恋人っぽいこと

「撮影おーわりっと!」

 おわり? ……本当に?

「面白いことできたかなあ……」

 取れ高あった? あったかなあ?

「ばっちりだぜ。あとは編集でどうにか!」

「そうなんだあ」

 桐生くんの『タイガーチャンネル』の人気企画の“モテ塾”へのゲスト出演。わたしなんかでよかったのかなあ、って最初は思っていたけれども、桐生くんがカメラをカバンにしまい始めたから、これでいいらしい。なんだかいつも通りだった。わたしとお出かけしたときとそんなに変わらなかったような?

「今日は本当にありがとう!」

「いやいや」

 変えようとしたところはある。今回、桐生くんにオファーされてから、妹の環菜と相談して、わたしも『実践編』をしていたのだ。デートっぽいこと。その、恋人みたいなことを、やってみた。手をつないで歩くって、とっても恋人っぽいと思うの。ただ、くっつくのは引かれちゃったかもしれないなあ……反省……。

 環菜は「女のほうからどんどんいかないと!」とアドバイスされている。実際、環菜は年下のベンチャー企業の経営者さんにぐいぐい迫っていって、赤ちゃんを授かっての結婚、という流れだし。一理ある。

「これから、どうするの?」

 くっつくのがよくなかったのは、タイミングが悪かっただけ。うん。あのときは、まだ撮影中だったからだよ。それに、告白もしていなかったから。

「これからって?」

「もっと恋人っぽいこと、しない?」

「……といいますと?」

 たぶん、こういうところがよくなかったんだと思う。わたしたち。こうやって、はぐらかしちゃうところが。友だちであって恋人でもある、どっちつかずの答えで落ち着いちゃうところも。

「こっちこっち」

 今日は。今日こそは違うよ。過去に何度も来たことがあるから、うちには呼ばない。きっと、いつも通りになっちゃう。おじいちゃんもおばあちゃんも、今日はいる。ふたりとも、桐生くんのことを知っているから、とびきりおいしいごはんを用意してくれるだろう。おなかいっぱい食べて、そのあと解散。これじゃ、何も変わっていない。

「ここって」

 いわゆるラブホテル的な宿泊施設だ。来ちゃったあああ。昨日のうちに、その、いろんなやり方は調べておいた。男の子が悦ぶなんとかテクニック的な……。下着も上下揃えてきて、ムダ毛も処理してきたから、たぶん、大丈夫。自信は、まったくないけれども!

「入ろ?」

 わかっていないふりをして『休憩って書いてあるから、休憩しようよ』と言うのも一つの手として考えていた。けれども、やっぱりそういうのがよくないんだとも思う。そうやってごまかしてきて、今のわたしたちになった。どんどんいかないと。

「……今日の鏡、おかしくない?」

「そうかな?」

「もふもふさんがいたときみたいで」

「耳は生えていないよ」

 もふもふさん。わたしが小学校六年生のときに現れて、かれこれ五年間はいっしょにいた。白くてもふもふの大きな犬、もとい、オオカミさん。たまにカラダを乗っ取って、わたしの知らないうちにイロイロとしていたみたいだけども、今はいなくなった。いないから、オオカミの耳も生えてきていない。

「なら、鏡の本心、ってこと?」

「えっ、もしかして、前に来たことある? もふもふさんの入った状態で?」

 乗っ取られているあいだ、わたしの記憶はない。イロイロしてきたなかに、桐生くんと、その……今からしようとしていることをしている可能性はなきにしもあらず? いや、もしかして他の人と……。

「い、いや! それはないぜ!」

「そうなの?」

「あれでいて『貴虎のために文月のはじめてはとっておいてやる』って言ってたし」

 うわあ、言いそう。もふもふさん、こういうセリフをわたしの口から言うんだから、頭が痛くなる。

「おれは、ずっと、鏡とは友だちでいたいし、もしおれから告白して、断られて、それから嫌われて、連絡してもらえなくなったらどうしようかと思ってた。おれが誘ったら、下心があるんじゃないかって疑われるのも嫌だったぜ」

 ぼろぼろと本音を話してくれた。そんなあ……。桐生くんの中のわたし、断っちゃうように見えていたの?

「だから今回も企画ってことにした。なんかミライがキレてたけど」

「そうなんだあ」

「鏡は、その、いいの? おれと付き合って?」

 こういうところだぞ桐生貴虎! ――ああなんかもふもふさんの声が聞こえる。気のせい気のせい。

「桐生くんは、小学校の頃からずーっとみんなの人気者で、中学では野球部で頑張ってたし、高校は、バンド活動やっていたじゃない? むしろ、わたしなんかと仲良くしていていいのかなあ、って思っていたよ」

「なんかって、そんな」

「わたしの知らないところで、彼女と付き合って、キラキラ青春ライフをエンジョイしているんだとばかり」

 中学まではいっしょのところだったけれども、高校からは別だったし。桐生くんのことだから、てっきり。

「モテたいっていう願望はなかったわけじゃないけど、彼女はできなかったぜ」

「そうなの!?」

「鏡のほうこそ」

「できてないよお!」

 わたしのそばにはもふもふさんがいたし……ん? さっきの桐生くんの証言から鑑みるに、もふもふさんが有象無象の男の子たちをブロックしていた可能性があるな?

「なら、お互いに、はじめての彼氏彼女ってこと?」

「そうかも」

「そうなんだ……」

「だから、さ、わたしもどうすればいいのか、よくわからないけれども、恋人っぽいこと、しよ?」

「お、おう」

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