第23話

 二年ぶりのばあちゃん――ここはサナエさん、としといたほうがいいのかな。でもおれにとってはばあちゃんだしなあ――の手料理だったのに、ちっとも味わえなかった。


 異世界の『おでん』食べてみた! っていうタイトルとサムネイルまで浮かんできてたってのにな。

 美味しかった、と思う。


 じいちゃんとばあちゃんの『決闘』は教会と植物園(とは名ばかりの〝ビニールハウス〟だ。中で食べられる植物の研究をしてるってんだから、すごいぜ)の間にあるグラウンドで行われることとなった。学校の校庭ぐらいの広さに、ドッジボールのコートのような白線が引かれる。


「審判は私、パイモンが務めさせていただく」


 そう宣言してから、パイモンさんがレイピアを取り出し、自陣と敵陣との間を分けるラインの左端に突き刺した。すると白線がピカピカと光って、透明な壁が出現する。


「ほう……」


 じいちゃんは右手であごをなでながら、しげしげと観察している。おれは近づいていって人差し指で突っついてみた。触った感じはアクリル板に近い。


「そうか。アザゼルは聖域バトルフィールドを見るのは初めてになるよな」

「ワシがこちらにいた十二年間で、一対一の戦いによって自分の意見を押し通すような、野蛮な文化はなかったからの」


 言葉の端々に静かな怒りが滲み出ている。じいちゃんとしては不本意だよな。じいちゃんがばあちゃんのことを大好きなのは、身近で見ていたおれが一番知っているんだぜ。ばあちゃんは、……違うのかな。


「聖域の内側でのダメージは、外側には持ち越されない。各種攻撃はこのオーラに吸収されて、貫通することもない」

「そういう問題ではないのじゃが……」

「何が不満だ?」


 そりゃあ不満だろうよ。パイモンさんにはわかんねぇかなあ。じいちゃんは「まあ、いい」と手をヒラヒラさせて、話すだけ無駄だっていうメッセージを態度で示した。


「ところで早苗は?」


 おれ、じいちゃん、パイモンさんがおでんを食べ終わった頃合いを見て、さっきのチラ見眼帯シスターがまたおれのほうをチラ見しながら空いた皿を片付けていった。おれの顔になんか付いてんのかな。あとでトイレ借りよう。


 それからテレス教会のシスターでありじいちゃんの姉のクレアさんが、ここまで案内してくれた。ちなみにクレアさんが長女、ステラさんが次女、じいちゃんが長男らしい。ステラさんのほうは、ばあちゃんやライトさんとバエル様の四人で別室に行ってしまった。


「着替えて来るだろう。……ほら、ウワサをすれば」


 パイモンさんがあごで示した先に、修道服からクロップドタンクトップとホットパンツに着替えたばあちゃんが現れる。ヘソ出しルックで、腹筋割れてない? 靴はブーツに履き替えられている。長い黒髪は、編み込みながら一つ結びにしてあった。


 不覚にも「かわいい……」って呟いちゃった。

 孫のおれが。


 だ、だってかわいいじゃんか! そんな目で見ないでくれよじいちゃん! こういう活発な、スポーティーで健康的な女子、いいじゃんか!


「そうじゃな」


 ふぅ。なんとかなったぜ。血は争えないよなじいちゃん。……まあ、じいちゃんは結婚する気なかったんだっけ。その話を聞いた時は「おれが生まれなくなるから結婚してくれよじいちゃん!」って言っちゃったけど、今なら真の理由がわかる。


 じいちゃんは足かせを作りたくなかったんだ。十二歳の春に〝修練の繭〟ってやつで日本に来て、クライデ大陸に帰るために一生懸命いろんな発明品を作って、研究に研究を重ねてきて。それで妻子持ちになったら、絶対に「嫁と子どもを見捨てる気か!」ってなるもん。そう言われないために、秘密裏にやってきてたんだろう。


 だから、六十年ぐらいかかっちゃった。じいちゃんはすげーから、いつだって戻ってこれただろうに。一回目は失敗しちゃったけどさ。


 失敗しちゃったせいで、ばあちゃんがこんなことになっている、とも言えなくもない。二年前の失敗の結果、ばあちゃんだけこっちに来ちゃったわけじゃん。


 ばあちゃんはばあちゃんなりに、クライデ大陸で信頼を築き上げてきたわけで、じいちゃんのことを嫌いになったわけじゃないと思う。嫌いになっちゃったのなら、一緒に事業を立ち上げようだなんて誘ってこないでしょ。


 つまり、この戦いは。


「さあ、ショータイムよ!」


 ばあちゃんはなんらかの拳法のポーズを取った。指ぬきグローブがきらりと輝いている。

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