第27話

「料理と同じね」


 聖域バトルフィールドの外のライトさんにはそれとなく理解できたっぽい……ぞ……? まじで?


「料理も食材と調理法、味付けの組み合わせだもの。――ね、サナエさん?」


 そうよね、と同意を求めたものなのに、サナエさんことおれのばあちゃんは腑に落ちていない様子で「え、ええ、まあ?」と返事をしている。


「あたしは、経験則とトライアンドエラーと、勘? で料理してるから、あんまりレシピは見ないのよね」

「それであんなに天才的に美味しい料理を……才能ね……!」

「もう、灯さんったらおだて上手なんだからぁ」


 ばあちゃんの一般女性の領域を超えた料理スキルはクライデ大陸の支配者ミカドの第一夫人である灯さんを魅了した。ナチュラルにチートスキル持ちだったってことじゃんか。孫のおれは当たり前のようにばあちゃんのメシを食べていたから、そのすごさに気付いてなかったんだな……ばあちゃんもすげー。


 おれの脳内に『おれの祖父母がすごすぎた件』ってタイトルが降ってきた。これで行こう。スマホを取り出して『動画タイトルネタ帳』にメモしておく。ネットに繋がらなくとも、ネタはまとめておかないとな。動画を編集してからタイトルだとか概要欄だとかを考える時間がもったいないぜ。


『決闘をするのではなかったのか?』


 どっかーん、と一瞬で地面を5メートルぐらい掘削くっさくする音がして、ばあちゃんの立ち位置のすぐ右側にクレーターが完成した。ゆるめの土がべちゃっとばあちゃんの顔に付着する。


「んにゃあっ!?」


 慌てたサナエさんが顔の汚れをゴシゴシとしている。じいちゃんの三色魔法が発動して、んだ。予備動作も呪文もなしで?


「じいちゃんって、パイモンさんのレイピアや、おれのトラキチやばあちゃんの指ぬきグローブみたいな、杖っぽいものはないのに、魔法使えちゃうの? すごすぎね?」

『キー坊や。魔法というのは生命力であり、念じるだけで使えるものなのじゃ。杖はその先端に魔力を集中させるイメージをしやすくするもの。じゃから、使


 なるほど……?

 パイモンさんが「伝達魔法程度の簡単なものならば、専用装備がなくともみな日常的に使用している」と補足してくれた。助かるぜ、おれの先生。


 なら、おれもじいちゃんみたいに魔法の道を極めていけば、いずれは?


「うぇっへっへ」


 口の中にも入ってしまったっぽくて、サナエさんが半泣きでくちびるを手の甲でぬぐっている。灯さんに賞賛されて上機嫌になったところだったもんね。


『ワシは、たとえ女性や子どもを傷つけたくはないのじゃよ。敵が愛する者なら尚更じゃ』

「まだだ……まだ終わらんよ……!」

『降参してはくれんか』


 どっかーん、ともう一度爆発音がして、今度はサナエさんの左足のすぐそばに新たなクレーターが生み出された。元気なクレーターの赤ちゃんだぜ。


「決闘はやめ! やめにしましゅ!」


 また腰を抜かしてしまったばあちゃんが両手を挙げて降参のポーズをする。これでじいちゃんの勝利ってことでオーケーだよな?


「料理よ、料理で勝負しましょう!」


 あ、勝負内容が変更された。ずるい。しかも、ばあちゃんに有利なルール。


「いいわね! わたくしは賛成ですわ!」


 ずるーい! この場で最も権力のある灯さんが賛成したら一人で百万人ぶんの票が入るようなもんじゃん!


『料理か』


 じいちゃんには不利だ。圧倒的に不利だと思う。おれとしてはこっちもやめさせたい。


 サナエさんことばあちゃんがクライデ大陸に飛ばされてからのじいちゃんは、その『時空転移装置』から発生した衝撃波で腰を痛めてしまったわけで。長時間一人では立っていられないんだから、包丁なんて持たせられないよ。危ない。


 おれが料理配信をし始める前は、ヘルパーさんが作ってくれた料理とか買ってきたお惣菜とか、車を運転して出かけて外食するとかで、考えてみればじいちゃんが料理をする姿を見た覚えがない。


「一週間後、この聖域バトルフィールドにキッチンスタジオを準備して、渾身の料理で一本勝負。というのはどうかしら? 当然、わたくし神崎かんざきライトが審査員長を務めさせていただくわ」

「一週間後!?」

『ふむ……』


 準備期間が短すぎる。一週間の急ごしらえで家庭料理のスペシャリストに勝てるわけがない。格ゲー対決だったらまあまあいい勝負できそうなのに。


「公平を期すために、わたくし以外の審査員はクライデ大陸の住民からランダムに選ばせていただくわ」


 そこはフェアにやってくれるんだ。よかった。ただでさえも不利なルールなのにサナエさんと仲の良い人で審査員を固められたら、勝ち目はゼロ超えてマイナスだよ。


「じいちゃん……」


 どうしよう。

 なんでこんなことになっちまってるんだ。


 おれはじいちゃんと一緒にクライデ大陸に来て、ばあちゃんを連れ帰りたいってだけなのにな。あとはじいちゃんの入っていた〝修練の繭〟をぶっ壊したミライを殴る。殴るためにはネルザに行かなくちゃいけない。勝たないといけないから、素振りしたり走り込みしたりしないと。おれ自身が強くならなきゃ『竜帝』だとか言われているミライにかないっこないからさ。


『一ヶ月にしてもらえんかの?』


 じいちゃん?

 戦う気なの?


『ワシがいない間に、ずいぶんとクライデ大陸が変わったようじゃからの。準備期間として、一ヶ月は必要じゃな』

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