第15話 鬼の里とテイマー系陰陽師
「我ら鬼の里は危機に瀕しておりまする。瑠璃さま及び鬼全体にかかった呪いとは別の脅威です。すなわち、陰陽師どもが扮する探索者どもの攻撃ですな」
居住まいを正し語るのは、瑠璃の腹心、大鬼のライ信だ。
鬼たちにかかっていた呪いを解いた詠歌は彼らの里に招待されていた。
瑠璃個人の弱体化と、種族全体への黄泉がえりを阻害し魔物に堕とす呪いは、根源を同じくする。
もろとも解除することで瑠璃弱体化の呪いのみならず、魔物化の呪いも解けている。呪は強固だったが、破軍巫女である詠歌の手にかかれば造作もないこと。
ただ、代償が無かったわけでもない。
「――はぁぁぁあ!? こんなクソボケに助けを求めるなど正気かライ信! そやつは破軍巫女ぞ! ダメに決まって――、痛っ、いたたたた……っ! ううう、痛い、痛いよぉ……。なんでこんなに痛いんじゃあ……」
里に担ぎ込まれた鬼姫瑠璃は、うつ伏せで泣いていた。
背中が真っ赤に腫れ見るも無残なありさま。
相当痛いのだ。
身動きもできず突っ伏している。
「呪いを解いてくれたのは感謝するが、この屈辱はゆるせん……。丸見えではないか!」
着物がかかるのも痛く感じるため、背中から尻にかけて肌をさらしている。
ぷりんとした尻がちらちら見えるため、ライ信は臣下の礼として、必死に目をそらしていた。
「酒呑ちゃん痛そうだね……。そうだ。ふーふーしてあげようか? それで痛み少しマシになるよ」
「や、やめんかぁ! 今は風さえも痛い、――ふぎゃあ!?」
「ごめん、もうふーふーしちゃった♪」
「き、貴様、貴様ァ……!」
「今の吐息に傷を癒す効果があるから我慢してよぉ。治療術は結構難しいんだよ」
鬼姫瑠璃のそばに座る詠歌は上機嫌だった。
瑠璃の反応が面白いのもあるが、年恰好が近い彼女と殺し合いをせずに話せる今の状況がうれしいのだ。
「ねぇねぇ、酒呑ちゃん呼びが嫌なら、瑠璃ちゃんって呼んでいいかな?」
「断る! そっちではないわ! 『ちゃん』を止めよと言っている!」
「えー、いきなり呼び捨てもちょっとどうかと思う……。あと可愛くないし」
「お前の好みなど知らんわぁ! あ、イタ、イタタタ!?」
詠歌に対し怒鳴るが、そのたびに痛みがぶり返し涙目になる。さすがの酒呑童子もこうなっては何もできない。
「――あの様子では、瑠璃さまはしばらく駄目ですかな」
「あァ、あれだけの呪いを無理やり引きはがしたんだァ、今日一日くらいは動けねェな」
溜め息交じりのライ信が話しかけるのは、詠歌から離れ座布団に鎮座するピンク色の触手の塊、乙である。
『
「やつらは普通の探索者どもにまじって鬼の里を襲うのです。もちろんワシらも負けておりませぬ。応戦し追い返していたのですがな。最近新しい凄腕の陰陽師がやってきたのですな」
それがこ奴です――。とライ信が取り出したのは、やたらと高級そうなタブレットだった。
タブレット。
――最近では一般化した、OSの入ったデジタル機械製品だ。動画をみたり、絵を描いたり、文章を書いたり調べ物をしたりとなんにでも使える文明の利器である。
それが、時代がかった髭面の鬼の手から差し出された事に、さすがの乙も少し面食らう。
「――お前、……これ、どうしたァ」
人間どもからぶん捕ったか? と思ったのだ。だが、
「ワシの私物です。
「はァ? お前も配信者だとォ?」
「ええ、ええ。顔さえ出さなければ洞窟内からでも配信はできますからな。ダンジョン配信のおかげで洞窟内はフリーWI-FI完備ですから」
などという。
聞けば登録者はすでに50万人だとか。
それは詠歌などよりも、数万倍も多い。
「――しばらく見ねェ間に、妖も変わったもんだなァ」
「破軍巫女殿にぶちのめされ、皆ちりじりにされましたからな。人間社会に溶け込まざる得ないものも多かったと思います。――それよりもです」
話を戻したライ信が指し示すタブレットには、あるチャンネルの配信が流れていた。見慣れたダンジョンの風景。ダンジョン配信者であるらしい。
「奴は、陰陽師としての顔のほかに、表の顔も持っております。それがこれです」
それは少女だった。詠歌や瑠璃とそれほど変わらない。
だが、違いがあるとすれば、多くの魔物を連れている事だった。
『こんいろはー!ボクの名は【魔物女王】錦いろは~! 今日は阿頼耶識の45層に単独潜入してます! 未踏破境界は40層だろうって? そう、何を隠そう、ボク
“いろはちゃんマジやべぇ!!”
“はぁ? ソロ探索者が一気に更新かよ……歴史的瞬間じゃね”
“死んでたって……、いろはちゃんが殺したんじゃ”
“40層のレッドドレイク、いろはちゃんの後ろにいるじゃん”
『お、よくぞ気づいてくれました! この子は瀕死で倒れてたのさ! そこをすかさず「よ~~しよしよし!」見事テイムしちゃったってわけ!』
画面の中で、深紅の四足竜が大きな咆哮を上げた。
リスナーたちはその迫力にたくさんのコメントを投げる。
『戦力が大幅に増えたのさ! なので一気に行っちゃいます! 目的は最近噂になっている和風モンス! その中でも【鬼】がここ45層に居るって情報を得た――ってわけ!』
画面の中で活発な少女がVサイン。
その背後には総勢10頭を超える大型の魔物が雄叫びを上げていた。
『鬼って、会話もできるらしいじゃない!? そんな魔物……みんなも気になるよね? 暴いちゃおうダンジョンの謎!』
“いろはちゃん期待あげ!”
“魔物の不思議を解き明かしてくれー”
“女の子の鬼とか捕まえたらすごくね?”
“労働力になるな。奴隷にできるかもしれん”
“奴隷って、物騒だなぁ”
“でも、魔物をエネルギーに使うって話はあるんだよなー”
“今でもダンジョンの外で魔物は使われ始めてるしな”
“鬼娘、性サービス……、行きたいかも”
“最低”
“女さんは黙っててもろて”
“着想が鬼畜なんよ”
「――前までは陰陽師として襲って来ていたのですが、今日は配信者としてやってくる……。これはワシらの里を壊滅せしめ、衆人に晒す気でいるのではないでしょうか? 人間が我らの存在を知り、捕らえたとなれば、碌な未来は来ないと思うのです」
乙はタブレットをにらみつけた。
彼女の引き連れる魔物たちの身体からうっすらと呪の残滓が見える。
絶対服従の呪。
意思を奪い、尊厳を犯し、術者の操り人形にする呪いだ。
「カッ、何がテイマーだ。術で無理やり操ってるだけじゃねェか……」
にこやかに笑う少女の腹の中にどす黒い思惑が透けて見えた。
「オイ、詠歌ァ……。出番だァ。そこの使い物にならねェ鬼の首領の代わりに、こいつを迎え撃て」
「ほえ?」
「そこの鬼姫と仲良くなりてェんだろ? ついでに陰陽師共のクソな策略をぶっつぶすチャンスだよォ!」
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