第14話 鬼の呪印をえいっ(べりっ)

「破軍巫女ぉ……。おのれぇ、今さらわらわに何用だぁ。わらいに来たかあざけりに来たかぁ。弱き鬼に堕ちた妾を愚弄ぐろうしに来たか。それどころか、こんな異形の者どもをけしかけおってぇ……。さらに妾の郎党を危険にさらしおってェ! どこまでも我らを馬鹿にしたその態度ォ! 万死に値するぅぅぅぅぅうううう、う、ううう~~~っ!」


「な、泣かないでくだされ瑠璃るりさま。我らはここに健在ですぞ。もう戦いは終わったのですぞ」


「おお、おいたわしや。すっかり心が萎えて。我らのために勇猛果敢に戦った反動か。呪いを押して頑張ってくださったのじゃなぁ……」


「よし者ども、全力で瑠璃さまをよしよしするのだ。我等の主をこのままにしてはならぬ」


「さぁ瑠璃様、うさたんの人形もありますゆえ、心を落ち着かせてくだされい」


「ううう、おのれおのれ破軍巫女ぉ……」


 詠歌の前で泣きべそをかくのは五代目酒呑童子、鬼姫瑠璃である。


 その周りで屈強な鬼たちが甲斐甲斐しく走り回る。瑠璃に毛布をかぶせ、ぬいぐるみをわたし、年長の女の鬼が瑠璃を抱きしめた。


 その姿は見た目相応か、さらに幼いの童女のようである。


 そんな瑠璃を詠歌は驚きをもって眺めていた。


(えー、ええー、これが酒吞ちゃん? ちょっと変わりすぎて受け入れられないんだけど……)


 昔の酒呑ちゃんと違いすぎる。

 かつては剛力無双の最悪の鬼だったのに――。と


 さきほどの再会劇。


 瑠璃は、詠歌を見ると、すぐさま襲い掛かってきた。

 鬼の大金棒を振り上げ、炎を纏わせた一撃を見舞わんと突っ込んでくる。


 詠歌は身構えた。

 出会いがしらから壮絶な殺し合いになる。

 鬼の大将、酒呑童子は並みの相手ではない。


 まずは拳を交える必要がある。

 話はそれからだ。その段階でどちらかが瀕死になろうとも。

 

 だがうれしくもあった。


 最強の破軍巫女だった詠歌と対等に戦えるのは、最強の酒呑童子しかいなかった。詠歌にとって瑠璃は特別だったのだ。宿命のライバルでもあり、いつか友人になりたいと思っていた相手である。


『久しぶり酒呑ちゃん、元気してた!?』

『うるさい、気安く呼ぶな! 破軍巫女、死んでしまえぇ!!』


 殺意を持った交流。

 だが、壮絶を予感させた出会いがしらの乾坤一擲けんこんいってきは不発に終わる。


 瑠璃の攻撃を詠歌が自動パッシブで張っていた霊的防御が阻んだ。


 瑠璃は輝くバリアじみた障壁に顔面から激突。そのままノックアウトされた。


 あまりにあっけない結末だ。過去の酒呑童子では考えられない。


 しばらくしてから復活はしたものの、何もできず敗れたと知ってひとしきりわめいたり泣いたりしての今である――。



「酒吞ちゃん、弱くなっちゃってるの?」

「だ、誰が弱いだと!」


 いまだ重介護を受ける瑠璃に、詠歌の無慈悲な一言が突き刺さる。


「私といっしょだね!」

「妾は弱くない! まだ戦えるわ! う、持病の呪印がぁ……」


「抑えてくだされい。御身にご無理は禁物ですぞ。――破軍巫女殿もどうかご慈悲を。瑠璃様は陰陽師らめに打たれた呪いのせいで、本来の力の百分の一以下に弱体化しておるのです。そのうえ、その百分の一を出せるのも一瞬。さらにさらに精神薄弱の呪いにも……」


 説明するのは、一度悪鬼に変じその後鬼に戻ったライ信である。この初老の鬼は彼女の腹心の部下だ。


「ええい放せライ信、こやつ、こやつだけはぁぁあああ! 大金棒の錆にしてくれるぅ!」


「瑠璃様こそ、落ち着きなされい。今戦えばもろとも壁のシミにされますぞ」


 ジタバタと暴れる瑠璃を羽交い絞めにする。

 

「そんなことがあったんだ。なんだかごめんね。――あ、鬼ってこんなに残ってたんだ。この先に里があるの? 凄いよ。ダンジョンの中に住んでるんだ。私も引っ越したんだよ。これからご近所さんだね」


「黙れ! 誰のせいでこんな場所にいると思っている。貴様のせいだぞ貴様のっ! くそう、このような屈辱、やはり破軍巫女殺すぅ!」


「えー、私もう陰陽師やめたんだよぉ、仲良くしようよぉ。過去は水に流してさー」


「我等一族を滅ぼしかけておいてその言いぐさぁ!」


「それに酒吞ちゃんザコザコになったんでしょ~? 私といっしょだ。もう殺し合うことないよぉ。あ、私は力取り戻したんだっけ」


「ふ、ざ、け、る、なぁぁぁあ!!」


 あっけらかんと笑う詠歌は、しばらくのVtuber生活のせいですっかり煽り癖がついていた。それも無自覚に。


 激高しやすい瑠璃はさらに怒り心頭。話は一向に進まない。


 その迷走ぶりに詠歌の中に居る乙は『埒が明かんな』と溜め息をついた。


『おい、詠歌ァ、お前ちょっと口開けろやァ』

「え、なに乙――うぐ、もが」


 詠歌が口を開いた隙に、にゅるりと乙の触手が現れる。


 まさか中身出てくる!? と詠歌はとっさに後ろを向いた。予感は的中。ずるずると詠歌の口から乙が這い出る。げほげほとえづきながら吐き出した。


「ううう、うえぇ……うえぇえ、げほっ、げほっ、――いきなり出てこないでよぉ!! ていうか簡単には出てこれないんじゃないのぉ!?」


「うるせェ。条件次第だよ条件次第。テメェじゃ説明できねぇだろうがァ」


 詠歌の口からまろび出る、ピンク色の触手の集合体には目つきの悪い瞳が一対。


 それを見て、鬼たちの間からどよめきが起こった。


「た、太歳たいさいじゃ……」

「『阿頼耶識の主』か」

「ダンジョンの王、ほんとうに居たんじゃな」

「数千年生きるという大妖魔の」

「あれが噂の……」


 瑠璃も目を丸くしている。

 こちらは乙の登場の仕方に驚いたのだが。

 

「よお、久しぶりだなぁ瑠璃ィ。ダンジョン暮らしはどうだァ。新入りが迷惑かけちまったが『太歳たいさい』の名においてここは抑えてくれねェかァ?」


「――ぐ、うう。太歳殿がそういわれるのであれば……。だが、だが説明はしてもらうぞ! なぜ破軍巫女めがここに居る!?」


「まぁ、つもる話はあるんだがよォ……、先に用事を済ませさせてもらうぜ。――詠歌ァわかるか。瑠璃の身体についてる呪い。これが鬼の一族にかけられた呪いの元だァ」


「うん、わかるよ。これを取れば解決するの?」


「そうだァ。――瑠璃、ちょっと後ろ向け。そして背中を出せ。オイ、そこの鬼! 瑠璃の身体ァ抑えやがれ」


 乙が命令を飛ばすと、ライ信がびくりと反応し、瑠璃を抑える。そして着物のえりを持ち一気に引き下ろした。


「な、なにをぉぉぉおお!!??」


 腹心の部下にいきなり脱がされた瑠璃はさらに涙目。


「ら、ライ信!?」


「す、すみませぬ瑠璃様……、なぜか、なぜか身体がかってに……、太歳殿の命には逆らえず……、すみませぬ、すみませぬ」


 せめて前だけはと胸を押さえうずくまった。そんな瑠璃の背を、乙の触手が触れる。「ひゃい!?」と瑠璃が可愛い声を上げた。


「これが『滅魔減精めつまげんせいの呪印』。妖どもの力を奪い、魔物に貶める陰陽師どもの悪法だァ」


 瑠璃の身体。本来ならばたおやかな乙女の背中であるそこには一面に醜悪な呪詛が刻み込まれていた。赤黒くどくどくと脈打つ呪印。見るだけで寒気を覚えるような文様である。


「こいつがある限り、鬼どもは順次オーガに堕とされる。強い鬼は抗っちゃいるがな。それでも長くはもたねェ。陰陽師どもは探索者と名を変えて、魔物を狩る。そのついでに妖も狩ってるんだァ。狩られた妖は次に黄泉がえる時には魔物だァ――これは鬼どもが絶滅するまで続く」


 ――いけるか詠歌ァ? と乙は問いかける。


「うん。任せて」


 詠歌は瑠璃に近づいた。

 半裸のままの瑠璃は何をされるか分からず震えた。


 殺されるのか? こんな格好で? 

 しかし止めをさすのが破軍巫女ならば――と思いながらぎゅっと目をつぶった。


「酒吞ちゃん。ちょーっと痛いけど、我慢してね」


 詠歌はそう言って瑠璃の背中に触れる。

 そして呪印を持ち、一気に


「い、いっだぁぁぁあああ―――――――――っ!!!???」


 阿頼耶識ダンジョンに瑠璃の悲鳴が響きわたる。


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