第16話 魔物女王

    ◇◇◇


 私の名前は、にしきいろは。

 国家退魔陰陽寮・かなでに所属する第2級陰陽師だ。


 私はこの仕事に誇りを持っている。

 いや、いたというべきか。


 その理由は、陰陽師が人々の安寧を守る存在だからだ。


 あやかしは悪。陰陽師はその悪を挫くヒーロー。そう信じてきた。


 陰陽術の修行は幼いころからはじまる。そして陰陽師は一族単位でその職に就く。なぜなら血統が大事だからだ。陰陽術に必須の力、霊力の総量は血統で決まる。


 私の所属する錦家は、陰陽寮奏が有する陰陽師家の中のでも五本の指に入る名家だった。その家に生まれた私もエリートとして将来に期待されたはずだ。


 だが、駄目だった。

 成長して分かったこと。

 

 私の身体は微々たる霊力しか保有していなかった。

 だから。


 『出来損ない』


 そう呼ばれるのに時間はかからなかった。



 私と同年代の少女が陰陽寮に居た。

 奏詠歌という子だった。


 陰陽寮の実質的トップである三星雲母さんせいまいかさまたちが、どこかからか連れてきた子供だ。


 彼女は凄かった。

 綺羅星のごとくあふれ出る霊力で、教えた端からつぎつぎと陰陽術を習得していく。特に対妖戦では並ぶもののない戦果を挙げた。


 霊力総量と戦闘センス。両輪でずば抜けていたのだ。


 彼女はあれよあれという間に、陰陽寮に伝わる最強の退魔陰陽師の称号【破軍巫女】の名を手に入れた。その時まだ彼女は10歳だ。


 対して私はまだ修行中の身だった。


 普通の陰陽師ならばそろそろ実戦に出される年だというのに、私は初級の訓練でつまずいていた。


 陰陽寮の本殿ですれ違った事を覚えている。


 彼女は三星雲母さんせいまいかさまたちと共に豪華な衣装を着て歩いていた。しっかりと前を向いて。目を輝かせて。


 私は下を向いて、唇をかんでいた。

 惨めだったからだ。悔しかったからだ。


 年も近い。性別も同じ。

 両親は私に隠れてよく言っていた。


『詠歌さまと比べ、いろははなぜこんなにも弱いのか』と。



 くそったれ。


 私だって、あんなふうになりたかったよ。




  ◇◇◇



「イケイケどんどん! このレッドドレイクちゃんの炎すごいなぁ。 お、あんなところにサイクロップス発見~。やってしまうのさ、ドレイクちゃん!」


 魔物女王、錦いろはの号令に従い、レッドドレイクが大口を開けた。

 アギトの中に燃えるのは深紅に燃える激しい炎だ。


 それが、噴射される。洞窟内が赤く染まった。

 炎にまかれたサイクロップスは雄叫びを上げて転がりまわるしかできなかった。


 レッドドレイクの火焔ブレスはその程度では消えない。たっぷり1分は焼かれただろうか、黒焦げになったサイクロップスはその巨体をダンジョンの岩肌に横たえる。


 “レッドドレイクやばいな”

 “サイクロップスを一撃かよ”


 “40層以降はこんな強い魔物が出るんだー”

 ”ちょっと強すぎじゃね? 刀や銃で戦う前衛職涙目だろ”


 “全探索者の中でテイマーが最強職になる未来、あると思います”

 “竜種自体が貴重なのに、それを捕獲したいろはちゃん、ネームドの中でも頭一つ抜けたな”


 レッドドレイクの戦闘を見守るのは、配信用の中継ドローン。

 そしてその向こう側にいる視聴者たちである。


「きゃ~わいい! ドレイクちゃんの可愛さは失禁もの! そして強さは絶頂もの! ああ~、イッチャウイッチャウ! ……え、イッチャウはアウト? ライン越え? のんのん、ボクの配信では下ネタなんでもありサ。だって魔物ちゃんたちはパンツ履いてないからね。野生の子たちだからね。その女王たるボクも流儀に倣うのサっ!」


 “いろはちゃん色々ぶち切れててオモロイww”

 “顔はめっちゃ可愛いのに狂人なんだよな”


 “そのギャップがいい”

 “パンツ履いてないてマジ?”


 “妄想が膨らむ”


 魔物たちを鼓舞するいろはは、派手な色に染めたショートカットと奇抜なメイクをしている。服はボーイッシュなものだ。ショートパンツから伸びた太ももがまぶしい。


 振り切れたような笑顔を振りまき、魔物たちを操る。


 彼女に人間のパーティメンバーは必要ない。

 魔物一匹が、並みの探索者十人相当の戦力になるからだ。


 ゆえに彼女は常に一人ソロ

 魔物を愛する、ダンジョンの開拓者パイオニア


 そう思われているのだが――。


『――ジジ、――、いろはさん、聞こえますかね? 捕獲部隊の近藤です』


 彼女の耳に通信機越しで男の声が入ってくる。


 その瞬間、笑顔だったいろはの顔つきが変わる。だがそれも一瞬のこと。すぐに笑顔に戻りカメラに向かって言う。


「さー、ちょっとここで休憩するね。この子たちの休憩もだけど、ぶっちゃけボクの休憩! もっとはっきり言うとおしっこ!!」


 “いうないうないうなwww”

 “申告しなくてもいいから行ってこい”


 “配信中のトイレなんか、みんな理由つけてカメラ止めるだろうに、いろは様ときたらww”

 

「ごっめんねー! じゃあチョッパやでいってきマッスル!」


 手を振りながらカメラをオフ。

 そこでまた顔つきが変わる。


「――首尾はどう? 鬼の里は包囲できたの?」


 先ほどまでのハイテンションとは打って変わって、氷点下のような冷たい声だ。


『はいな。鬼どもの反撃はなく、里は静まり返っていますね。数日前の抵抗が嘘のようで』


「そう。さんざん虐めてあげた効果があったのかもしれない。前に捕まえた鬼たちは?」


『人質として連行していますね。どうしますか?』


「里の前で痛めつけて。動揺を誘えるし、激高して理性をなくしてくれば都合がいいわ。ああ、なぶるのは男だけに」


『はい、女子供は例のルートに流すのでしたね』


「魔物の売買は貴重な資金源です。その為にあなた達を雇ったのだから、『魔物密猟団』しっかり働いてください」


『もちろんです。くくく、捕まった時はどうなるかと思いましたがこんなおいしい仕事を回してくれるとは感謝しかありませんよ』


「しばらくしたら私と魔物たちが行きます。それまで敵意をしっかり煽っておいてください。筋書は『新種の魔物のコロニーを発見。いきなり攻撃をされた私。やむなく応戦し制圧。鬼という意思疎通のできる種族の発見。配信で大々的に周知』その先は――、上のものの仕事です」


『了解しました。――しかし。ははっ、アイドル探索者がこんなワルだとは知りませんでしたね』


「言っておきますが、もしばらしたりヘマをしたら――」


『へいへい。殺すってんでしょう? 分かってますよ。あんたの背後にどんな組織がいるかは知りはしませんが恐ろしいことで。ではでは、お待ちしていますよ』


 そう言い残して唐突に通信が切れる。

 いろははしばらく何もない虚空を見つめ考えていた。


 妖が破軍巫女の手によって滅ぼされて数年、陰陽寮は変わってしまった。


 今では組織を維持するために、妖の残党――魔物を有効活用することばかりに腐心している。こんな行いは、人々を守るヒーローなんかではないはずだ。


 考えれば考えるほど、抑えきれない嫌悪感が胸の内に広がった。


(ほんとうに誰もかれもゲスばっかり……。まぁ、私も同類だけど)


 グルルルルゥと、魔物たちがそんないろはに顔を寄せた。


「あんたたちだって、呪法で縛られてるだけなんだよ? 私の事を慕ってくれてるその気持ちも、呪いなんだよ? わかってるの?」


 だが魔物たちはただ喉を鳴らし服従の意を示すだけだった。

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