第22話 ちち、しり、ふともも

 場所は鬼の里である。

 乙の前に並んで座る敗北者たちが居た。


 それはすなわち、詠歌、瑠璃、ライ信である。


性別転換T Sと寿命搾取の合わせ技たァ、ものの見事にやられたもんだなァ……」


 カタキラウワには親玉がいる。

 詠歌の霊力を直接奪い、呪いを進化させた豚。名を『チジン丸』。

 その性は好色にて奔放。熟女好きの豚野郎だ。


「思い出したわ。あいつカタキラウワの中でも変わりもんでな。元々の呪いは股くぐりをした相手の魂を奪うってェもんだったが、アイツだけは男の股ァくぐってをぶっ壊しちまう。そんな性悪が詠歌の霊力を手に入れた。結果悪ふざけで、呪いを進化させやがった」


「お、男をぶっ壊す、とは……。壊された覚えはありませぬが、しかしこの姿は確かに男でなくされたとも言え……うーん」


「あいちゅ、ゆるせない! やっつけてぇ!」


 まず声を上げたのは、ライ信と瑠璃だった。


 むくつけき大鬼であったライ信は今や妙齢の美女になっている。


 切れ長の眼、形のよい唇、美しい顔。さらに、鍛え上げられつつも女性らしい身体。物憂げに溜め息をつくさまは非常に男のさがを刺激する。


(しかしえらく、美人になりやがったなコイツ……)


 と、触手だけの身体である乙ですら、ライ信の姿形には意識を向けさせられた。


「やだやだやだぁ、よわいのやー!」


 一方、ライ信の膝の上で叫ぶのが瑠璃だ。鬼姫は今は無力な幼子である。


「わらわはさいきょーじゃないとダメぇ!」


「ああ、瑠璃様、そのように暴れられては」


 瑠璃をあやしながらうつむくものだから、ライ信の黒髪がさらりと流れる。それをかきあげ、クッと眉を寄せた。その表情が非常に悩ましい。


(あの髭面がここまで美女になりやがるかよ……)


 と乙はまたもや目を取られた。


「よしよし、瑠璃ちゃん。大丈夫ですよ。このおばばがそのうち戻してあげますよ」


「そのうちやだ! いま! いまもどしてぇ!」


「ごめんねぇ。今は霊力奪われちゃったからね。ごめんねぇ」


 こちらは老婆に変じた詠歌も対応する。だが根本的解決がなされないのだから、機嫌は悪いままだ。結果、瑠璃はライ信の膝の上で暴れに暴れた。だだっこそのものだ。


「ううう、ゆるせない~~!! やだぁああー!!」


「る、瑠璃さま落ち着いて、落ち着いてくだされ、――あんっ」


 勢いあまって振り回す手がライ信の胸に当たった。豊満な乳は弾力もすさまじく、当てた手がばいんと跳ね帰り瑠璃の顔面にヒット。


「ふぎゃ」


 顔面どころではない。鼻に命中した。


「いたい……けど、なにそれぇ……」


「大丈夫ですか瑠璃さま! すいませぬお怪我は!?」


「だ、だいじょうぶ、だけど……」


 鼻っつらを自分で叩いてしまった痛みもあるが、その弾力に瑠璃の目は真ん丸になった。なにその大きさ……と、思ったのだ。元の瑠璃の胸はまな板である。


「ライしん、ちょっとさわらせて」

「む、なにをですかな」

「いいから」


 そして瑠璃は問答無用でライ信の胸をわし掴んだ。


「うんっ」


「なにこれ、なにこれ……」


 ぐにぐに


「あ、はぁ……♡」


「おかしい、おかしい、こんなのぉ」


 ぐにぐにぐに


「いや、おやめくださ、あぁ……」


「なんで、らいしんに、こんなのが生えるの?????」


 ぐにぐにぐに、ぐにぐにぐに


「ああ、瑠璃さま、そんなご無体な……ああん♡」


「おかしい、おかしい、おかしいいいいいい」


 こねこねこね、ぺちぺちぺち


「――――くっ、あっ。そんな、ああああ!!」


 こうも揉んでいると、いい加減疲れもくる。頬を染め身をくゆらせるライ信を見ながら瑠璃は押し黙った。そして最後に、

 

 パァン! と横乳をひっぱたいた。


「いった!? 何をなさいます瑠璃さま!!」


「なんか、むかついたわ……」


 そのままそっぽを向いてしまった。


「もうよい、ねる。そのあいだに、たいさくかんがえて……」


 繰り返すと瑠璃はまな板だった。


 配下であり、男であったライ信が、同性の目からしても魅力的な乳をしていたためイラついたのだ。


 瑠璃はそのまま隅で丸くなりほどなく寝息を立てはじめた。


 ふて寝である。


「なんと、自由な……」


 ライ信は幼女になっても傍若無人な主人に多少閉口したが、そこは忠誠心溢れる大鬼である。寒くないようにと瑠璃に掛物をかけてから会話に戻った。


「しかし困りましたな……。瑠璃さまもあの調子で、連れて行った男衆もすっかり大人しくなっておりまする。呪いの影響でしょうかな。積極的に炊事洗濯を始めて女衆が怯えている有様です」


「詠歌が心までばばあになっちまったからな。性格や思考にも影響が出るんだろう。この手の呪いは、時間が経てば経つほど治らなくなるからなァ……。そのうち完全に変化して戻れなくなるだろうよ」


 これは大問題だった。 

 戦闘要員が居なくなってしまったのだから。


「誰ならばあれを討てるのでしょうか……?」


 ライ信はちらりと詠歌を見た。

 老婆になったとはいえ、破軍巫女殿ならばと期待したのだ。


「はいはい。ええ、これはね、作戦がね、必要ですよねぇ……」


 なのに詠歌は静かに茶をすする。

 騒動の発端である彼女は回りが心配になるほどのほほんとしている。


 ☆★☆彡


 詠歌たちが作戦会議という名のじゃれ合いをしている間にも、悪性変異したカタキラウワのチジン丸はダンジョン内で暴威を振りまいていた。


 その犠牲になったのは、38層に居た探索者パーティ『ダンジョン探偵堂間事務所』の堂間どうま誠太郎だった。


「態勢を立て直しなさい。銃を構えて! 怯むんじゃありませんよ」


「「はいっ!!」」


 犠牲とは言うが、まだ戦闘中である。彼らは呪いを受けながらも撤退を選択しなかった。戦って勝って、呪いを解く事を選択したのだ。


「逃がしたら、元に戻れないと思ってください。ここで必ず仕留めましょう」


 すこしたれ目でだるそうな表情をした、妙に色気がある眼鏡をかけたの美女が指揮を執っていた。スーツを着ているが、胸元は開かれYシャツの間から肌色が露出している。男物の服は、胸回りが窮屈だから開けたのだ。


 彼の周りでは従業員がDDDMダンジョン開発機構――これもバックに居るのは陰陽寮であるが、――から支給された呪印弾入りの銃を構え乱射していた。そして彼女らも残らず妙齢の女性だった。


「せ、誠太郎さん、数が多すぎますよぉ!」

「泣き言は駄目です。撃って撃って撃ちまくってくださいよ」


 じりじりと押されていた。

 銃撃をものともせずに豚の大群が迫るからだ。


「なんなんですかねこいつらは……。呪いはもうかかったのに、まだうちらに用があるのですかねぇ……」


 『堂間事務所』の探索スタイルは、オーソドックスな少人数パーティだ。


 総員5名のパーティでダンジョンに潜る彼らの業務内容は、ダンジョン内の調査、地図作成、魔物の排除、ダンジョン犯罪の予防と解決。と多岐にわたる。

 

 彼は元々は公安の刑事だった。正義のために人生を捧げていたが、ある事件で上に反発し、職を失った。


 その後、職を転々とした後、ダンジョン内で活動する私立探偵を開業。


 ダンジョン犯罪を暴くというスタイルがヒットし、あっという間に実力と人気を兼ね備えたネームド探索者になったのだ。


「最近発生している和風モンスターの調査をと言われてきたものの、これは割にあわん仕事ですねぇ」


 咥えタバコに火をつけて苦笑い。不意打ちを受け呪われたものの、百戦錬磨の堂間事務所は一歩も引かなかった。だが引かなかった事が逆に災いした。今や大量のカタキラウワに囲まれている。


「ぶもっ、ぶもっ、ぶもももも!!(ちち、しり、ふともも!! ちち、しり、ふともも!!!)」


 彼らを囲むカタキラウワ達の目つきが怖い。

 言葉は通じないものの、邪な考えが透けて見えるようだった。


 今やカタキラウワの一団は、頂点であるチジン丸の放つエロの波動に汚染され熟れた女体しか目に入らない、性欲に支配された愚豚の群れとなっていたのだ。


「いやぁ、これは万事休す。うちら何をされるんでしょうねぇ……」

 

 パーティの一人が豚の攻撃を受けた際、真っ先に服を狙われた。蹄と口で無理やり衣服を破り取っていった。そしてこのプレッシャーである。


 をされるかもしれないという危機感を、女性に変じた身体がビシバシと予感させていた。


「――もし、そこのお嬢さん、お困りのようですね。良ければこのおばばに手助けをさせてほしいのですよ」


 そんな時だ。


 背後から声をかけたのは、白髪を蓄えた柔和な表情をした老婆。


 つまるところ、詠歌だった。






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