第3話 屋敷の外

「ん……」


御簾から射し込んできた光で目を開ける。

緋眼の目にはホテルとも違う、見慣れない天井や屏障具が映った。


「夢じゃなかった…か…」


一つこぼしてから起き上がる。

すると、全身に痛みが伴った。


「っ……」

「大丈夫カ?」


顔を歪めた緋眼に気付いてロトとリネットが近付いてきた。

そう言えば滑落していたのだった。

昨晩身体を拭いた時は、ちょっと擦り傷が沁みるくらいだったのでそう大した事はないとケアをしなかった。

ロトに背中の状態を見てもらいながら身体を拭いていると、女房が着替えを持ってきてくれた。

幸いな事に擦り傷と打撲程度だったので、また女房に着替えを手伝ってもらいながら着替える事にした。


身支度を終えると、そのまま広間に案内される。


「おはよう、緋眼。よく眠れただろうか」


広間には既に頼光達がいた。


「おはようございます。はい、眠れました」


挨拶を返すと茵の一つへ座るように促される。

ちょうど朝餉の準備が整ったようで、次々と高杯が運ばれてきた。

男性陣は揃っているようだが、彩耶香の姿はなかった。


「あの…、九条さんは?」

「起きてはいるようなのだが、部屋から出ようとしなくてな…」


困った様子で綱がこぼした。


「昨日の今日だ。無理もないだろう。食事は部屋に運ばせよう」


そう述べながら頼光は近くの女房に指示を出した。

朝餉はお粥のようで、部屋中にお粥の甘い香りが広がった。

皆でいただきますの挨拶をすると、小鍋のお粥をお椀に掬ってから一口食べる。

気持ち的に味わう余裕のなかった昨日とは違って、お粥の美味しさに思わず頬が綻んだ。


「口に合ったようで何よりだ」


その様子を頼光は見ていたのだろう。

安堵の笑みを浮かべていた。


「昨日は緋眼ちゃん、顔色悪い中口に押し込んでましたからね」

「え?」

「まだ不安はあるでしょうが、食欲が出たのでしたら良かったです」


季武や貞光の言葉からしても、皆口に出さないだけで、昨日の緋眼の状態に気付いていたらしい。

緋眼は何だか急に気恥ずかしくなって俯いた。


「今のところ何とも申し上げられませんが、過去の文献なども調べ、姫達が故郷に帰れる術がないか私も探してみましょう」


そこへ、蓬蝉が静かに告げた。


「ですから姫もお気を確かにお持ちになって、来るべき時に備えてください。然るべき時に床に臥せっていては、故郷に帰る機をも逃してしまうかもしれません故」

「蓬蝉殿、どうかお願いします。緋眼よ、今は故郷に帰る術は分からぬが、帰れないと確定したわけではない。我々も出来得る限りの事はしよう。だから、気を強く持ってくれ」

「ありがとう…ございます」


蓬蝉達の言葉を受け、心まで温かくなっていくような気がした。

緋眼の口からは自然と感謝の言葉がこぼれるのだった。


談笑しながら楽しい朝餉を終え、緋眼は一旦部屋に戻る。

頼光達はこれから仕事で家を空けるらしいので、慌ただしい様子で身支度を整えていた。

頼光達を玄関先まで見送ると、改めて屋敷を見た。

とても広い平屋には池付きの広い庭も備わっていた。

寝殿造と言われるそれは、貴族の住まう住宅なのだそうだ。

頼光は武士だが貴族的な面も持ち合わせているようで、財力的には貴族に全く引けを取らない程らしいとロトからの説明を受けながら部屋に戻ってきた。


頼光達はお昼過ぎには戻ってくるらしいのだが、それまで何をしていようか。

庭を眺めていると、玄関の方に周囲を気にした様子で人が歩いていくのが見えた。

彩耶香だ。

もしかしたら、帰る為にまた外へ行こうとしているのかもしれない。

そう思った緋眼は急いで彼女を追いかける。


「姫様。どちらへ行かれるのです?」


廊下の途中で女房の一人に声を掛けられた。


「九条さんが外に行ってしまいそうなので、追いかけようと」

「なれば、頼光様にお伝えしておきます。そなたは部屋へお戻りを」

「頼光様はお仕事に行かれたのですよね?」


女房の言葉に緋眼は首を傾げる。


「左様。ですから遣いを出してお伝え致します」

「そんな事している間に九条さんは遠くに行ってしまいます!私、追いかけてきますから!」

「姫」


悠長な事を話す女房を置いて緋眼は駆け出した。

新しく用意された着物も細長だったので動きにくく、表着等を玄関に脱いで置いておく。

履き物がよく分からなかったので、元の世界で履いていたスニーカーを履いてから外に出た。

外に出たものの、右にも左にも彩耶香の姿はもう見られなかった。


「どうしよう…」

「熱源反応ハ沢山アルガ、走ッテ動イテイルト見ラレル反応アリ。ソレ追イ掛ケヨウ」

「うん!」


緋眼は飛び出したロトの後を追って走り出した。




彩耶香は迷路の様な道を無我夢中で走り抜ける。

そこら中変な臭いばかりして気持ち悪かった。

でも、そんな事を気にしている暇はない。

一刻も早くこんな時代劇の撮影所みたいな所から抜け出さなくては。

早く抜け出して、父と母の元に、愛しの彼の元に帰らなくては。

今年の葵祭の斎王代にだって選ばれたのだ。

禊の儀を終えてこれからだと言うのに、何故こんな所に居なくてはならないのか。

身代金目的ではないのなら、斎王代に選ばれた事による嫌がらせだろうか。

彩耶香を斎王代の座から引き摺り下ろそうとしているのだろうか。

だとしたら、そいつらを許さない。

許せない。

絶対に訴えてやる。

その為にも、一刻も早く家に帰るのだ。

それから、そいつらとあの変な奴らの事を考えよう。

家に着いてからどう訴えてやるか考えるのも遅くはない。

そう頭に過った時だ。


「きゃっ!」


強烈な異臭と共に何かが視界に入る。

思わず何なのか見てしまったが、直ぐにそれを後悔した。

それは、腐って蛆やら色んなものが沸いたヒトガタの肉塊だった。


「う…うぅぅ……」


臭いも相俟って吐き気に襲われる。

急いで此処から離れたいのに、体が言う事を聞いてくれなくなった。


「おーおー、綺麗なベベ着た姉ちゃんだなぁ」


下品そうな声と共に、数人の男が現れた。

腐敗臭の方が強烈ではあるものの、男達からもその見た目通り、一体何日風呂に入っていないのか分からない体臭がした。


「どっかの上等な姫さんだろうよ。綺麗なおべべは金にして、俺らは姫さんで楽しむかぁ」

「いやっ!臭い!汚い!離して!」


男達は彩耶香の腕や足を掴む。


「げへへへ。汚ねえかぁ。お前もこれから俺らと同じになるんだぜぇ」

「いやぁっ!!」

「九条さんから離れろっ!」


彩耶香に追い付いた緋眼は、ロトを男達に投げ付けた。

ロトは分身して、男達の鳩尾にタックルを決めた。


「がぁっ!」

「ぐえっ!」


タックルが決まった男達は、鳩尾を押さえて倒れた。


「九条さん、大丈夫ですか?」

「いやっ!」


肩に触れようとした緋眼の手を彩耶香は叩いた。

彩耶香の拒絶に緋眼は動揺してしまう。


「此処、危険。早ク戻レ」


ロトの声で我に返った緋眼も、強烈な腐敗臭とその元凶に気付いて思わず袖で鼻を覆った。


「く、九条さん、戻りましょう?」

「あっち行って!」


恐る恐る緋眼は彩耶香に手を差し出すが、彩耶香はそれを取る事なく拒絶の態度を変えない。


「ぐぅ…。テメエら…逃げられると思うなよ…」


男達は鳩尾をまだ押さえてはいるが、一人、また一人と起き上がってきた。


「危険、危険」

「九条さん!」

「放っておいてよ…。パパに…助けてもらうから…」


涙を流し震える彩耶香の手にはスマホが握られていたが、圏外のままだ。


「九条さん…」

「助けが来る前に綺麗なテメエらは八つ裂きだよ!」


男達は帯刀していた刀を抜いて襲い掛かってきた。


「いやぁっ!」

「ロト!」

「了解!」


ロトは男一人一人に対峙出来る数に分身して、生成したドリルで刀を受け止める。

そして受け止めるだけでなく、そのまま男達を吹き飛ばした。


「ぐわぁっ!」

「何だこりゃ…」

「妖か!?」


飛ばされた男達は、改めてロトを見て怯んでいるようだ。


「九条さん、今の内に逃げましょう!リネットに乗ってください!」


荷物持ちのリネットは、キャリーバッグと一体化している。

そのキャリーバッグを横に倒せば、側面に乗る事が出来るのだ。

しかし、彩耶香は緋眼から目を逸らした。


「放っておいてって言ってるでしょ…。貴女…私をこんな所に足止めして何のつもり?」

「え?」

「いくら貰ったの?貴女も私が妬ましい?私の困る顔見て満足?」


緋眼にとってはよく分からない言葉の数々に、彩耶香に何と声を掛けるべきか分からなくなった。


「雑魚がぁ!邪魔すんなよ!」


ロトに手こずっている男達は、苛立たしげに刀を振るうがロトの反撃にあっている。

男達はロトに任せておいて大丈夫だろうが、死体もあり異臭が激しい上、頼光達に無断で外にいる。

何より、こうしてならず者に襲われたり何があったりするのか分からない状況だ。

彩耶香が何を勘違いしているのか緋眼には分からないが、真っ直ぐと彩耶香を見詰めた。


「今のこの状況が理解出来ないのは私も同じです。不安しかないです。でも、此処で何かあったら帰れなくなってしまいます!私には帰りたい家があります!家族がいます!九条さんもそうなのでしょう?なら、絶対に一緒に帰りましょう!その為にも、此処にいたら駄目です!」


緋眼は改めて彩耶香に手を差し出した。

彩耶香は揺れる瞳で緋眼の手を見た。

まだ迷っているのだろう。

何度か視線を漂わせた後、漸く震える手で緋眼の手を取ろうとした。


「危険!危険!」

「ぎゃあああぁぁぁぁ!」

「!?」


ロトが男達から離れた瞬間、男達は巨大な何かに潰された。


「な…なに…?」

「識別不明、識別不明。妖ノ可能性アリ」

「……」

「ガアァァァァァ!」


舞う粉塵の中からは、おぞましい雄叫びが聞こえてきた。

粉塵が晴れる前に、それは襲い掛かってきた。


「きゃああああっ!」


振り下ろされたものをロトが受け止めるが、一撃が重かった。

リネットは強制的に彩耶香と緋眼を自身に乗せてその場を離れると、その瞬間にロトが地面に叩き付けられた。


「ロト!」

「きゃあああ!」


それは間髪入れずに叫んだ緋眼に向かってきた。

しかし、ロトが飛び出すのと同時に、それは何かに縛られたかのように動きが止まった。

動きの止まったその姿は異形の獣に見え、荒々しく息を吐いていた。


「姫!」


後ろからは弥彦が走ってきていた。

そのまま弥彦は太刀を抜き、異形の獣を切り捨てた。


「ガアァァァァァ!」


雄叫びを上げた獣に弥彦は何やら印を組むと、倒れて動かなくなった。


「お怪我はありませんか!?」


リネットに乗ったままの緋眼と彩耶香の元に駆けた弥彦は、膝を付いて二人の様子を伺っている。


「…私は平気です。九条さんは?」


彩耶香は言葉を発せられないのか、ただ首を縦に振るだけだった。


「都の中とは言え、治安が良いわけではありません。特にこの辺りは死体が多い故か瘴気しょうきも強いようです。それに引かれて妖も来たのでしょう」


弥彦は切り捨てた妖を一瞥してから述べた。


「何故お二人で外に出てしまわれたのかは存じませんが、一先ず戻りましょう」


弥彦は立ち上がる。

彩耶香も特に反論しなかったので、リネットに乗ったまま弥彦の後に付いて屋敷に戻った。



「姫!無事であったか」


屋敷の門の前では頼光達だけでなく、蓬蝉や晴明と董禾もいた。


「弥彦殿、よく二人を見付けてくださいました」

「はい」

「怪我してないかな?護衛も付けずに外に出るのは危険だよ」

「また屋敷から抜け出して故郷に戻ろうとしたのではないのか?」


綱の言葉に皆眉尻を下げた様だった。


「此処では落ち着かぬであろう。中に入ってから続きを話そう」

「そうですね。姫君達の顔色も良くないようです」


屋敷に入るように促されたので、緋眼はリネットから降りる。

けれども、彩耶香は立てないようだった。

その体はまだ震えていた。

彩耶香の様子に気付いた弥彦は、彼女に一言声を掛けてから横抱きにして屋敷内へと運んだ。


砂埃の付いた着物から一旦着替えて広間に集まった。

昨日と同じ位置に座るよう促される。


「さて、何をお話ししましょうかね」


晴明は緋眼と彩耶香を見遣った。


「…この子は悪くないわ」

「え?」


すると、彩耶香が呟くように口を開いた。


「逃げ出した私を追い掛けて助けてくれただけ…。責めるなら私だけ責めなさいよ」

「九条さん…」


覇気のない声で彩耶香はそう吐き捨てた。


「勘違いしないでくださいね。何もその事を責めるつもりは微塵もありませんよ」


晴明は変わらぬ落ち着いた声で彩耶香に声を掛けた。


「その様子では怖い目にあったのでしょう。私達も貴女達に外の危険性をお話ししておりませんでした。申し訳ありません」


そう言うと晴明は頭を下げた。


「お恥ずかしい話ですが、都の治安は決して良いとは言えません。野盗は出ますし妖も出ます。特に女性が外に出るのはとても危険なのです」

「昨日、姫が外へ出られた際に綱と貞光が付いたのも護衛の為。大切な姫君に何かあっては一大事なのでな。そなたらのその様子では、そなたらの故郷は女子一人が出歩いても問題ないようだが此処は違うのだ。その事を覚えておいてほしい」


最初に晴明が話した通り、屋敷の外に出た事を責めているのではなく、二人を本当に心配しているように見受けられた。

緋眼も野盗とおぼしきならず者達と妖と直面し、改めて此処が自分達がいた世界と違う事を痛感させられた。


「…あの化け物は本物なの…?此処は…私の知ってる世界じゃないの…?」


彩耶香は力なく呟くと、枯れる事のない涙を流した。


「九条さん…」

「姫達の身の安全は我々が必ず守ると誓おう。故郷へと戻る方法も探す。だから、どうか我々に姫達の力を貸してはくれぬだろうか」


頼光は真摯な面持ちで緋眼と彩耶香を見遣った。

期待は出来ないものの、元の世界に戻る方法を探すと考えてくれる事は有り難かった。

しかし、力を貸すと言う言葉にはどうも首を縦に振れそうにない。


「今日はもう休まれてはいかがでしょう。気を病んでしまっては大病にも繋がります」

「そうだな。まだ当面の間は気が滅入るであろう。無理せず休むのが大事だな」


動けない彩耶香を再度弥彦が横抱きにして部屋に運んでいった。

緋眼はそんな背中を見ていたが、直ぐに立ち上がった。


「貴女もゆっくり休んでくださいね」

「ありがとうございます。ちょっと九条さんの所へ行ってきます」


一礼してから緋眼は彩耶香の部屋へ向かった。


「緋眼殿?」


彩耶香の部屋へ向かうと、ちょうど弥彦が御簾を下げて出てくるところだった。


「どうかされたのですか?」

「九条さんの様子が気になって…」


御簾に隔たれて中の様子は見えないものの、緋眼は廊下に正座してから一つ息を吸った。


「九条さん、お腹…空いてませんか?お粥とか食べませんか?」


彩耶香は昨日から何も食べていない筈だ。

先ずは振りやすい話題から声を掛けてみた。


「……いらない」


返事は返ってきたが、ぶっきらぼうなものだった。


「えと…お腹が空いていたら、余計気が滅入っちゃうと思うんです。私、登山で食べようと思ってたご飯とかお菓子、それに遭難した時用に非常食もあるので、良かったら少しでもいかがですか?」


緋眼は言いながらリュックやリネットのキャリーバッグから食料を取り出していく。

隣で立っていた弥彦も膝を付くと、何を言うでもなく静かに見ていた。

彩耶香の返事を待っていたが、なかなか返事は返ってこなかった。


「…カップスープもあるんです。今は食欲がないかもしれませんから、お腹が空いた時の為に置いておきますね」


またいらないや、あっちに行けと言われるかもしれない。

でも緋眼はカップスープと使い捨てのスプーンをいくつか袋に詰めて、御簾の前に置いた。


「…ここ……開けてよ」

「!」


不意に聞こえたのは彩耶香の声だった。

弥彦は静かな動作で御簾を上げると、そこには彩耶香が立っていた。


「ホントに色々持ってるのね、貴女」


彩耶香はしゃがむと、緋眼が取り出したお菓子や食料を手に取る。


「てか、非常食ってなによ。まあ…確かに私達…大遭難中よね、今…」


苦笑に近いような笑い。

けれども彩耶香は小さく声を出して笑っていた。

それを見た緋眼は、自分の顔が綻ぶのが分かった。


「スープ、食べたいな」

「っ!はい!直ぐにご用意しますね!」


緋眼は彩耶香に食べたいカップスープを選んでもらうと、それを手に持ち立ち上がった。


「調理されるのですよね?僕もお供しましょう」

「ありがとうございます。お湯があれば出来るので。直ぐに戻ってくるので待っていてくださいね!」


弥彦の案内でくりやに向かう緋眼の姿を彩耶香は黙って見送った。


緋眼と弥彦が戻ると彩耶香はカップスープだけでなく、缶珈琲を飲んでお菓子もいくつか口に入れた。

先程よりは気を持ち直したように見える彩耶香の姿に、緋眼は安堵の笑みを浮かべた。


「貴女、名前何だっけ?」


不意に彩耶香から問い掛けられる。


「緋眼です。十六夜緋眼です」

「ふーん…。緋眼…ね。変わった名前ね」

「よく言われます。彼岸生まれだから緋眼なんだそうです。安直な名前ですよね」


名前については言われ慣れている事もあって、緋眼はいつもの返しをする。

内容よりは、彩耶香と話が出来るようになって嬉しい気持ちが勝った。


「どっちのお彼岸?」

「秋です」

「じゃあ、9月生まれなんだ。私は来月……あ、6月で二十歳はたち…だったの…」


彩耶香が行方不明になったのは五月。

その感覚で話してから、今此処は全く違う世界である事。

そして目の前の緋眼にとっては、それが五年前である事など色々思ったのだろう。

また表情が曇ってしまった。


「来月になったらお祝いしましょう!二十歳のお祝いは大事じゃないですか。あっ、でも此処では今何月なんですか?」


言ってから、関係ない月日にお祝いしても意味がないと気付き、ずっと控えてくれている弥彦を見た。


「えっと…暦のお話しですか?」

「暦ノ月ヲ知リタイノデス」


ロトが弥彦の理解に助け船を出してくれる。


「今月は卯月ですが」

「卯月って事は4月ですか?」

「コノ世界モ太陰暦ト思ワレル。後デ詳シク調ベルガ、卯月ハ太陽暦デ大体5月ニ当タル」

「なら来月で大丈夫そうですね!頼光様達にもお話ししてお祝いしましょう!」

「ありがと…。それまでには帰れてたら一番良いんだけど」


彩耶香のその言葉に、緋眼は視線を落とした。


「そう…ですよね…」

「ごめんね。折角元気付けてくれてるのに。疲れちゃったから、ちょっと寝るわね…」

「お疲れなのに済みません…。あ、ゼリーも置いておきますね。お休みなさい」


彩耶香が横になるのを見ると、ゼリーを置いてから緋眼と弥彦は廊下に出た。


「こればかりは姫に気を強く持っていただくしかありません。緋眼殿も、ご自身の心を大切になさってください」

「はい…。ありがとうございます」


御簾を下ろした弥彦と分かれると、緋眼も自分の部屋に戻って横になった。

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