第26話
「時間だ」
これからじいちゃんとばあちゃんの決闘が始まっちまう。孫のおれとしては、できれば見たくない構図。だからおれは「ばあちゃんって、大阪出身じゃないのにタイガースファンだよね? なんで?」となるべく時間を稼げるような話題を振ってみる。こうやって遅延行為をしていれば本題の決闘がなかったことにならんかな! なってくれ!
「前に話したでしょうが」
『そうじゃったかの?』
大した理由じゃなかった覚えはあるよ。とぼけたじいちゃんの声に、ばあちゃんが咳払いをひとつ「こほん」とした。
「サナエの実家、もとい、村長をやっているおじさん家は特に筋金入りのジャイアンツファンで、可愛い姪っ子のあたしもよくドームに連れて行ってもらっていたわけよ」
可愛いって自分で言った。実際(ばあちゃんだってことを念頭に置いておかないと好きになっちゃうかもしれないぐらい)可愛いとは思うけども、自分で言っちゃうかあ。でも可愛いっていう自覚があるからこそ、若返りたかったのかもしれない。可愛くいられる手段が確立されているのなら使いたくなるってもんよ。そういうもんじゃん。
「連れて行ってもらっているってのに、その当時のあたしったら野球に興味なくて、スタンド内をフラフラしてたのよね」
野球に興味のある男の子ならともかく、興味のない女の子がプロ野球の試合を見に行かされてもなあ。
おれだったらさ、ルールとか『こういう時はどういう作戦にするか』とか、ピッチャーとキャッチャーとのやりとりだとか、中学時代に野球部に所属していたぐらいだから、色々考えながら試合を見る。けれども、興味のない人にとってはただただボールを投げました、打ちました、走りましたってだけのスポーツになっちゃう。それなら他にもやりたいことはあるよな。
「歩いてたら『ほな、一緒に見よか』って誘ってくれるカッコイイ男の人がいてね。その試合は彼の解説付きで見たのよ。楽しかったわぁ」
『ほう』
じいちゃん? じいちゃん……?
「タイガースファンの彼とは文通相手になって、こちらが見に行く試合を伝えて、ドームでお話ししてたわ。まだ悟朗さんと出会う前の話ね」
『ふむ』
最終的に選ばれたのはじいちゃんだから! な! 今はばあちゃんのあまずっぱい初恋トークを聞いてやろうぜ! ……その尻尾がクネクネしているのは何? イライラしてんの?
「彼とは疎遠になってしまったけども、同じチームを愛する者同士、違う空の下で人生を謳歌しているのでしょう」
「そうだぜじいちゃん! 聞いたことはあるだろうけど、あえて言っておくと『初恋は実らない』んだぜ!」
クライデ大陸での常識がどうかは、わからん! 最初に惚れた相手と最後まで付き添わなきゃならない、みたいなルールがあるんだとしたら、今のばあちゃんの話は「信じられねえぜ……」ってなるかもだ。
おれとじいちゃん、ばあちゃんと同じく日本から転移してきた
「ってなわけで、あたしは
ばあちゃんの指ぬきグローブが黄色と黒の縦縞に光っている。なるほど猛虎拳? 聞いたことないぞ。右ももを上げて、右手と左手を前後に伸ばしてそれっぽいポーズを取っているばあちゃん。
おれの知っているばあちゃんは『夫を支える善き妻』だったから、同一人物のはずなのに脳内で一致しない。お淑やかで、じいちゃんの発明品を見てもガラクタだなんて言わないし、勝手に捨てるなんてこともない。いつも柔和な笑みを浮かべていて、優しくて、料理上手。この目の前の女の子は、挑戦的な笑みでドラゴン形態のじいちゃんに立ち向かおうとしている。共通項は、料理上手ってことしかない。
これがクライデ大陸で開花したばあちゃんの新しい才能、猛虎拳を会得した『サナエ』さん。ばあちゃんの真の姿、ってことなのか?
『ならば、ワシもワシの魔法をお見せしよう』
ドラゴンの右手に水色、左手にピンク色、頭部に生えたツノの間に黄色、の球体が現れた。ちょっとずつ大きくなっている。
『色には三原色があるじゃろ。魔法も同じじゃよ。三色あれば事足りる』
そうなの? 四大だか、五大だか、元素っていうのがあって、……ってさっきパイモンさんが用意してくれた義務教育用のテキストに載ってたような? パイモンさんがそこまで深く突っ込まなかったからサラッと読んだだけではあるけど、ゲームっぽいから理解しやすかった。火属性とか水属性とか。
『三つの色、シアンとマゼンタとイエローの配分で、この世の全ての色が生成できるように、魔法もまたこの三色さえあれば全てを生み出せる。――三色でも多いぐらいじゃな』
おれはじいちゃんから魔法を習いたいと思ったけど、パイモンさんから止められたんだった。じいちゃんのこの話を聞いていたら、パイモンさんが止めたのもわかる気がする。
何が言いたいのかぜんっぜんわかんねえぜじいちゃん!
『ワシは日本で、こちらにはない水墨画という代物と出会い、あの、墨の濃淡で世界を表現する技法に胸を打たれたんじゃが……あの境地にはまだ至れぬの』
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