言ってください。トナーリ村の奴らに一泡吹かせてやりましょう。」

ティグが立ち上がった。

「村長、やはりここは一度戦わないと、引っ込みがつきません。勝機が全くゼロという訳ではない。私が敵の頭目を倒せば良いのです。」

 さすがは天才美少女騎士様、立ち直りが早い。

いや、違うな。ヤケクソか?


 回りからは賛同の声が上がった。

「ここで我々が引いたら、ますますトナーリ村の奴らが付け上がって、他の村まで強請ゆするのが目に見える。ここは絶対に引くな!」

それは確かにそうなのだが ········ 。

「そうだ、俺たちは死ぬのは怖くない。力の限り戦って、フツーノ村の名を天下に知らしめようではないか!」

こいつは馬鹿か!

こんな奴が、俺の一番嫌いなタイプだ。

威勢はいいが、いざ本番になったら、こいつが真っ先に逃げ出すだろうな。


 それに対する村長の声は弱々しい。

「 ······ じゃが、若い者が死ねば、村の将来が ······· 」

「村長、今はそんな事を言っている場合ではない。もういい、村長の賛同が得られなくても、俺たちだけで戦うぞ。よしみんな、教官の元に集まれ。明日トナーリ村の奴らと決戦だ!」


 そこまで聞いて、俺はブチ切れた。

死ぬのが怖くないだと?

こいつら、人の命を何だと思ってる!

集団自殺して、ヒーロー気取りか!


 俺は一歩前に出た。

「おい、ティグ。おまえ本当に明日戦うつもりか?」

「ああ、さっき言ったとうり、ここは一度戦わないと引っ込みがつかない。勝敗は時の運、もしここで敗れるならば、私もここまでの男。いや違った、女だ。この後出世して城主になるなど、及びもつかん。だから私はこの戦いに全てを懸ける。」

「おまえは、勝つのは無理だと自分で言ったじゃないか。それでも全てを懸けるというのか!」

「ああ、騎士の誇りだ。」

「馬鹿野郎!ティグ。軍の司令官の第一の任務は何だと思ってる?」

「もちろん戦争に勝つことだろう。」

「いや、違う。司令官の第一の任務は、預かった兵の命を最大限救う、できるだけ一人も殺さずに故郷に帰す、という事だ。」

「何を言ってる。戦争に勝てば、必然的に味方の兵は生き残るじゃないか。」

「そうか、おまえは勝つことしか考えていないんだな。だが、常勝将軍であれば、なおさら最後には必ず負ける。なぜなら、こいつは常勝を過信して、負ける算段をしないからだ。」


おれの頭には、項羽と劉邦が浮かんでいた。


「おまえの考えでは、司令官の剛勇で敵を倒せば無敵だと思っているだろう。だが、戦場では予想外の事態というのが必ず起こる。そんなときに、司令官の突撃しか能が無いのでは、これほど楽な相手はいない。」

「 ········ 。」

「おまえの言うとうり、勝敗は時の運、当然負ける事もあるはずだ。最前線で一人突撃していく司令官は、確かに戦意を鼓舞する。でも、こいつへの信頼は勝ってるときだけだ。一度信頼を失えば、もう取り戻せない。」

「 ········ 。」

「兵士にとって本当に信頼できる司令官は、負けたときに兵士と共にあって、的確な指示を出せる司令官だ。」

「では、どうしろと言うのだ。ここは戦わずに、逃げろとでもいうのか?」

「いや、ここで引けばフツーノ村は終わる。いいか、よく聞け、ティグ。俺は怒ってるんだ。俺が魔王リュージの名にかけて、村を救ってやる!」

「おおーっ!」

どよめきが起こった。

「だからティグ、順番を間違えるなよ。最優先はフツーノ村の将来を守る事だ。なにがなんでもこの戦いに勝つ事じゃない。戦況が悪くなったら、構わない、極力損失を避けて撤退するんだ。」

「だが、それではリュージが言ったとうり、村が終わってしまう ········」

「村が終わっても、みんなが残る。大丈夫、取られたものは、取り返せば良いだけだ。確かに敵は強大、頭目も強そうだ。でも、敵は頭目さえ倒せば霧散する。何せ略奪が目的だからな。でも、こちらは敗けても敗けても、何回でも復活する。最終的にどちらが勝つか、一目瞭然だ。」


 ティグがさえぎるように、手を上げた。

「だがリュージ、ここぞというときには、犠牲を厭わずに突撃すべきではないのか? 勝利の絶好の機会を失う可能性があるぞ。」

「確かにそのとうりだ。ときには犠牲を甘受する必要もあるだろう。でも犠牲を出せば勝利を得られるかもしれない、というレベルで突撃させるのは、無謀で無能な司令官だ。間違いなく勝てる、というレベルまできて、初めて戦争を始めるのが有能な司令官だ。」

「 ········。」

「でもまあ、今回は我々は最初から戦略的に敗けている。これを逆転させるには手品が必要だ。そして今回、我々が敵より有利な点が3つある。」

「ほう、それは何でしょう?」


 村長か、と思ったら違った。

村長の隣に、若い男が立っている。

異様な風貌。

身体中アザだらけ、メガネが片方割れている。

服もところどころ破れている。

こいつは誰だ?


 空気を察したのか、男が言った。

「これは失礼した。私は村長の息子、ディクベル・フツーノ。順当に行けば、次期村長になる男です。それでは魔王リュージ殿、続けてください。」


俺はこの男が気になったが、続ける事にした。

「ああ、わかった。では一つ目だ。まずは我々フツーノ村の人間が、団結しているということだ。兵士から女、年寄りに至るまで、戦意はこちらの方が圧倒的に高い。これに対して、トナーリ村の目的は略奪だ。団体心は皆無、頭目さえ倒せば四分五裂になるだろう。」

「なるほど、では次は?」

「二つ目はトナーリ村の奴ら、頭目から下っ端まで、我々を舐めきっているという事だ。攻めると言うだけで、フツーノ村の弱虫共はひれ伏して降参する、おそらくそう思っているだろう。この態度は必ず油断を生む。付け入る隙が、どこかで生まれるはずだ。」

「確かに。では最後は?」

「それはもちろんこの俺、魔王リュージの存在を知らないという事だ。」

「おおーっ!」

もう一度どよめきが起こった。


「なるほど、確かにそのとうりですね。ではリングリソート教官殿、魔王リュージの意見をどう考えますか?」

「まだ具体案な意見を聞いていないので、即答はしかねるが、リュージを信じても良いのではないかと思っている。というよりも、他に名案はなさそうだ。」

「では、守備隊長、ディノン殿のお考えは?」

薬君は、相変わらず律儀そうに答えた。

「私も教官殿と同意見です。それと、この後実戦に挑むのであれば、リングリソート教官を司令官に推挙します。フツーノ村で実戦経験があるのは、教官だけです。是非教官に指揮をとっていただきたい。」

「父上、いや村長、守備隊からこのような意見が上がってますが、どうしましょうか?」

「 ····· ディクベル、わしはもう老いた。このような非常時には、全くの役立たずじゃ。今日からおまえが村長代理として村をまとめてくれ。」

「いいのですか? 私のような未経験の若輩者が代理などを務めても。」

「今は非常時じゃ。正式な手続きを踏む時間がない。わしの職権で命じる。ディクベル、村長代理として村をまとめよ。」

「わかりました。全力を尽くします。」


 村長代理は一歩前に出ると、みんなに向かって話しかけた。

「村長の意向により、これから私が村長代理として村をまとめます。どうかよろしくお願いします。」

ズタボロ村長代理は、深々と頭を下げた。


 ここで思い出した。

そういえば、ティグの第一の仕事はこいつを鍛えることだったな。

いったい、どんな鍛え方をしてんだ?

とんでもないスパルタだ。

もしティグが、剣の稽古をつけてくれると言っても、絶対断ろう。

殺される!

いや、ちょっと待て。

これで俺が殺されたら、ティグは魔王殺しの英雄となるのか?

くわばら、くわばら。

これは絶対黙っとこう。


 「それでは我がフツーノ村は、魔王リュージ殿の助力を得てトナーリ村と開戦、司令官はティグリム・リングリソート教官にお願いする、という事でよろしいですか?」


特に異論は出なかった。

若者たちは、開戦と決まって、逸っているようだ。

「そして戦争の準備を魔王リュージ殿にお願いしたい。受けてくれますか?」

「ああ、わかった。俺が全力を上げて勝つ算段を整える。」

「みなさん、異論はありませんね?」

異論はなさそうだった。

というよりも、沸き立っていて誰も聞いていない、と言った方が正確かもしれない。

もちろん、不安を持つ御婦人や老人もいたはずだ。

でも魔王が助けてくれる、という言葉は大きいようだ。

何だか俺の方が不安になってきた。

魔王リュージ様が、極大魔法を撃って敵を粉砕してくださる、とか思ってんじゃないだろうな?


 「では、直ちに戦争準備に取りかかりましょう。それでは魔王殿、みんなを存分に使ってください。」

俺はここに来て後悔していた。

責任重大だ。大丈夫か、俺。

えい、ままよ。やるだけやるしかない。 


「では、時間が惜しい。村の代表者集まってくれ。作戦を説明するので、どこか別室をお願いしたい。」

















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