第7話 無慈悲な兄弟子によるスパルタ修行
「ねむ…」
昨日、晴明に指定された卯一刻より少し早く、緋眼は晴明の屋敷前に佇んでいた。
弥彦が道中の護衛を申し出たのだが、頼光の屋敷と晴明の屋敷はそう離れていなかったのでロト達がいるからと断った。
どうすべきかと悩んだ末、晴明に呪術を習うーー延いては彼の弟子となる事を決めた緋眼であったが、蓋を開けてみればよりによって教えてくれるのが晴明の弟子である橘董禾だったのだ。
橘董禾とはこれまでこれと言って接点はなく、弥彦の様な物腰の柔らかさを感じさせる事もなく、どちらかと言うと冷たい印象を受けた。
昨日も緋眼が弟子入りを決めた事を伝えに行った際、傍にいた董禾は絶対零度の冷たさで睨み付けてきたのだ。
明らかに董禾には歓迎されていない。
先行きに多大な不安を抱えつつ、緋眼は門を潜った。
「ごめんくださ」
「遅いっ!」
「えっ」
声のした方を見ると、董禾が玄関で腕を組んで此方を睨んでいた。
「新入りの分際で、兄弟子より遅く来るとはいい度胸だな」
「も、申し訳ございません…」
早速予感が的中した。
緋眼は取り敢えずこの場をやり過ごそうと頭を下げる。
「謝るだけならば子供でも出来る。誠意があるのならば行動で示してみろ」
言うなり董禾は背中を見せた。
「……」
「何をボサッとしている!」
「え…」
「いつまで其処にいるつもりだ。早く上がれ」
「は、はい…」
帰りたい。
緋眼は強くそう思いながらも玄関を上がるのだった。
「ぶっ!」
董禾の後を付いて歩いていると、突然振り向いた彼から緋眼の顔に紙が押し付けられる。
緋眼は数歩後退ってから、その紙を確認した。
「これは?」
「今日、お前がすべき事だ。私はこう見えても忙しいのでな。一々お前のお遊びに付き合ってなどいられん」
緋眼が紙に書かれた内容に目を通すと、そこに書かれていたのは陰陽道とはとても関係があるとは思えない、炊事、洗濯、清掃といったものだった。
「あの…」
「私はこれから謁見がある。申三刻までには戻るが、それまでにそこに指示した事を終わらせていなければ、即破門だ」
「えっ!?」
「なんだ?そんな事も出来ずに弟子入りに来たのか?その程度の覚悟ならばさっさと帰るんだな。こちらも暇ではないんだ」
「や、やります。やり遂げます!」
「……」
董禾は一瞥すると荷物を持ち玄関に向かう。
「言っておくが、お前の行動は常に式神が監視している。少しでもサボろうものなら分かっているな」
「はい。行ってらっしゃいませ…」
庭や部屋からは確かに何かの視線を感じた。
董禾を見送ると緋眼は盛大に溜息を吐いた。
やっぱり受けるんじゃなかった。
そう後悔するものの、紙に書かれている内容は別段難しい事ではない。
陰陽道の為の勉強ではないが、ここで引くのも自分が納得出来ないので、指示された内容を終わらせて董禾を待つ事にした。
「お帰りなさいませ」
玄関から物音が聞こえたので、董禾が帰ってきたと判断し出迎えに向かう。
「……。随分と余裕だな。指示した事は終わったのか?」
「はい。紙に書かれていた事は全て終わらせました」
内容は家事そのものだったので、頼光の屋敷でもやっていた事が良い経験となり難無く終える事が出来た。
頼光の屋敷で経験していなければ、生活面や文化の違いから手間取っていた事は間違いないだろうが。
「………」
「………」
廊下を歩く董禾の後を続く。
「これは此処ではない」
「え?」
董禾は一つの壺を指した。
「此処がまだ汚れている!巻物がきちんと並べられていない!全てやり直せ!」
「は、はい!申し訳ございません!」
次々と董禾からダメ出しをされ、やり終えたと思った家事をやり直していく。
全て終えた頃には日が暮れようとしていた。
「只今戻りました」
「お帰りなさいませ」
晴明の帰宅に董禾が出迎えた。
「良い匂いがしますねえ。貴方が此処にいると言う事は、緋眼が作っているのですか?」
「ええ」
「どうやら、貴方の厳しい指導に彼女は堪えた様ですね」
「まだまだですよ。この程度、音を上げる程でもありません」
「ですが、今までの弟子達は日が暮れる前には皆いなくなってしまったではありませんか」
「今回はどうやら私が甘かった様です。女ならば家事が出来て当然でしょう」
「そう言うものですか?」
「明日はこうはいきません」
「それは楽しみですね」
「晴明様、お帰りなさいませ。夕餉の支度が整いました」
晴明の姿を確認して緋眼は頭を下げた。
「ありがとうございます。では早速いただきましょうか」
晴明が着替え終える頃合いを見て、緋眼は夕餉を乗せた高杯を二人の前に運んだ。
「おや?」
「どうかしましたか?何か不備がございましたか?」
晴明の様子に何かやらかしてしまったのかと不安になる。
「いえ、貴女の分の夕餉は何処ですか?」
「あ、私は頼光様の屋敷に戻ってからいただこうかと思いまして」
「気を遣う必要はありませんよ。今日から私の元で修行に取り組んでいるのは頼光殿も承知の事。食事くらい一緒に取れば良いのです。貴女とてお腹が空いているでしょう」
「あり」
ーーグウウゥゥゥゥ
お礼を伝えようとして、その場に空腹を知らせる虫の音が響く。
「ううっ…」
「さあ、共にいただきましょう」
「ありがとうございます。でも、今日はお二人の分しか作っていないので、私は帰ってからいただきます」
「おやおや。董禾、貴方は緋眼に三人分作るよう言わなかったのですか?」
「そんな事、一々言わずとも分かる事です」
相変わらずの董禾の態度に、晴明は困った様な笑みを浮かべる。
「全く、困った兄弟子ですね。では緋眼、今日はもういいですから貴女は帰ってください」
「ですが…」
「今日は初日に過ぎません。これから修行の日々が続くのです。休める内に休む事も修行ですよ」
「はい、分かりました。ありがとうございます」
「それと」
「はい」
「頼光殿の屋敷では、貴女の故郷の味付けがされていると伺いました。とても美味だそうですね。私も是非あやかりたいものです」
「あ、済みません。明日、もし宜しければお作りしますね。でも、晴明様達のお口に合うかどうか…」
「頼光殿達のお墨付きなのです。季武殿も自慢しておられましたからね。明日からが楽しみです」
「恐れ入ります。明日はいつ頃お伺いすれば宜しいですか?」
「いつ頃が良いですか?董禾」
晴明は董禾に投げ掛けた。
董禾は一息置いてから口を開く。
「…今日と同じで良い。晴明様の朝餉はこちらで用意する。お前はきちんと朝餉を食べてから来い」
「かしこまりました。では、今日はこれで失礼致します。橘様」
「なんだ」
「今日はありがとうございました。明日はもっと精進に励みますので、どうぞ宜しくお願い致します」
「………」
緋眼は床に手を付いて頭を垂れると、ロト達を連れてそのまま玄関に向かった。
「良かったですね」
「何がです?」
「宜しくお願い致します、だそうですよ」
「まだまだだと申し上げた筈。明日になれば分かりませんよ」
「楽しみですねえ」
つんけんどんな董禾とは対照的に、やはり晴明は楽しげに笑うのだった。
「緋眼!」
「は、はい!」
「これを何処へやった?触るなと言った筈だが」
「え?私は触ってなんて」
「言い訳をするな!早く探し出せ!」
「はい!」
それからと言うものの、陰陽道とは掛け離れた雑用を熟す日々が続いた。
無論、董禾は無慈悲な程スパルタだった。
「私、本当に触っていないのに…」
身に覚えの無い事にポツリとこぼしながら、無くなったと言う硯を探す。
「緋眼」
「あっ!」
ロトの呼び掛けに、屋敷にいる一つの式神が例の硯を持っているところを見付ける。
「その硯を渡してくれませんか?」
緋眼はその式神に近付くと手を差し出す。
しかし式神はニタリと笑ったかと思うと、身軽に飛び跳ねて木の上に登ってしまった。
「あっ、ちょっと!」
取り返したくば捕まえてみろとでも言うのか。
式神は明らかに緋眼を挑発していた。
「そっちがその気なら…」
石を投げようかと思うも、誰かに当たったりでもしたら大変だ。
長い竹が斬ってあったのを思い出すと、緋眼はそれを持って木の前で構える。
「それを返してください!」
緋眼は竹で式神を突くように動かす。
しかし式神は上手くそれをかわした。
「すばしっこいな…」
暫く突きの攻防を繰り広げると、緋眼は竹を横に薙いだ。
「!」
式神はその動きを予測出来なかったのだろう。
見事竹が命中し木から弾き飛ばされる。
「あっ!」
飛ばされた式神の手から硯が離れた。
「ロト!」
「了解」
緋眼は飛ばした式神を、ロトは硯を無事キャッチして事なきを得た。
「ふう…。もう、こんな悪戯をしちゃ駄目だからね?」
緋眼はそう述べてから式神を離す。
式神は解ってか解らずか、そのまま飛び去っていった。
緋眼はロトから硯を受け取ると董禾の部屋を訪ねる。
「失礼致します。橘様、硯が見付かりました」
御簾越しに声を掛けると、少ししてから董禾が御簾を上げた。
「遅かったな。一体何をやっていた」
「うっ…。犯人と思われる式神を見付けて」
「そんな事を聞いているのではない。硯を見付けたのならば、さっさと持ってこい!そんな事も出来ぬ様では、お前に陰陽道を極める事など無理だ。諦めろ」
硯を奪う様に取りそれだけを言うと、董禾は御簾を下ろして部屋の奥へと戻っていった。
「次こそは手早く熟してみせます!」
緋眼は聞いていないかもしれない董禾にそう告げると、先程までやっていた洗濯に戻るのだった。
こう言った理不尽な董禾の申し付けは、日々増える一方だった。
文句を言ったり嫌がりでもすれば、その時点で即破門だろう。
董禾はわざとそう仕向けているのだ。
わざと緋眼が音を上げる様に仕向けて試している。
緋眼もそれが分かったし、持ち前の負けず嫌いも相俟って決して彼の前では弱音を吐かないと決めた。
辛くて辛くてどうしようもない時は、自分の部屋で声を出さない様にして泣いた。
一通り泣いて家族の写真を見てから一晩寝ると、何とか気持ちも切り替えられた。
自分が頑張るのは元の世界に戻る為、大好きな家族の元に帰る為。
その為なら何だって頑張れた。
それに、それが続く内に何としても董禾に認めてもらいたいと思うようになった。
だから陰陽道を教えてもらう為と言うよりは、ただ董禾に認めてもらう為。
その為だけに雑務を頑張るのだった。
その日、いつものスパルタ雑務を終え帰路に着く。
目の前には晴明と董禾が歩いていた。
今日は彩耶香のお誕生日会と称した宴を頼光の屋敷で開くからだ。
太陰暦と太陽暦では暦にズレが生じるものの、ロトが計算してくれて6月で二十歳の誕生日を迎える彩耶香を祝う為に頼光に頼み込んだのだ。
この世界では個々の誕生日を祝う風習はないようで、緋眼が誕生日会について話してもあまり理解を得られなかったが、大切な姫の成人の儀と言う事で宴を開いてくれる事になった。
晴明と董禾も宴に招待したので、今こうして一緒に頼光の屋敷に赴くところである。
今日もスパルタ雑務でクタクタではあるものの、彩耶香の誕生日を祝う事、そしてご馳走を沢山用意してくれるとの事で楽しみな気持ちが勝った。
「晴明殿、董禾、よく来てくださいました」
屋敷に着くと頼光と綱達が晴明と董禾を出迎えた。
「いえいえ。此方こそお招きに預かり光栄です。彩耶香姫の成人の儀だそうですね」
「ええ。姫達の故郷では成人は二十歳に迎えるとの事。そして生まれた日に祝い事をするそうで、中でも成人を迎える年の誕生日なるものが特別なのだそうです」
「それは盛大にお祝いしなくてはなりませんね」
「うむ。緋眼に言われこの日の為に馳走も沢山用意しました。楽人も呼んでおりますのでどうぞ中へ」
「私は雑舎へ行って参りますので此処で失礼致します」
緋眼は頼光達に案内されて中へ行く晴明達から離れる。
「準備は雑仕達に任せておけば良い」
「庖丁人の方に味の確認をお願いされておりますので行って参ります」
頼光達に頭を下げてから、緋眼はロト達と雑舎へ向かった。
「働き者ですねえ」
「助かりはするのですが、姫である緋眼にあそこまでさせるのは忍びなく」
晴明の言葉に頼光は申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「それにしても董禾。今日は彼女に何をさせたのですか?」
雑舎に向かう緋眼の足取りが覚束ない事に、晴明は苦笑する。
「いつもと変わりはありません」
そんな緋眼には興味も無いと言いた気な董禾に、晴明は軽く息を吐くのだった。
「彩耶香ちゃん、お誕生日おめでとうございます!」
「姫、おめでとうございます」
「ありがとう」
宴の準備が整い皆席に着くと、其々が彩耶香に祝福の言葉を掛けた。
彩耶香も豪華なご馳走の数々に、池に浮かぶ船からは楽人による雅楽の演奏、庭にも舞人による舞いとお祭りの様な賑やかさに、最初は戸惑っていたものの次第に笑みを見せていた。
「姫、盃を」
「あら、ありがとう」
頼光は銚子を手に彩耶香の盃にお酒を注いだ。
注がれたお酒を見て彩耶香は目を丸くする。
「凄い…綺麗…」
盃に注がれた琥珀色のお酒に彩耶香は感嘆する。
父がよく飲んでる日本酒や焼酎とは違う色味や香りに目を輝かせた。
「恐ラク
「そんなお酒を?」
思わず彩耶香は隣の頼光に目を向けた。
「大切な姫の成人の儀なのだ。相応の酒でなければ失礼であろう」
「ありが…と」
彩耶香は照れたように頬を朱に染めると、琥珀色のお酒を口に含んだ。
「甘い…けど、くどくない。凄く飲みやすいわ」
初めて口にしたお酒ながら美味しいと感じるそれに、彩耶香は口を綻ばせた。
「姫の口に合ったのならば何よりだ。今宵の馳走は緋眼もしっかり監修をしてくれている。沢山食べてくれ」
その言葉に彩耶香が緋眼へ目を向けると、彼女はそれに応える様に笑みを見せた。
「みんな…ありがとう。いただきます」
彩耶香は目尻に浮かべた涙を拭ってから、目の前に広がる豪華な料理の数々に箸を伸ばした。
「緋眼ちゃんもお酒どうぞ~」
季武が銚子を持って隣に腰を下ろすが、緋眼は慌てて手を横に振る。
「あ、あの、私はまだお酒は飲めないんです」
「お酒苦手だったかな?」
「緋眼、未成年。国ノ決マリ。法律デ二十歳マデ飲ンジャイケナイ」
「マジかよ。んな、面倒な法律あんのか」
ロトの説明を受けた公時は信じられないと言った様な顔をする。
「緋眼ちゃん、いくつなの?」
「えっと、17…今年の誕生日で18です」
「数エ年ナラ19。彩耶香チャン、21」
「じゃあ、緋眼は俺と同じじゃん」
緋眼の年齢を聞いて公時はニカッと歯を見せて笑った。
「そうなんですね」
「と言う事は、姫は貞光くんと董禾くんと同い年って事になるんだね~」
季武の言葉を聞いて彩耶香と緋眼は同時に貞光と董禾に目をやる。
二人ともそれに特に反応する事もなく、食事をしたり酒を飲んだりしていた。
董禾は修行を付けてもらうーーーと言う名の雑務をさせられる上で何となく分かったのが、他者と必要以上に関わろうとせず寄せ付けない性格の様に見えた。
こう言う宴の席でも自ら会話に入ろうともしない事から、それは強ち間違いではないだろう。
対して貞光は、あまり関わりがないとは言え普段の口数も少なく、切れ長の目も相俟ってクールな印象を受ける。
それでも董禾程の冷たさは感じさせない。
そんな二人と同い年だと言われ、彩耶香は複雑そうな顔をしていた。
「卜部様のお歳を聞いても宜しいですか?」
緋眼は隣に座る季武に話を振ってみた。
「僕は25なんだ。頼光様は27、綱くんは22、弥彦くんは20。だから、頼光様にお遣えする中では僕が一番お兄さんだね。あ、晴明さんのお歳もお伝えします?」
「私の歳は内密にお願いします」
季武の問い掛けに晴明はいつもの笑みを崩す事なく返す。
「僕は別に頼光殿にお遣えしている訳ではありませんけど」
季武の反対側に当たる緋眼の隣に座っていた弥彦は、腑に落ちない様な様子で述べた。
「まーまー。今はこうして同じ目的で一緒にいるんだからね!そう言えば緋眼ちゃんって、何か武術を嗜んでいたりするのかな?」
明るくマイペースな季武は次いで緋眼に問い掛ける。
「武術と言う訳ではありませんが、部活で弓道をやっています」
「弓道?弓が使えるなんて凄いじゃない!」
「頼光様も季武殿も弓が得意だよなー」
「そうなのですか?」
季武と公時の言葉に緋眼は二人を見る。
「都を守るものとしては武術を極めねばならぬからな」
「頼光様は、
「雷上動…?」
疑問に思った緋眼にロトがパラメトリックモードで説明してくれる。
雷上動とは中国の弓の名手・
養由基が自身の弓の継承者を探していたが見付からずに亡くなった後、娘の椒花女が頼光の夢の中に表れ弓を託したと言う伝説があるらしい。
それだけ頼光の弓の腕が凄いと言う事なのだろう。
「弓を使う延長で投擲もしているのか?」
「投擲…ですか?」
次いだ綱の質問に緋眼は首を傾げた。
「緋眼、手裏剣得意。手裏剣極メタ」
「ロトっ」
「何で手裏剣?」
ずっと話を聞いていた彩耶香が疑問符を浮かべる。
「あの…景品が欲しくて…」
「一位ノ景品伊賀牛ダッタ。緋眼、オ肉欲シクテ全国一位取ッタ」
話す事が恥ずかしくなり言葉が続かなかった緋眼だったが、ロトはお構いなしに話してしまった。
緋眼は顔から火が吹くかと思うくらい熱くなっているのが分かり俯く。
景品の伊賀牛は緋眼が、と言うより、弟の
中学に入る前の春休みに家族と行ったアミューズメント施設で、手裏剣のスコアを競う競技をやっていた。
そこで優斗が一位の景品である伊賀牛を欲しがったので緋眼が参加したのだが、結果は散々だった。
優斗がとても残念がったので、次こそは伊賀牛をゲットしようと緋眼は心に決めたのだ。
それから手裏剣の練習が出来る施設を探して通い詰め、腕を上げて念願の伊賀牛ゲットを達成した。
その時、優斗達とはもう一緒には住んでいなかったが、贈ったら凄く喜んでくれた連絡が来たのだ。
頑張って手裏剣の腕を上げて良かったと思う。
そう言う事情もあったのだが、ロトの言葉では緋眼がお肉欲しさに手裏剣の腕を磨いた様に捉えられたのではないか。
弁明しようか躊躇っていると、公時が盛大に吹き出した。
「ぶははははっ!肉なっ!肉っ!」
「公時、失礼だろう」
「まあ、食べ物の力って凄いよね。それで極められちゃう緋眼ちゃんって、やっぱお姫様なんだよ」
「文脈が滅茶苦茶な上、何の擁護にもなっていませんよ」
公時と季武の言葉に、其々綱と貞光が口を挟む。
「帰ったら松阪牛食べさせてあげるわ。弟くんと一緒に遊びに来てよね」
「ありがとう…ございます…」
皆の様子に更に言い出せなくなり、緋眼は俯いたまま礼を述べた。
「う、うむ。姫達よ。今宵は菓子も種類を揃えた。遠慮なく口にしてくれ」
頼光は一度咳払いすると女房に指示を出し、ぶと饅頭等の
それだけではなく、色の濃いバターに似たものや乳白色のトロトロしたものも器に盛られて運ばれてきた。
「随分と豪華ですねえ」
「ええ。
頼光に言われた通り、彩耶香と緋眼は蘇にアマヅラと言われた蜜の様なものをかけた。
器に添えてあった匙で掬って口に入れる。
「っ!」
「美味しい…!」
緋眼と彩耶香は顔を見合わせて笑みをこぼした。
「何だっけ、これ?何かケーキ屋さんのミルク菓子に似てる気もするわ」
「そうですね」
蘇を口にして彩耶香と同じく思ったのが、有名な某ケーキ屋さんのミルクを煮詰めて作られたお菓子の様にミルキーで、それでいて濃厚。
ヨーグルトの様な酸味も混ざってチーズをも思わせる甘美な味。
醍醐はそのトロトロとした見た目通りヨーグルトに近いが、バターの様な芳香もする。
まさか此処でこれ程までに美味しいデザートを味わえると思っていなかった二人は、頼光達のおもてなしが沢山詰まったご馳走に舌鼓を打った。
「姫達の口に合ったのならば何よりだ」
「ええ、こうして笑顔を見るだけで私達も嬉しくなりますね」
彩耶香と緋眼の様子に、頼光と晴明は安堵の笑みを浮かべた。
「緋眼殿、宜しければ僕の分もどうぞ」
「え?」
蘇と醍醐の美味しさに幸せ一杯な気持ちになっていると、横から弥彦が自分の分の蘇と醍醐を差し出してきた。
「でも、それは弥彦様ので」
「僕はもう他の食べ物でお腹が一杯になってしまったので」
「ならそれ、俺が」
「公時さん?」
自分が貰おうと前に乗り出した公時に、彩耶香が満面の笑みを作って声を掛ける。
それを見た公時は二の句が告げず、スミマセン、と消え入る様な声で呟いてから身を引いた。
「いいじゃない、緋眼。弥彦が要らないって言うなら貰っちゃえば」
「でも…」
「緋眼ちゃん、僕のもあげるよ~」
「卜部殿のはもう殆ど残っていないでしょう」
貞光が指摘した通り、季武が醍醐を匙で掬って緋眼に食べさせようとするが、それは最後の一口くらいの量だった。
食べかけな事もあり、彩耶香が睨んでそれを制止する。
「残すのは勿体無いので、緋眼殿が貰ってくだされば僕も助かります。緋眼殿は蘇や醍醐をお気に召してくださったようなので」
「ありがとうございます…」
何だか恥ずかしくなりながらも、緋眼は皆の見守る中弥彦の蘇と醍醐を受け取った。
そして遠慮がちに口に入れるが、やはりその美味しさに顔は自然と綻んでしまう。
鯉や汁物を食べる者、菓子やつまみを口にする者、酒を飲む者、其々が楽しみながら食事をし、時に雅楽の音色に、舞いに盛り上がりながら遅くまで宴は続いた。
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