第16話 貶められた鬼女(後編)

ーーークルシイ…クルシイ……タスケテ……ーーー


「っ!」


その夜ーーー。

暗闇の中で苦しそうに声を上げる女性の声で緋眼は目を覚ます。


「緋眼、ドウシタ?」

「あれは…愛宕姫?」


ハッキリとした姿は分からなかったものの、女性の持つは昼間見た鬼女と同じものだった。

そのが都に近付いて来る感じを受ける。


「……」


緋眼はどうすべきか思案して、董禾の言葉を思い出す。

何かあれば式神を飛ばして彼に知らせる事。

緋眼は急いで桜餅の式神を召喚して董禾の元へ行ってもらう。

それから外に出られる様に身支度を整える。

そうしている間にも、愛宕姫の気は都の直ぐ傍まで来ていた。

それも、禍々しい瘴気まで感じる。

いても立ってもいられずに、董禾のもう一つの言葉、“弥彦を頼れ”を思い出し部屋を出ようとしたところで、足音が近付いてきた。


「緋眼殿、起きておられますか?」

「弥彦様?どうして?」


今正に会いに行こうと思っていた相手の声に驚きながら、緋眼は急いで御簾を上げる。


「董禾殿から知らせが届いたのです。必要であれば、貴女の助けをと」

「董禾様が…」


と言う事は、緋眼の式神から董禾にきちんと伝わったのだろう。

安堵すると共に緋眼は弥彦に告げる。


「愛宕姫が都に来ています」

「愛宕姫が?」

「とても苦しそうで…急いで彼女の元に行きたいのです。一緒に来てくれませんか?」

「分かりました。お供致します。貴女の事は、僕が必ずお守りしますから」

「ありがとうございます、弥彦様」


緋眼は弥彦とさくもち達と共に屋敷を出る。

屋敷を出たところで、緋眼は目を閉じて愛宕姫の気配を追う。


「東の方です」

「ええ、瘴気もありますね」


緋眼が東に目を向けると、弥彦もそちらに視線を向け眉間を寄せる。


「緋眼、弥彦」


そこへ董禾が走ってきた。


「董禾様!」

「董禾殿、愛宕姫はもう都に入っている様です」

「その様だな」

「ですが、様子がおかしいです」

「え?」

「この瘴気…彼女は今まで、この様に禍々しい瘴気を纏った事はありません。何かあるのではないでしょうか」

「何にせよ放っておく訳にはいかない。緋眼」

「お供させてください」

「そんな事は解っている」

「え?」


董禾に残れと言われるのではないかと今までの経験上から思い、緋眼は同行をお願いしたのだが、彼から返ってきた言葉は違うものだった。


「お前はどうせ何を言っても付いて来る事を望むだろう。だから、何があっても弥彦の傍を離れるな」

「はい、かしこまりました」


目を丸くしながらも、追い返されなかった事に緋眼はホッとする。

董禾と弥彦は瘴気の方へ歩き出したので、緋眼もさくもちとロト、リネットと共にその後に付いて行く。

こちらからも愛宕姫の方へ近付いているが、それよりも早く愛宕姫は近付いて来た。


「っ!速いな」

「ええ、来ますね」

「弥彦、緋眼を頼む」

「承知しました」


董禾は呪符を、弥彦は太刀を構えて迎え撃つ体勢を整える。


ーーークルシイ、クルシイ…ーーー


「!」


愛宕姫の苦しむ声が緋眼の頭にこだまする。

それと同時に愛宕姫が姿を現した。


「アアアァァァァァ…」

「正気を失っているか」


禍々しい瘴気を纏った愛宕姫の姿に董禾がこぼす。

愛宕姫は左肩から瘴気で出来た異形の腕を作り出し、董禾に攻撃してきた。

董禾は瞬時に結界を作り防御する。


「左腕が、無い?」


弥彦の言葉通り、愛宕姫の左腕は無いままだった。

その無い腕に代わってか、瘴気を腕の形にして攻撃に使用した。

だが昼間晴明が話したように、鬼と言うものは強い力を持っていれば肉体の一部を斬られてもヒトよりも早い速度で回復するし、欠損してもその部分が無事ならば元に戻る。

愛宕姫も力ある鬼の一人で、現に一度綱に腕を斬られても腕を取り戻して再生させている。

今回も吹き飛ばされた腕を再生させる事は出来る筈だが、それをしていないと言う事は腕を持ち合わせていないのか。

それとも、腕を再生させる事が出来なかったのか。

愛宕姫は雄叫びを上げながら、尚も攻撃を続ける。

董禾は迷わず呪符からいかづちを放つと、それが愛宕姫に命中する。


「アアアアァァァァッ!」


ーーークルシイ…、タ、ス、ケ、テ…ーーー


「っ!董禾様!」

「いけませんっ!」


飛び出そうとした緋眼の腕を掴み弥彦が止める。


「でも…でも、愛宕姫は苦しんでいます。助けを求めているんです」

「助けを…」

「どうやって助けるつもりだ?ここまで正気を失っているのならば、一思いに殺してやった方が楽になれる」

「そんなっ」


董禾から返ってきた言葉は冷酷なものだった。

思わず緋眼は言葉に詰まる。


「我々の使命は都に害を為すものを排除する事。このままこいつを野放しにすれば、辺り構わず暴れ回るだろう」

「でも…正気に戻せば良いんですよね?」

「正気に戻ったとしても相容れぬもの同士だ」

「だからって…このまま見殺しになんてしたくないです!」


緩んでいた弥彦の手を解いて、緋眼は感情のまま愛宕姫の元へ走る。


「グ…アアアアァァァァッ!」


緋眼に気付いた愛宕姫は瘴気で幾多もの腕を作り出し、緋眼を切り裂こうとする。

緋眼は防御の為に結界を張ろうと印を組もうとするが、それより早く白いものが腕を薙ぎ払った。


「さくもち!」


さくもちは尻尾を自由自在に大きさや形を変えて、迫り来る腕を次々と薙ぎ払っていく。


「一人デ無茶スルナ。ロト達ガ気ヲ引キ付ケル」

「ありがとう!頼むね!」


ロトは分身しつつドリルを展開して愛宕姫に迫る。

少し離れた場所からは、リネットがリング状のレーザーを射出して作り出される瘴気の腕を飛散させる。

愛宕姫がロトとリネットに翻弄されている内に、緋眼は五枚の札を取り出し彼女の足元に貼り付けた。

忽ちそれは五芒星の陣を描き、作り出した結界が愛宕姫の動きを止める。


「必ず助けてみせる」

「緋眼殿…」

「……」


緋眼が魔法陣の中で苦しむ愛宕姫に数歩近付いた時だ。

何かが緋眼を横切った。


「っ!?」

「ギャアアァァァッ!」


叫ぶ愛宕姫の肩には矢が刺さっていた。


「渡辺殿!?」


緋眼は弥彦の声に振り向くと、その先には弓矢を構えた綱が立っていた。


「皆、済まぬ。この落とし前は俺がつける」


綱は再度弓を引く。


「止めてくだ」

「ワアアタアアナアアベエエエエェェェッッ!!」

「!」


綱を認識した愛宕姫からは、先程までとは比較にならない程の瘴気が溢れ出す。

そのまま放たれた瘴気が結界を破り、自由の身となった愛宕姫は綱の元へと飛んで行く。

放たれた衝撃で緋眼は吹き飛ばされた。


「緋眼!」

「緋眼殿!」


董禾と弥彦は緋眼に駆け寄ろうとするが、瘴気による衝撃波は渦となり、この一帯は嵐の様に暴風が吹き荒れる。


「くぅっ」


暴風によって綱の弓も矢も吹き飛ばされてしまう。

そんな綱に愛宕姫は瘴気の腕を伸ばし襲い掛かるが、彼は太刀を抜いてそれを受け止める。

次いで愛宕姫は自身の太刀を綱に振り下ろした。


「っ」


しかし、その太刀はロトがドリルで受け止め事なきを得る。


「下ガッテクダサイ」


ロトはこう言うものの、嵐の様に渦巻く暴風によって、皆自由に身動きが取れないでいた。

その中で唯一自由の利く愛宕姫は、殺気を放ちながら瘴気の腕で辺り構わず切り裂き始めた。


「くっ…弥彦!奴の動きを止める!」

「はい!」


董禾と弥彦は同時に呪文を唱えながら印を組む。

すると愛宕姫の足元が輝き出し、再度彼女の動きが止まった。


「アガ…ガガガガ……」

「このまま奴を調伏する」

「………」


董禾が新たな印を組み始めた時だった。


「させんっ!」

「っ!」


彼に向けて閃光が放たれた。


「くっ…」


董禾は結界を張って防ぐものの、その一撃は重いものだった。


「お前は…」


空から降り立った者。

それは愛宕姫と同じく立派な角を生やした鬼だった。


「お前ら、よくも姐御をいたぶってくれたな」


先に降りた鬼とは違い、ゴツく筋肉質な肉体を持った鬼もその後に降り立つ。


「まずいですね。茨木いばらき羅啄らたくです。まだ他にも鬼が来るかもしれません」


二人の鬼の姿を見た弥彦は渋い表情を浮かべる。


「茨木様、このままこいつらを殺りますか?」

「待て。愛宕姫の様子がおかしい」


茨木は愛宕姫を見遣ると眉間を寄せる。

彼女は結界の中で雄叫びを上げながらもがいていた。


「茨木様!姐御を助けやしょう!苦しそうです!」

「貴様ら、愛宕姫に何をした」


茨木は董禾達を睨み付ける。


「元より此処に来た時から正気ではなかった。このまま都に害を為すと言うのならば、お前達共々調伏する」

「なんだとぉっ!」

「落ち着け、羅啄。奴の挑発に乗るな」


飛び掛かろうとした羅啄を茨木が制止する。


「なっ!結界が破られます!」

「!」


結界に亀裂が入る。

みるみる内に亀裂が大きくなり、あっと言う間に結界が破られた。


「弥彦、結界の重ね掛けを」


董禾が指示を出そうとして、愛宕姫からは膨大な瘴気が放たれる。

瘴気は腕の形のみならず、魑魅魍魎となって董禾達だけではなく茨木と羅啄まで襲い出した。


「姐御!どうしたんすか!?」

「俺達の事が判らぬと言うのか?」


魑魅魍魎を斬り捨てながら茨木は舌打ちする。


「愛宕姫…」


辺り構わず攻撃する愛宕姫の姿に、綱は苦悶の表情を浮かべる。

そして、太刀を構え直した。


「っ!」


綱が愛宕姫に斬り掛かろうとして、愛宕姫の横を一本の矢が通り過ぎる。


「姐御ぉっ!」

「待て、これは…」

「瘴気が浄化された?」


矢が通った軌道上の瘴気は、一瞬にして浄化されていた。


「破魔矢か?一体、誰が…」


董禾は矢が放たれた方へと目を向ける。

間も無く其処からは、緋眼がリネットに乗って物凄い速さで愛宕姫との距離を詰めていった。

浄化された空間は、瘴気による暴風の影響を受けていなかった。

緋眼の手には、飛ばされた綱の弓矢が握られている。


「アガアアアアァァァ!」


愛宕姫は数え切れない程の瘴気の腕を作り、近付いてくる緋眼を襲う。

リネットは腕を紙一重でかわしながら、愛宕姫の間近までやって来た。

そこで緋眼を上空に飛ばす。

緋眼は弓矢を愛宕姫に向けて構えた。


「ぐっ…」


それよりも早く愛宕姫の瘴気の腕が伸びた。

ロトが間に入り防ごうとしたが間に合わず、宙に舞い避ける術を持っていなかった緋眼の腹部に、瘴気の爪が食い込む。


「緋眼!」

「緋眼殿!」


それでも緋眼は弓を引いた。

矢は真っ直ぐと放たれ、愛宕姫の左肩に当たると目映い光を放つ。

彼女を何としても助けたい。

そう強く思う緋眼の中から、あの時と同じ様にーーー、さくもちの時と同じ様に、溢れんばかりの熱が湧いてくる。


「ああああああぁぁぁぁあっ!」

「もう…苦しまないで…」


緋眼は自然に動く体に身を任せて祈る様に手を重ねると、辺り一帯が眩しいくらいに輝き出す。

それは、さくもちの時と同じものだった。

濃く、強い瘴気は浄化されていき、吹き荒れていた暴風も収まっていく。

愛宕姫の左肩から生えていた瘴気の腕も光に溶ける様に消えていった。

光のお陰か、ゆっくりと降りていく体に漸く緋眼は足を地に着ける。

そして、目の前に立つ愛宕姫に手を伸ばし、その腕に彼女を抱いた。


ーーー温かい………ーーー


瞼を閉じた愛宕姫からは、一筋の涙がこぼれる。

同時に気を失ったのか、彼女は緋眼に体を預けた。

しかし、緋眼は傷の痛みもあり、彼女を支えきれずに崩れる様に座り込んでしまう。


「緋眼!」

「緋眼殿!」


董禾と弥彦、そして綱にさくもちとロト達も駆け寄ってきた。


「緋眼殿、急いで手当てを」

「触らないでもらおうか」


弥彦が緋眼に凭れ掛かる愛宕姫に手を伸ばそうとすると背後から低い声に制止される。


「茨木」

「愛宕姫を返してもらおうか」


董禾は警戒して札を構えるが、茨木は彼に構わずに緋眼の元へ足を進める。


「……」

「……」


茨木は緋眼を一瞥してから、緋眼に体を預けている愛宕姫を抱き上げる。


「姐御ぉっ!」


羅啄も茨木に駆け寄り、意識の無い愛宕姫を心配そうに見遣った。


「今日のところは、その女に免じて引いてやる。だが、愛宕姫への仕打ちを忘れた訳ではない。覚えておけ」

「ワシは許さないからな!」


茨木はそれだけを言うと、愛宕姫を抱いたまま宙へ飛び上がる。

羅啄も董禾達を睨み付けてから茨木の後を追った。


「緋眼、止血、止血」

「動かないでください。応急処置をしてから急いで屋敷に戻ります」

「すみま…せん…」


弥彦は着物の袖を破り、手拭いと共に腹部の傷に宛がう。


「莫迦者が。何故、あんな無茶をした」


頭上から聞こえた董禾の声色には怒りが滲んでいた。

緋眼はやってしまったと、力無く彼を見上げる。


「もうしわけ…ございません…」

「いや、今回の事は俺が招いた事だ。それに緋眼を巻き込んだに過ぎん」

「今はそんな事よりも、手当てが先決です。屋敷に戻ります」


手早く応急処置をした弥彦は緋眼を横向きに抱き上げる。


「緋眼殿、傷に響くかもしれませんが、少しの間辛抱してください」

「はい…」


弥彦はそのまま屋敷へと駆けていく。

その後を、さくもちとロト達も続いた。


「……」

「……」


董禾と綱も僅かな間を置くも、弥彦達の後を追った。


屋敷に戻ると頼光達が広間に集まっており、其処には晴明の姿もあった。


「緋眼!酷い怪我ですね」

「至急手当てを」

「はい、お任せください」

「緋眼!酷い!何でこんな…」

「姫、これから手当てをするって」


緋眼の怪我を見て目に涙を溢れさせながら弥彦の袖を掴む彩耶香に、季武が声を掛けて離れさせる。

弥彦はそのまま緋眼を部屋に運んだ。


「水、汲ンデ来マス」

「お願いします」


リネットが井戸に向かうと、弥彦はゆっくりと緋眼を茵に横たえた。

それから手際よく着物を脱がすと傷口を診る。


「やはり瘴気が入り込んでいます。直ぐに抜きますから辛抱してくださいね」

「はい…、大丈夫です…」


弥彦は傷口に手を当て呪文を唱える。

瘴気を抜いてもらうのは、刹鐃の時と今回で二度目となる。

今回は刹鐃の時とはまた違い、瘴気自体が凶器となり体内に入り込んだ事もあって、その時以上の速さで瘴気が体を蝕んでいき、感覚が麻痺していった。

弥彦が手当てを始めると、蝕まれていく感覚も次第に薄れていくのが分かる。


「いつも…お手を煩わせてしまって…ごめんなさい…」

「謝らないでください。これが僕の務めですから。それに…僕は貴女をお守りすると言いながら、貴女を守れませんでした。申し訳ございません」

「違いまっ…いっ!」


彼の言葉に思わず体が動いてしまい、緋眼は傷の痛みに顔を歪める。


「動かないでください。致命傷ではありませんが、傷は深いです」

「これは…私が迂闊だっただけで…弥彦様のせいでも…誰のせいでもありません…。本当に…もうし」

「もう、話さないでください。傷に響きます」

「……」

「僕は貴女に怪我をしてほしくありません。僕がもっと上手く動けていたら、貴女がこうして怪我をする事もなかった」

「そん」

「だから、この怪我の責は僕にあります」


弥彦は瘴気を抜きながら言葉を続ける。


「貴女は決して迂闊ではありません。懸命に愛宕姫を助けようとしました。僕は貴女の様に妖や鬼を助けようとする人間を初めて見ました。妖を調伏する人間を沢山知っていますが、助ける人間なんて今まで見た事がありません。だからこそ、貴女の力になりたい。そう、本気で思いました」

「やひこ…さま…」

「もう二度と、怪我はさせません。だから何かあった時、今日の様に僕を頼ってはいただけませんか?」

「弥彦様…、ありがとう…ございます…」

「頼ってくださいますか?」

「はい…。弥彦様が…ご迷惑で…なければ…」

「迷惑だと思うのならば、こんな事を言いませんよ。約束してくれますね?」

「はい…、お約束致します…」

「良かった。必ずお守りします。緋眼殿」


弥彦は瘴気を抜ききると、そのまま傷の手当てを始める。

緋眼は少しの間手当ての様子を見ていたが、急に訪れた眠気に勝てずに意識を手放した。




「どうして男が三人もいて、緋眼だけが怪我してるのよ」

「……」

「……」


広間では彩耶香が董禾と綱に詰問していた。

しかし、二人は眉間に皺を寄せるだけで何も答えようとはしない。


「姫、彼等も」

「季武さんは黙ってて。私は董禾と綱さんに聞いてるの。どうして二人とも黙ってるの?」

「緋眼ヲ愛宕姫ニ突ッ込マセテ怪我サセタノ、ロト ト リネット。ロト ノ判断甘カッタ」


横からロトの一体が彩耶香に告げる。


「どう言う事?ロト達は緋眼を守るのが役目じゃないの?」

「愛宕姫ニハ瘴気ガ強ク癒着シテイタ。愛宕姫ノ瘴気ヲ浄化スルニハ、癒着シタ瘴気ヲ切リ離ス必要ガアッタ」

「その為の破魔矢か」

「ソウデス」


それまで口を閉じていた董禾がこぼす。

話がいまいち分からないものの、そんな董禾に彩耶香は睨み付ける。


「しかし、何故緋眼は破魔矢を使えた?いつの間に身に付けたんだ?」

「アレハ偶然ノ賜物」

「なに?」

「本当ハ牽制ノ為ニ射ッタダケダッタ」

「牽制?愛宕姫に牽制したって事か?」

「……」


公時の疑問に珍しくロトからの言葉が途切れる。


「いや…俺に対してだろう」

「それはまた何故に?」

「俺が愛宕姫を殺そうとしたから。違うか?」


それを聞いたロトは肯定の意味で羽をパタパタさせる。


「緋眼ノ代ワリニ、オ詫ビシマス」

「いや…いい。この件、俺は感謝こそすれど恨んではいない。寧ろ、巻き込んでしまい申し訳なかった」


綱はロトに対して頭を下げた。


「よく分からないけど、それで緋眼を突っ込ませたとかって何?」

「矢ガ偶然ニモ破魔矢ニナッタ。ダカラ、破魔矢ヲ愛宕姫ト瘴気ガ癒着シテイル部分ニ射チ込メバ、愛宕姫カラ瘴気ヲ切リ離セルト判断シタ。デモ、遠クカラダト命中率ニ不安ガアル。ダカラ、近付ク必要ガアッタ」

「その為に、緋眼を愛宕姫に突っ込ませたと言う訳ですか」

「ソウデス。デモ、判断甘カッタ。緋眼、守リキレズニ怪我サセタ。ロト ト リネット ノセイ。董禾様達、悪クナイ」

「………」


ロトのその言葉にも彩耶香は腑に落ちないと言いた気に眉尻を下げる。


「それでも…」

「ああ、姫の言う通りだ。緋眼に怪我をさせたのは俺達の不甲斐なさであり、何より俺が愛宕姫をあんな風にしてしまったからだ。一番の責は俺にある」


綱は彩耶香とロトに向けて深く頭を下げた。


「愛宕姫は瘴気で暴走していたと言う事なのですよね」


そこへ貞光が言葉を挟む。


「間違いありません。瘴気に呑まれ自分を見失い、仲間である茨木達の事すら判らず攻撃していました」

「茨木も来てたのかよ!」

「いばらき?」


何の事か分からない彩耶香はその言葉に首を傾げる。


「茨木とは茨木童子いばらきどうじ。丹波の大江山を拠点とする鬼の一人であり、酒呑童子の右腕だ。やはり、愛宕姫の事で都に来ていたか」

「そう言えば、お昼もそんな話してたっけ」

「あの後、愛宕姫は瘴気に呑まれていたと言う事ですか。不可解ですね」

「ええ。ですが、道満達が噛んでいるのならば、何も不思議ではありません」

「しかし、愛宕姫をその様にして一体何が目的であったのか…」


頼光のその言葉に、晴明達は考える様に口を閉ざす。


「失礼致します」


そこへ御簾の向こうから弥彦の声がする。


「弥彦!」

「弥彦か。緋眼の容態は?」


弥彦は御簾を上げると広間に入る。


「今は手当てを終え、眠っています。致命傷ではありませんが、傷の完治には暫くかかると思います」

「そんな…」

「緋眼ナラ平気。今マデモ怪我、イッパイシテキタ。直グ治ル。彩耶香チャン、泣カナイデ」


ロトはまた涙を浮かべる彩耶香の元へ行き、羽をパタパタさせる。

彩耶香はそっとロトを抱き上げると、胸に納める様に抱き締めた。


「暫くの間、緋眼を安静にさせた方が良いですね」

「ええ。これ以上大切な姫に怪我を負わす訳にはいきませんからね」

「緋眼自身の力も、彼女は大分制御出来る様になりましたからね。当面の間修行は休息にしても問題ないかと思いますが、どうですか?董禾」

「私はこのまま修行を付ける必要がなくなっても構いませんが」


董禾の言葉はいつもの如く素っ気ないものだった。


「厄介払い出来て清々するでしょ。いいのよ、緋眼は私と一緒にいるんだから。董禾なんかには、緋眼と一緒にいる資格はないわ」

「私には不要な資格ですね」

「あっそ。なら、あんたにはもう緋眼を会わせてあげないんだから」


彩耶香の言葉に董禾は何も返さずにただ目を閉じる。


「今後も続けるかどうかは、緋眼の様子を見ながら判断します。良いですね、董禾」

「………」


晴明の言葉に瞼を開けるものの、董禾はそれ以上口を開かなかった。

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