第21話 熟女の魅力に勝てませぬ
「なるほどな。それは確かに災難だったの。じゃが詠歌キサマ――腑抜けか」
「ふふ、瑠璃ちゃん。世の中に絶対は無いのですよ」
瑠璃の冷たい視線をさらりと受け流し、詠歌はズズッとお茶をすすった。
「長い人生、負けることの一つや二つありますよ。慌てない慌てない……」
「なんじゃコイツ。頭までババアになっとるのか? クソじゃな」
「る、瑠璃さま、もう少し言葉を選んでくだされ!」
『阿頼耶識』45層。鬼たちの隠れ里である。老婆の姿にされた詠歌と乙は、瑠璃たち鬼の元に身を寄せていた。カタキラウワの討伐に助力を乞うためだった。
「この通り詠歌がやられてな」
肩に乗る乙の声も、覇気がない。
瑠璃はふんと鼻を鳴らし詠歌を見る。老いている。どことなく上品さもある温和な老婆であるが、老人は老人だ。これがあの破軍巫女かと思うと苦々しい気分になる。
「情け無いのぅ……、無様にやられおって」
「あれは強い妖ですよ。無策で近づけば痛い目を見ます。それは酒呑童子と言えど同じこと。あまり責めるものではありませんよ」
「ハッ、痛い目見たやつが言うと、説得力が凄いの」
一方詠歌は、まわりが戸惑うほど落ち着いていた。
ライ信が用意した熱い茶も、座布団も驚くほど体になじむ。
カタキラウワは霊力と共に『若さ』を奪い取った。その結果、詠歌の思考や、物の捉え方も熟年者のそれになっている。
「すぐにあの豚野郎を追おうと思ったんだがなァ、見ての通りこのざまだァ。アイツはすばしっこい。今もダンジョンの中を逃げ回ってやがる。問題は詠歌の霊力を盗られた事だ。おい詠歌」
「はいな。乙さん」
座ったままの詠歌が指を振る。簡易式神が飛び翼を広げる。そこに映し出されたのは、洞窟内を疾駆する豚の集団だった。
「『
「かの豚さんたちは、『若さ』を奪います。私とて破軍巫女と呼ばれた使い手。もちろん呪への防御は有りましたが、無力でした。おそらくは『特定の行動を成功させる』を条件に一切の
強い呪いを作る場合、条件を付けるという方法がある。型にはめることで呪いは強く、濃くなる。
「ふん。呪いが強力であろうと所詮は豚じゃろう。そこのアホ巫女のように油断せねば問題なかろう」
「ふふふ、瑠璃ちゃん、豚は意外と素早いのですよ」
「お前がトロいんじゃ」
「まぁ良かろう……。妾らが行ってサクッと焼き豚にしてやろうぞ」
鬼姫はニィと笑うと大金棒を担ぎ上げた。
「姫様、我らもお供を」
「良かろう。許す」
彼女に付き従うのは、ライ信を含む屈強な鬼たちである。
☆★☆彡
意気揚々とカタキラウワの集団に近づいた瑠璃たちは、一斉に炎をまとう大金棒を撃ち降ろした。
炎に巻かれ木っ端のように吹き飛んでいく豚ども見て瑠璃は
鬼と豚との衝突はそんな風にして幕を開ける。
なにせ豚は数が多い。後ろに回られれば股をくぐられる鬼もいた。
だが、くぐられたところで、鬼たちに変化はない。
「やはりやはり! 妾の読みは当たったのぅ」
彼女には秘策があった。カタキラウワは『若さ』を奪うという。詠歌の老い方を見ればおよそ50年ほど。だが1000年の月日を生きる鬼である瑠璃たちは『寿命』が長い。ゆえに『老い』が遠い。
比較的年老いた鬼であるライ信であろうと、まだまだ生きる。多少『若さ』を盗られたところで影響はないのだ。
「かーっははは!! 馬鹿め! 貴様らなど夕食のおかずにしてくれる!」
蹴散らし、首魁であるカタキラウワに肉薄する。呪いさえなければ所詮豚である。
だがカタキラウワは身体能力もずば抜けていた。接触寸前に方向転換。ドリフトを決めながら瑠璃の背後にまわる。
そしてそのまま、瑠璃の可愛らしいお尻に突進した。
「くくくっ! 馬鹿めそれは効かぬとまだわからんかぁ!」
瑠璃はあえてくぐらせた。自身は飛び上がり上方から強襲する構えであったこともある。飛び上がり、一度くぐらせ、振り向きざまに焼き尽くす。
敵の攻撃を受けたうえで、最大火力でぶちのめす!
それが最強の鬼である酒呑童子の戦い方である。
「かーっかっかっか! これでとどめじゃ!」
――だがそれが悪かった。
カタキラウワが瑠璃の下を通りすぎる。
その瞬間に、呪いが発動する。
「ぶもっ、ぶもっ、ぶもももぉお!!(若さは要らん。もっと色気を!) ぶももももももおおおお!!!(年を経ないガキはおよびじゃないんよ――――!!)
豚が叫ぶ。その声こそが呪いの本体だ。強烈な思念が周囲を覆う。
「な、何事じゃ!?」
「おおお、豚が、豚が光っておるぞぉぉおお!!」
「なんじゃあああああああああ!!」
瑠璃を含む鬼たちが全員、それに巻き込まれた。
そして光がやんで、静寂が訪れたとき。
「――な、なに? 豚さんはどうなったの? 姫様は?」
「すごい光だったわね、あら。私達どうして……」
「え。私ったらこんな声だったかしら……?」
女だ。十数人の少しばかり年増の妙齢の女たちが、それぞれ困惑した様子で座っていた。
その女たちは上半身裸だった。赤銅色の肌。額の二本の角。その特徴に合致するのは鬼だ。女の鬼。だが先ほどまでいたのは、男の鬼たちだったハズだ。鬼の男は上半身に衣を身につけない。
肉感的な肉体を惜しげもなく晒す彼女らは衣を羽織らず、乳房があらわになっている。
「ひ、姫様……、瑠璃さまはいずこですか!?」
その中でもひときわ美人で色気を放つ女がいた。
「わかりませぬ。何が何やらわかりませぬが、何かがおかしいです! 瑠璃さま、瑠璃さまぁ! 何処に居られますか、ライ信はここにおります! 瑠璃様ぁ!」
美女はライ信だという。
その名は、髭ずらで初老で筋骨隆々で人間の文化に詳しい鬼姫の腹心であるはずだ。
「ら、ライしんん……わらわ、わらわぁ……」
「おお姫様、ご無事で――、うっ、なんとこれは……」
ライ信を名乗る美女は絶句した。彼女が見つけたのは、緋色の衣に包まれた3歳程度の女の子供だった。
「らいしん、らいしんん……」
子供はぐずぐずと泣いた。だがその顔にライ信は見覚えがあった。今は遠くなってしまった遥昔、主の幼き時分の記憶。
「る、瑠璃様……なのですか? 幼子になっておりますぞ……」
「らいしんもぉ……なんでおんなのひとぉ……」
そんな風に困惑する鬼たちから少し離れた場所で、元凶である豚はいななきを上げる。
「ぶふふふ、ぶるるるるるん、ぶふふふっふぁぁぁぁああああ!!!(熟女天国最高かよぉぉぉおお!!!! 熟女と幼子の組み合わせ、
詠歌も瑠璃も乙もライ信も誤解していた。
カタキラウワは相手を無力化するために『若さ』を奪っていたわけでは無い。
彼は熟女が大好きだった。
ゆえに、ゆえにだ。ただ自分の理想の熟女を得たいがために、『若さ』を奪っていたに過ぎないのだった。
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