ドラゴンズシークレット

 美食都市(仮称)ネルザの城のプライベートルームに、城主の少年が待機している。当時は竜帝と呼ばれていた。ここは自らの住処としていた一室だが、城主が変わってからは内装も一新されており、そこにかつての面影はない。


 ここまで変更されると、喪失感がない。少年――神崎かんざき明日みらいが竜帝として過ごした時間は夢幻であり、今の姿こそが本来の形であったかのようにさえ思えてしまう。


 一回りして革張りのソファーに腰掛けたところで、城主の翁が入室してきた。

 桐生きりゅう悟朗ごろう改めアザゼルだ。


「忙しいとこわりぃなぁ。領主サマ」


 現在の明日はギルド〝タイガーチャンネル〟のメンバーであり、動画の撮影と編集をこなしつつ、テレスのギルド本部から受注したクエストをクリアして収入を得ている。ネルザの城主であり、領主として都市の復興を任されているアザゼルほどではないにしろ、忙しい日々を送っていた。


 それでもお互いに時間を作って面会している。


 明日が面会の約束を取り付けた際に、ネルザの城内では「我らの城の所有権を取り戻しに来たのでは」とウワサする者も現れた。主にパイモンである。


 パイモンは護衛のためにこの面会への同席を希望した。だが、アザゼルは「そこまでせずともいいじゃろ」と一蹴している。


「愛の告白なら了承できぬぞ。ワシには早苗がおるでな」

ちげぇわクソジジイ」


 最近の明日はカジュアルな服装を好んでおり、スウェットやらジャージやらで過ごしている。もとより格式ばった正装は苦手な性質たちだった。ただし、このたびの面会においては周囲から疑われている以上、そのような意図はないのだとアピールすべく、着慣れていないスーツ姿で現れている。


 対してアザゼルは本来ならばこの時間は業務と業務の間の休憩時間であるので、正装だ。


「過去のミカドに男娼をとした例はなきにしもあらずじゃからの。一度しかない人生、男を抱いてみるのはありなのやもしれぬ。相手が美少年なら不足はないじゃろ」

「話聞けよ。そういうとこ、孫と変わんねぇな」


 孫と変わらない、と言われて、アザゼルは「冗談じゃよ」と返して向かいの一人掛けのソファーに腰掛けた。不意に訪れかけていた貞操の危機を回避して、明日ミライは安堵のため息を漏らす。


「で、その『話』とはなんじゃ?」

「このだけど」


 明日は自らの首に巻かれているチョーカーを人差し指でトントンと叩く。


じゃけど」

「は? ――どっちでもいいが、これ、外してくれねぇかな」


 一瞬間の抜けた声を出すも、アザゼルのペースに流されてしまわぬように明日は自分の要求を口にした。


「ふむ?」

「オレの居場所を特定するための、マイクロチップ的なものが入ってる」

「ご名答。発信器じゃな」

「あと、孫へのがかかってるだろ、これ」


 対象に対しての敵意を軽減させる。沸点の低い明日には必要な措置だ。


「そうじゃよ。ワシの見ておらぬ間にキー坊に万が一のことがあっては困るからの」


 否定せず、さも正しいような口ぶりで言われて、明日は舌打ちする。悪い方向に予想が当たってしまったことに不快感を露わにした。


「加護魔法もかかってる」

「ワシの課題を成し遂げる前に、おぬしに死なれるわけにはいかんじゃろ」


 キー坊ことアザゼルの孫は、竜帝との戦いにて竜絶剣を用いている。この竜絶剣のダメージにより、明日の体内のは断絶された。治癒魔法によって一部繋ぎ直されているが、全てではない。


 一部でも繋ぎ直されたのは「移動魔法や伝達魔法といった初歩的な魔法が使用できぬのは不便じゃろ」というアザゼルの配慮だ。傷口は治癒魔法を専門とする魔法使いの力で塞がれている。


 使用できる魔法の幅が狭くなると、明日をからの襲撃に対処しきれない。魔法を制限させているからこそ、加護魔法はつけなくてはならなかった。加護魔法があればある程度の攻撃や呪いを防ぐことができる。複雑な魔法に対しては警報を発して、アザゼルが駆け付けられるように仕込んだ。


 約束を果たす前に自死を選ばれてもいけないので、アザゼルは明日に首輪を巻いている。この発明品は、異世界現代日本の村の仲間からの依頼で、飼っている動物が迷子になってしまった場合にすぐさま居場所を特定するために作ったものだ。


 本来の用途とは異なる使用方法とはなってしまったが、可愛い子犬明日の身を守るためには必要なので、頼まれても外せない。


「あのとき、ころしてくれたらよかったのに」

「心にもないことを言うんじゃな」

「……キサキと暮らしていると、たまに不安になる。使時がある。オレのやったことは全部無駄なんじゃないかって、思う。オレが、キサキがオレのことを好きだと思い込んでいるだけで、ほんとうはキサキは、オレのことなんてなんとも思っていなくて……蘇らせてしまったのは、オレの独りよがりなんじゃないか……オレが、キサキに、オレのことを好きであることを押し付けているだけかもしれねぇって思うことがある。だから、」


 長々とした独白を、アザゼルは「おぬしとキサキの二人の問題に、ワシが何を言っても気休めにしかならんじゃろ」と、ここで打ち切りとばかりに差し込んだ。


 これを聞いて、明日は自らの顔を両手で覆ってから「そうかよ」と力のない声を出した。144cmの身体が、数値以上に小さく見える。


「キサキとはどこで出会ったんじゃ?」

「……その話は長くなる……また今度にさせてくれ」


 時計を見上げて「ふむ。そのときに、ワシも早苗とのなれそめを話そうかの」とにこやかに返すアザゼル。そろそろ戻らねばならない。遅れたらパイモンが何を言い出すか。


 明日は両手を外すと「その話はともかく、首輪で居場所がバレちまうんならそのうちバレるし、で、オレがずっと秘密にしていることを教えてやろうか」と、イタズラっぽい笑みを浮かべた。ネガティブに傾いていたメンタルが戻ってきたようだ。その顔を見て、アザゼルはあのボンクラ父親のアスタロトの顔を思い出していたが、言葉にはしない。とてもよく似ている。


「オレは自由に異世界とクライデ大陸を行き来できる」


 収納魔法で〝小さなカギ〟を取り出す。これまで、他の誰にも話さず、見せず、隠し持っていた〝小さなカギ〟だ。


「オマエの作った〝修練の繭〟に入っていた奴らのリストを確認して、このカギを使って、その居場所に行ってくる。――オマエが思っているより早く、課題を終わらせてやるよ」

「……なるほどな。そのようなアイテムがあり、おぬしが持っているとは知らなかった。じゃが」

「なんだよ。貸してやらねぇからな」

「そのあと、おぬしは何をするんじゃ? ワシとしては、キー坊に『良き友人』ができて嬉しいんじゃけど」

「オレはアイツのこと友人だって思ってねぇよ」


 ミカドの継承権は失っている。このままギルド〝タイガーチャンネル〟のメンバーを継続していくのか。アザゼルは明日に『近い将来の予定』を問うている。


 明日は腕を組んで、こう言った。


「そのあとか。そうだな……昇竜軒の跡取りにでもなるかな……」

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