第5話 村は大変。俺は土方仕事の作業員。(その2)

 俺はエッチラ、オッチラ自転車をこいで村の入り口を目指した。

あの天才美少女騎士ならば、きっとこう言うんだろうな。

「えらく地味な登場だな、魔王。魔王らしくワイバーン(飛竜)にでも乗って、村の中央に舞い降りればいいのに。」

いいか、俺は地味で平和な小市民なんだ。

勝手に魔王に祭りあげるんじゃない!


 俺は翻訳のネックレス以外は何も持たず、丸腰だ。

武器など持っても無意味な上に、怪しまれて逆に危ない。

面識があるのはティグと他に数人だけだから、会えなければ、つまみ出されるかもしれない。 

 でも、俺は全く心配していなかった。

もしそうなれば、ティグの方から血相を変えて捜しにくるに違いない。

何せこちらは奴の10年ローンを握ってるんだ。

きっと必死になるに違いない。

泣くかな?




 俺は村の門の脇に自転車を停めると、中を覗いた。

門は開けっ放しで誰もいない。

物見やぐらの方も無人らしく、何も反応がない。


「失礼します。魔王ヴァルダムの息子、黒川隆司です。誰もいらっしゃらないようなので、入らせていただきます。」

俺は心の中で手を合わせると、門の中に入った。


 村は無人という訳ではなく、女性や子供がいた。

だが、男の姿は見かけない。

それに何かみんな表情が沈んで、気もそぞろな感じに見える。

いったいどうしたんだ?

とにかく俺は村の少し小高い所にある、一番大きな建物を目指して歩いていった。

おそらくあそこが村長宅だ。




 村長宅の入口は開け放たれていた。

無用心だな、俺はそう思いながら中に入った。

「失礼しま ········ 」


中は大広間になっていた。

そして人間でごった返していた。

喧騒。

涙を流してすすり泣く女たち。

村長とおぼしき老人を囲んで、詰問している男たち。

剣を握り、天をきっとにらみつけている一団もいれば、狼狽して右往左往している人間もいる。

これはいったいどういう事だ?


 とにかくティグはどこだ? ここにいるのか?

部外者の俺がいても、誰もとがめないのをいい事に、中に入り込んで捜した。


 そして、いた!

剣を握る一団の脇にティグがいた。

その隣では、大男に一人で突撃した騎馬少女が泣き崩れている。

俺は人をかき分けて、ティグに近付いた。

「おいティグ、一体どうしたんだ?」

ティグは俺に気付くと、近付いてきた。

「リュージ、ちょっとこっちに来い。」

ティグは俺を引っぱって外に連れ出した。


「リュージ、すまない。おまえの歓迎会どころではなくなった。」

「一体どうしたんだ? 村の雰囲気が変だぞ。」

「トナーリ村の頭目、ムスゴリテが乗り込んで来て、金貨1000枚を払えと強請ゆすってきたんだ。」

「やっぱりあれは隣村の荒くれ者たちか。で、何で金貨を払えというんだ?」

「連中が言うには、うちの村の老人がこそ泥を働いて、捕まえたから、慰謝料を払え、と言うんだ。」

「それ、本当の話なのか?」

「まさか。走って逃げられない老人が、こそ泥なんかするはずがない。おそらくその辺で農作業をしていた者を捕まえて、そう言い張っているだけであろうな。」

「滅茶苦茶だ。」

「明日の昼までに用意しろ。さもなくば戦争だ、と言い放って帰っていったわ。」

「そうか、だから怒った騎馬少女が追いかけて突撃したんだな。」

「なんだ、見ていたのか。あいつは村長の娘で、オフィーリア・フツーノ。独立騎馬隊の隊長だ。乗馬と弓の腕は確かだが、才能と、特に美貌では私に遠く及ばん。」

はい、はい。ごちそう様でした。


「で、どうするんだ? 金貨1000枚支払うのか?」

「無理だな。村をひっくり返してもそんな金はない。どうしても、と言うなら、近隣の他の村から借り回るしかない。まあ、そんな事をしたら、フツーノ村は明日から奴隷生活だがな。」

「 ········ 。」

「さらには味をしめたトナーリ村の連中は、同じ手口を繰り返す可能性が高い。」

「 ········ じゃあ、どうする? 戦うのか?」

「見ただろう、リュージ。村長宅の中の様子を。みんな勝手に自分の意見を主張して、言い争っているだけだ。本当にどうしようもない。」

「ティグが中心になって、まとめた方がいいんじゃないのか? 元近衛騎士団だろ?」

「私は軍備強化のために雇われた身だから、基本的に部外者だ。でも、意見を求められたら答えるつもりだ。何せ私には、切り札があるからな。頼んだぞ、魔王リュージ。」


そうだった。

こいつの脳内では、俺が城を造ることになっているんだった。


「おい、ティグ。確かに城を作るには作るんだが、多分おまえのイメージとはかなり違うんじゃないかと思う。」

「城の中には、ちゃんと宮殿や庭園も造ってくれよ。村人全員が集まれる大広間も欲しいな。あと、見た目も重要だ。大理石の白い城壁にしてくれ。」

どんな巨城なんだ!

いかん、こいつの暴走を阻止せねば!


「村の女たちを召し使いとして、雇い入れないといかんな。執事は一般募集かな。イケメン限定だ。いや、そうもいかんか。これから小麦の収穫期だ。そちらを優先しない訳には ········ 。それにしてもトナーリ村の奴ら、なぜ今動いた? 収穫を終えて倉庫がいっぱいの時を狙うのが常識だろうに。小麦以外に、なにか欲しいものがあるのか?」


天才美少女騎士様は、アゴに手をあてて考えていたけど、やがて解答を導きだした。

「そうか、あいつらめ。フツーノ村を襲うとみせかけて、本当の狙いは私だな。そうか、私が欲しいのか。それならそうと、正直に言えば、考えてやらんことも ········ 」


おーいっ、誰かーっ!

馬鹿こいつにつける薬はないかーっ!!


 俺が遠い目をしていると、村長の屋敷の中から薬がやって来た。

「教官、こちらにいらっしゃいましたか。中に戻ってください。これからどうするんですか? 皆殺気立ってますよ。」

「はっ、そ、そうか。おい、リュージ。紹介する。こいつはフツーノ村の守備隊長、イルグーツ・ディノンだ。実質的には私の右腕だ。」

頭を下げたこの男を守備隊長と言っていたが、ティグの方が実質的な隊長のようだ。

礼儀正しく、頭の良さそうな男だ。

あの天才騎士様の下では、さぞかし苦労が多かろう。


「ディノン、おまえにも紹介しておく。この男は、魔おぐっ!」

 ティグにひじが入った。

「なにをするかっ!」

「いらん誤解を招くような紹介をするな!」

「誤解ではなかろうが!」

俺は薬、いや、隊長君に向き直った。

「初めまして。俺はティグの知り合いの黒川隆司。今日来たのは、ティグの招待があったからだ。」

「初めまして。ところでリュージさんは、教官とどういう関係なんですか? 古い友人かなんかですか?」

「いや、古くはないな。今朝知り合ったばかりだ。チョコ ······ いや、お菓子をやったら気に入られて、土木作業をするようになったって関係だ。」

「???」

「リュージ、間違ってはいないが、はしょりすぎだ。リュージはな、私のために城を造ってくれるんだぞ。私の ······ もとい、村の恩人だ。」

「??? ······ 意味不明なんですが、教官。」

「あのなあ、ティグ。その城の話なんだが ········ 」

薬君が我慢できなくなったようだ。

「すみませんが教官、話は後にしましょう。ゆっくりとは出来ません。早く戻りましょう。」

「あっ、そうだな。すまん、中に入ろう。リュージ、おまえもついて来てくれ。歓迎できずに、申し訳ないがな。」

「ああ、わかった。」


俺たちは歩き出した。

「教官、村長は、戦っても犠牲者が出るだけなので、ここを棄てて、新たな土地でやり直そうと考えているみたいです。」

「先祖伝来のここを棄てて、ゼロからか?」

「それでも犠牲者が出るよりは良いと。」

「そうか ········ 。」












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