豚ぱにっくの章

第20話 カタキラウワ

「今日はオークを開放しますっ!」


 と詠歌が言ったから今日は焼き豚チャーシュー記念日である。


『阿頼耶識』8層でたむろするのは、人型に豚の頭がちょこんと乗った亜人たち。ファンタジー作品でよくいるやられキャラ、醜悪なりし豚人間。オークたちである。


「オークは『阿頼耶識』の中じゃあ、ゴブリンに次ぐ弱さを誇る魔物だァ。こいつらはある豚の妖を元に作られた魔物らしい。俺も詳しい事ぁ知らんがな、どうやら陰陽寮はこいつらを作る際、大分揉めたらしい。? となァ」


「そうなの? 豚の妖でしょ? そんなに強い子いたっけ?」


 詠歌の脳裏に浮かぶのは、西遊記に語られる豚の神仙、猪八戒五能であるとか、奈良の山奥にいた一つ目の大猪とかである。


 しかし猪八戒は所詮伝説に語られる存在であるし、奈良のイノシシならば詠歌は滅したことがある。それなりの陰陽師であるならば敵ではない程度の強さだったはずだ。


「そうなんだよなぁ。豚で強い奴なんかいたかァ? まぁ解いてみりゃわかるぜェ。というわけでだな。先んじて呪印を背負ったヤツは俺が捕獲しておいた」


 乙の触手が暗闇からひきずりだしてきたのは、一頭のオスのオークだ。何の変哲もない。特に大きくもなく、強そうでもない。だがその背には、『滅魔減精めつまげんせいの呪印』が怪しげな光をはなつ。


「わぁ、展開はやーい……、なんかこういうのって三分クッキングみたいだよね。『ということで、一時間寝かせたものがこちらです――』みたいな!」


「馬鹿言ってんじゃねぇ。解呪を待ってる妖どもはまだまだいやがるんだ。雑魚の解呪に時間かけてられねぇだけだ。ほれ、さっさとしやがれ」


 人使いあらい~とぶー垂れながら、詠歌は呪印解除の準備を始める。


 鬼姫瑠璃の後、詠歌はいくつかの魔物の解呪に成功している。


 その甲斐もあって、方法はかなりスマートになった。三節程度の祝詞によって、オークの背から呪印が消えていく。


 時間を取って解析してみれば、力技でなくても解除可能な呪いだったのだ。


「瑠璃は痛い目、み損だったなぁ」

「でも、瑠璃ちゃんのを解呪して、初めて分かったことが多いんだよぉ」


 話す間にも、煙に包まれたオークの身体が変わっていく。


 下位の妖は呪いを持ったまま探索者に討たれ、身も心も魔物に落ちている。それを解除すれば、即時姿が変わるのだ。


「さぁ、君はどんな妖だったんだいっ!?」


 煙が晴れる。

 そこから現れたのは――。


「豚だ……」


 豚だった。普通の豚だ。体重100㎏に満たないであろう少し小さめの豚。つるりとした体表に小さな尻尾をゆらしブゴブゴと鳴く。黒くつぶらな目を詠歌に向けた。


「乙どうしよう! これ豚さんだよ!? 陰陽寮のオババたち間違えて妖じゃなくて普通の豚さんに呪いかけたんだよ!!!」


「んなわけあるかボケ! と言いてぇところだがなぁ。確かにコイツぁ豚だな」


「あ、でもこの子耳が欠けてるね。眼も片方潰れてる。知ってる乙? 片目が潰れてるのは強い妖の特徴なんだよ」


「テメェ俺をなめてんのか。何千年生きてると思ってんだ……確かにコイツぁ片目だな。しかし強そうにはとても――」


 確かに豚は耳と目が片方欠けていた。

 だがどう見ても豚である。


「ぶごぶごぶご……」


 片耳片目の豚は鼻を鳴らしながら詠歌の足元に近づく。


「あ、ちょっと待てよ。大昔に聞いたことがあったな。確かあれは沖縄の方の伝承だったか……」


「わぁ、見てみて乙。豚さん可愛いよ? ――ちょ、ちょっとやだァスカートの中入っちゃ駄目だってェ」


 豚は執拗に詠歌の尻や脚の匂いを嗅いでいた。それは犬などもたまに行う行為であったから詠歌はそれほど気にしていなかった。


 ぶごぶごぶご。


「あははは、やだぁ、そこくすぐったいよぉ」


 ぶごぶごぶご。


「ううん、もう変なとこばっかり嗅がないでってぇ……」


「おい、詠歌ァ、ヤバいかもしれねぇぞ。段々思い出してきたァ、確かそいつァヤバい特性があってだな――」


 豚は詠歌の足の間にぐいぐいと身を割り込ませる。最初は膝を閉じ抵抗していた詠歌であったが、しつこい豚に負けついに脚の間を少し開けてしまう。その間に豚はするりと入り込み、詠歌の股間に頭を擦り付け、そして通りすぎていった。


「やだぁ……、もうえっちな豚さん……」


 ほほを染める詠歌を見ながら乙の声は緊張をはらむ。


「チッ、アウトだぜ詠歌。そいつの特技は股くぐり。股をくぐられた奴ァ……魂を取られる」


「はえ?」


 詠歌が間の抜けた声を上げた瞬間だ。


 詠歌の身体からしゅわしゅわと紫色の煙が立ち上がる。それは霊力が可視化されたものだ。煙は詠歌の身体を離れ、豚の身体に吸い込まれていく。


 詠歌はそれを見ながら抗いようのない虚脱感に襲われていた。


「はれ、はれ、なん、で、身体が縮んで……」


 変化は急激だ。まだ16歳である詠歌の若々しい身体が急速に老いていく。肌から艶が失われ、髪が白くなり抜け落ちる。足は衰え、腰が少しばかり曲がる。


「わ、わだし、どうなったのぉ……?」


 気が付いたときには、若々しいのは服装だけの老婆がへたり込んでいた。


「『カタキラウワ』そいつの名はカタキラウワだ。無害そうな顔しやがって、股をくぐった相手の魂を壊し、身体を壊し、ついでに尊厳も壊す。クソみたいな性格の妖だァ……」


「ぶひっ、ぶひひひひぃ」


 老婆になった詠歌を見て豚はくっと嫌らしく口を曲げた。先ほどまでの無害そうな豚しぐさとは違う。勝利を確信した者の笑みだった。


―――――――――――――――――――


鵺が出てくる章になると言ったな。すまないアレは嘘だ(^ω^)

正解は、豚だぁぁぁぁっぁぁあああああああ!!!!

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