第13話 酒呑童子ー鬼の姫、瑠璃ー
巨大ダンジョン『阿頼耶識』の45層。そこは戦場であった。
「ものどもひるむな! 押し返すのだ、鬼族の
黒と朱の鬼どもが防御壁を境に攻防を繰り広げている。
黒の鬼とは詠歌の呪によって変じた悪鬼である。悪鬼は消滅を恐れない。戦いへの怯えなどその胸にはひとかけらも抱かず、ただただ前へ前へ。
すべての鬼を自らと同じ存在にするまで進むのをやめない。
詠歌がそう作ったからだ。
対するは朱の鬼たち。身体は悪鬼よりも大きなものもあれば小さいものもあり、不揃いである。大男もいれば、女、子供もいる。共通するのは朱色の体色と額に生える二本の角だ。
防御陣地も粗末である。土を盛り作った即席の壁と木製の大盾が並ぶ。盾を支えるのは、屈強な大鬼たちで、そこに殺到する悪鬼を盾でもって押し返す。背からは女子供の鬼たちが投石を繰り返す。原始的な戦い方である。
「敵に触れるでないぞ! 触れればそこから黒く
朱の鬼たちの指揮を執るのは、まだ幼さも残る少女だった。朱というほど色の濃くない桃色の肌。小柄な体躯に深紅の衣をまとい、爛々と輝く金の瞳で戦場を
だが戦況は劣勢である。
「があ、がアアアア、るるるアアアアアううぅぅウウウウ!!」
狂ったように殺到する悪鬼に応戦する。
鬼たちはスクラムを組み、かばい合いながら戦っていた。
触られれば終わりなのだ。救いであるのは具足越しであるなら無効である点。それでも敵の攻撃は苛烈で、盾は次々と破られていく。
「う、うわぁ!」
まだ年若い少年の鬼が盾を弾き飛ばされた。その衝撃で腰を抜かす。すぐには立てない彼の前に瘴気を纏わせた悪鬼が近づいた。
「ぬぅううん!!」
そこに割って入ったのは、ひときわ大きな身体をした大鬼だった。いかつい容貌、剛毛の髭を蓄えた初老の鬼だ。大鉄棒を一振りし悪鬼を粉砕する。
「陣に戻れぃ! ワシが守る」
頷き走り出す少年鬼。彼を振り返らず、初老の鬼は敵をにらんだ。
鬼の陣はじわじわと後退を余儀なくされている。少年鬼を逃がしている間に、彼は突出してしまっていた。
「暴れる間に、態勢を整えよ!」
吠え敵陣に突入。数匹の悪鬼を吹き飛ばす。だがその代償は大きい。孤軍奮闘すれば当然敵に触れられる。黒く変じていく身体。だが彼は気迫で変化を拒みながら、暴れた。しかし、それも限界がある。
「――アアア、ぐうう、――る、
「よくぞ言った、ライ
それに答えたのは、盾持ちの鬼たちを踏み台に飛びまわっていた少女鬼だ。彼女は手に持つ大金棒に火焔を纏わせ、ライ信と呼ばれた変異しかけの鬼の上へ跳躍。
「歯ぁ――、食いしばるがよい!」
その脳天に金棒を打ち下ろす。
「おお瑠璃さま、ありがたきしあわ――ぶげらぁ!!」
打撃はすさまじいものだった。
感謝の言葉を残しながら鬼の頭は身体にめり込む。だが衝撃はそれだけで止まらない。身体ごと地面に埋まる。さらにとまず大地が砕け巨大なクレーターと化した。
中心にいる鬼はそのまま黒く変じたが、地中に埋まり身動きをしなくなる。
単純な破壊では妖は滅すことはできない。それでなくもと数少ない鬼の同胞である。やすやすとこの世から消すなどできるわけもなく、瑠璃と呼ばれた鬼が取ったのは、戦闘不能にし戦線離脱させるという消極的な策である。
「次は
地を蹴り、少女鬼・瑠璃は悪鬼の集団の直上に舞い上がった。
大金棒を構え振りかぶる。
「
振金棒から色とりどりの炎が生まれる。悪鬼どもに向けてそれを振り下ろすと、花火のごとく極彩色の炎が炸裂した。鬼の炎は衝撃を伴う。殺到していた悪鬼たちは吹き飛ばされ、動かなくなる。
「今のうちに、ライ信の抜けた穴を埋めよ! 隊列を組みなおせ! 女子供を守るのじゃ!」
「おおおお!! さすが姫様じゃ!」
「五代目酒吞童子! あっぱれでござる!!」
「瑠璃様! 瑠璃様ァ! 天下無双の大戦鬼ィ!!」
「ぬははは!! 我が郎党どもよ、もっと褒めても良いぞ!」
彼女こそが、第五代酒呑童子、またの名を
首領である瑠璃の活躍に湧く鬼たちであるが、状況は変わっていない。
黒い悪鬼たちは次から次へと湧いてくる。
ダンジョンの浅層の方から次々とやってくる。その数は増すばかりだ。
どうしてこんな奇怪な鬼が発生したのか。また、何故こちらの鬼を変じさせようとするのか。瑠璃には思い当たることはない。
呪の一種であることは分かる。
であるならば、卑劣なる人間どもが何かをしているのだろうか。
「妾らを滅ぼそうとしたばかりか、さらに追っ手をかけるとは。
鬼は日本の妖の中で、最も強く勢力が隆盛であった。昔話にも登場し、広く存在を知られ恐れられた。神仏にもなった鬼もいる。とはいえそれは昔。
今や、ダンジョンの奥に押し込められ、さらには追われる身である。
「そもそもは破軍巫女めに敗北を喫した妾のせいか……。いいや、落ち込むのは今ではあるまい……。鬼でありながら妾に仇なす不埒ものを討ち、鬼の誇りを守るのじゃ!」
背後で配下たちが陣形を整えた。
もう一合戦である。見れば黒い鬼はますます数を増やしている。
「たとえ刺し違えようと、誇り高き鬼は負けぬ! いざ尋常に勝負である!」
瑠璃は大金棒を振り回し大見得を切った。
だが――
「ルぅぅぅぅぅウウウウォォォおオオオオオ!!!!!!」
ひときわ大きな雄叫びがダンジョンに響き渡る。
現れたのは黒い体に甲冑を纏った異形の鬼武者だ。
「ヌ……あぁ……」
その鬼武者をひと目見た瞬間から、瑠璃の戦意は急速に萎えた。
とても適うわけはない。と理解してしまったからだ。
その威容、圧迫感、身にまとう濃い瘴気。この黒い鬼たちの首魁であるのだろうが、こいつは強い。あまりにも強いと感じた。瑠璃ほどの鬼であるから理解は一瞬なのだ。今の自分では善戦もできず、大太刀の一振りで滅されてしまうだろうと。
鬼武者が抜き身の大太刀を振り上げる。
「口惜しや……、せめてわが身が万全であれば」
瑠璃はうなだれた。
そして心の中で
自分の後に殲滅されるであろう鬼の残党たちに。
陰陽師どもの呪によって、通常の黄泉返りは封じられている。五度の復活を果たした妾もついに愚鈍なるオーガに変じるか……とあきらめた時だ。
「――す、ストップ、ストップ!! 黒鉄悪鬼止まりなさい! その子は切っちゃ駄目だよ!!」
鬼武者の背から顔を出したのは人間の少女――詠歌だった。
「酒呑ちゃん! 酒呑ちゃんだよね? なんだか弱っちくなってるけど……。私詠歌だよ! 昔に戦った破軍巫女の詠歌だよ!」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
「妾を、その、虫唾が走る呼び方をするのは――――」
桃色の小さな顔に乗る黄金の双眸がつり上がる。
「破軍巫女ォォォォオオオオオオオオ!! 貴様の仕業かぁァぁアアア!!!!」
戦意は萎えたはずだった。
だが宿敵の顔を見た瞬間、瑠璃の鬼の闘争本能は頂点に達したのだった。
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