【モテ塾実践】これがオトナのデートなのか?

「やっほー! タイガーだぜ!」

かがみ文月ふぢゅきでつ! 本日はよろしゅ!」


 あっ、噛んだ。緊張してる。


「はわあ……もう一回……」

「今のでいいと思うぜ」

「そんなあ!」


 今日は『タイガーチャンネル』の動画の撮影だ。鏡をゲストに呼んでいる。瞬く間に人気コンテンツとなった“モテ塾”企画、の実践編だぜ。


 おれの動画を見たことのない人に向けて補足しておくと、この“モテ塾”は、おれの知り合いで『困っちゃうぐらい女性にモテる人』をとして出演していただき、絶賛婚活中の迷える未婚リスナーたちとおれに“モテ”の極意を伝授してもらっちゃおう! という企画となっている。動画は前後編に分かれていて、前編は座学パートが中心。後編は彼女役(過去にキサキちゃんやサナエさん)をエスコートする実技パート。


 今回の実践編では、これまでの“モテ塾”での学びを活かしたいぜ。


「もう一度聞くけれども、本当にわたしでいいの?」


 鏡は『タイガーチャンネル』の古参リスナーで、一連の“モテ塾”の動画を見てくれている。だからオファーしたんだけども、なんだか自信なさそう。出演依頼するときに一回、今日カメラを回す前に一回、で今。三度目の確認。


「わたし、面白いことできないよ?」

「普段通りでいいぜ」

「う、うん……」


 実践編のゲストに関して、おれが「鏡に頼もうと思うんだけど」って相談したときの、ミライとキサキちゃんの反応を思い出す。ミライは「ダッサ」と言いやがったんだけど、キサキちゃんは「やるじゃん! 告っちゃえ!」って後押ししてくれた。


 ミライが否定的なのも、ちょっとだけわかる。企画っていうおあつらえ向きな舞台設定によって、おれからの告白を断りにくいような雰囲気を作り出している、みたいな。なんだか卑怯な手に見えなくもない。わかるぜ。九割の成功の、残りの一割の失敗を防ごうと必死になっている。ダサいよな。


 でも、おれのほうから鏡を誘う文面が、このぐらいしか思いつかなかった。おれは動画のネタができて、鏡は動画を見てくれた人へ『シックスティーンアイス』の宣伝ができる。


「これから美術館に行くぜ!」

「えっ。動物園じゃないの?」


 おれと鏡が待ち合わせたのは上野公園。鏡は上野動物園だとばかり思っていたっぽいけれども、違うぜ。


「ちっちっ。おれたちはもう『アラサー』だぜ?」

「うん……」


 鏡は95年の7月31日生まれで、おれは96年の1月9日生まれ。2024年現在、巷では結婚適齢期だとかなんとか言われるような年齢、だと思う。


「オトナのデートなら、動物園じゃなくて美術館!」

「そうかな?」

「芸術鑑賞をして、インスピレーションを、こう。インプットが多ければ多いほど、いいアイディアも浮かびやすいっていうし」

「そうかも?」

「というわけで、行くぜ!」


 と、おれが一歩踏み出すと、鏡がささっと近付いてきて、おれの左手をぎゅっと握ってきた。右手にはGoProを持っている。


「わっ!」

「わっ?」


 慌てて引っ込めるおれ。引っ込められるとは思っていなかったっぽい鏡。


「っと、と、な、なに?」

「何って……デートなら、手をつないだほうがいいのかなって……」

「過去回、手つないでたっけ?」

「つないでいないかも」

「な、なら、いいんじゃないかな、つながなくても。ほら、手、ばっちいし。つなぐとしても洗ってからのほうがいいぜ。うん。美術館に入ったら、即トイレに行って洗っておく!」


 おれが早口でまくしたてると、今度は「なら、こう?」と左腕に絡みついてきた。鏡のことだから、やっているんじゃない、はずだけど、密着されると、その――


「どうしたの?」

「あの、鏡サン?」

「?」

「鏡サンがいいのなら、一向にかまわんのデスが」

「なんでカタコトなの?」

「その……おむねが……」


 ここまで言って、最初に噛んだときと同じぐらい顔を赤くして、おれから一歩ぶん離れてくれた。歴代講師の方々ならこのぐらい、どうってことないんだろうけど、おれには刺激が強い。映せない部分が危ないところだった。


「ご、ごめ」

「鏡が謝ることじゃないぜ」

「気をつけるね」

「いや、その、……あ、あとで! あとで手はつなごうぜ!」


 鏡から握ってくれたことも、くっついてくれたことも嬉しいことではある。うん。嬉しいんだけども今じゃなくて。


「! うんっ!」


(ここで撮影が一旦途切れる)


「はーーーーーーーーーーーー」


 クソでかため息から撮影再開。なぜなら、美術館の館内は撮影が禁止されていたから。隠れてこっそり撮影したとして、あとでバレたら大変だぜ。鏡がせっかく出てくれているってのに、動画をお蔵入りしたくはないから、おとなしく従った。


「桐生くん、カメラ貸して」

「おう」


 鏡にGoProを渡す。何をするのかと思えば、おれに向けて「では、桐生くんが『もっとも心に残った』美術品のポーズを取ってくれるそうです!」と振ってきた。中の様子を撮れなかったのを、鏡なりに気にしてくれているっぽい。


「さん、にー、いち!」


 カウントダウンのあとに、おれはポーズを取ってみせた。これで伝わるだろう。たぶん。


「あはは」

「鏡もやる?」

「わたしはいいや」

「なんだよ」

「すっごく似てたよ。配信者らしい表現力」


 今の笑顔は撮っておきたかったぜ。まあ、いいか。おれしか見れなかったってことで。


「次は昼メシかな」

「わたし、行きたいところある!」


 おれも調べてはきたけれど、こういうのは鏡に合わせたほうがいいよな。相手を尊重するぜ。


「なら、鏡セレクトで」

「うん!」


 鏡は、すっと恋人つなぎをしてくる。手を洗ったので安心。手のひらにはたくさん菌がついているっていうから。


「ここです!」


 引っ張られてやってきたのは……アイス屋?


「ここの小豆あずきアイスが有名でね。食べてみたかったんだあ」

「アイスなら、たくさん食べているんじゃ?」


 鏡は鏡のじいちゃんがオーナーである『シックスティーンアイス』で働いている。定番商品のクオリティーを維持しつつ、シーズンごとの新しい商品を生み出していくのって大変だよな。


「競合相手の視察もしないとね」


 なるほど。そういうことなら、おれも手伝うぜ。


「小豆が有名か……」

「もなかに挟んでもらえるみたい。絶対美味しいやつだよお」

「他の味もうまそうだぜ」

「桐生くんは何にする?」


 目移りするぜ。こういうのって全種類を制覇したくなるよな。全種類は財布にも胃袋にも厳しいから、鏡のぶんと合わせて四種類かな。今日のところはそのぐらいにしといてやるぜ。


「ここで買って、池のほうで食べよっか」

「うん! また半分こしよ!」

「おう」


 鏡と出かけると、お互いの食べたいものとをすりあわせて、食べたいものを分け合いがち。いろんな種類のものを食べられるから、おれは好き。


 ***


 そんなこんなで不忍池に来た。初見では絶対読めない。地名って難しいぜ。シノバズイケって読むらしい。


「いただきまーす!」

「いただきます!」


 池を見ながらアイスを食べる。これがアラサーのデートなのかというとなんだか違う気はするぜ。まあいいか!


「うん、おいしいおいしい!」


 鏡がニコニコしながらアイスを食べている姿を横から撮影する。カメラに気付くと、アイスをもらったスプーンで一口すくって、おれに向けてきた。


「桐生くんにもあげるね」


 開けた口に一口大のアイスが放り込まれる。おいしい。まあ、鏡の店のアイスのほうがうまいけど。


「うん、うん。うま」

「これ食べちゃってからのお昼、何にしよう?」

「たしかに。何系にする? 一応、調べてあるぜ」


 ミライことナイハルのおすすめは『昇竜軒』っていう中華料理屋だった。なんだその格闘ゲームの技名みたいな。


「食べ終わってから考えようかなあ。わたし、カメラを持っておくね」


 カメラを持ちながらだと食べにくいから助かるぜ。しかも、おれの食べている様子も撮影してくれている。助かる。


「それでさ、鏡」


 さりげないタイミングで聞いてみる。アイスを食べてご機嫌だから。


「おれはまだ、鏡と友だちのままでいたいけれども」


 この期に及んで、って言われそう。鏡じゃなくて、他のヤツに。


「うん」

「鏡はどう?」

「わたし? ……わたしは、恋人同士になるのなら、桐生くんとがいいなあ」


 マジ?

 これってもう告白じゃない?


「それなら、恋人を始めてみる?」

「うん? 友だちじゃなくて?」

「これまで通り、友だちではあるけれども、これからは、恋人を始めてみるっていうのは、どう?」


 おれ自身もよくわからない。何を言っているんだろうって思わなくはない。でも、どちらがいいかじゃなくて、どちらでもありたい。おれは鏡にそう伝えたかったし、言えた。言えてよかったと思う。


「うん。いいよ。これからは、そういうことにしよう」


 鏡もわかってくれた。周りはなんて言ってくるかな。少し心配だけれども、周りのことはどうでもいいぜ。おれと、鏡が、そうありたいから、これからもそうであると思う。


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