第7話

「いらっしゃいませえ!」


 正しくは、おれたちがなほう。来客だからさ。こまけえことは気にすんな。とっさに出てきたのが「いらっしゃいませえ!」だったんだよ。黒い竜の背に乗って。


「なんだ貴様らは!?」


 そりゃ、城の窓からダイレクトアタックをかましてきたらこうなるよ。ちょっと考えればわかる。近衛兵たちが剣を構えておれたちを取り囲んだ。その中で「なんだ貴様らは!?」のセリフを言ってくれたのは、ブロンドの長髪の――


『パイモン?』

「何、じいちゃん。美人さんの知り合い?」

『奴は男じゃけど』


 なんだって?


 どう見ても女の人じゃんか。さっきの門番みたいに鎧を装着しているからおっぱいのあるなしがわからないだけで、顔立ちはツリ目の〝勝ち気な女性〟って感じで、声も高い。おれ的にはありよりのあり。だけども、男だったらなしだな。なし。


「ミカドの面前にその姿で現れるとは、面白い奴」


 レイピアの先端をじいちゃんに向けている。その声もやっぱり女性の声にしか聞こえない。おれは目を凝らす。パリコレのモデルさんって言われたら納得しそうな、整った顔立ち。こんなところで鎧を着ているから、ファンタジー映画の登場人物みたいだ。


「これで男は嘘だろ」

『男じゃから。ワシとともに学び舎に通い、剣術を学んだ男じゃよ』

「マジ? そんな歳とってるの?」


 じいちゃんの同級生ってことは、じいちゃんと同じぐらい年取ってないとおかしくなーい? どうサバ読んでも、二十代後半。おれとは同世代に見える。おれは1996年1月9日生まれ。


『変身魔法の系統の一つに、若返りがあっての。維持するなら薬を塗るという手もあるんじゃが』


 ほうほう。現代日本にその薬を持ち帰ったらバカ売れしそう。


「いつまで私を無視する気だ!」

「うぉあ!?」


 おれとじいちゃんとの隙間にレイピアが刺しこまれた。あぶねえ。当たったら頭貫かれて死んでたところだわ。若返りって言ったのが悪かったかな。


『パイモンや。久しいな』

「その声は、否、……か」

『ワシ、ほんとうに死んだことになってるんじゃなあ』


 旧友と会えたと思ったら、偽者扱いされている。パイモンさんからの視線は、かつての友人に向けるものじゃない。玉座のある広間に、窓から侵入してきた黒いドラゴンと不審者を警戒するものだ。


「じいちゃん……」


 寂しいよな。同窓会で、学生当時は仲が良かった女の子から「ごめん、名前思い出せなくて」って言われた時のことを思い出しちゃう。桐生きりゅう貴虎きとらだぜ。


「やあやあ、アザゼル」


 あまりにも静かに動向を見守っているから、人形が置かれているのかと思っていた。王冠を被った超絶イケメン――現在のミカドであるところのアスタロトが喋り出す。


 この人はじいちゃんのことをアザゼルって呼ぶんだ。パイモンさんは、アザゼルだって判断していないようだけども。


「どうやって蘇ったのか、教えてもらえないかな?」

「私は此奴がアザゼルとは思えませぬ」

「キミに聞いてるんじゃないな。下がっててもらっていい?」


 アスタロトは頬杖をついていないほうの手で、しっしっと追い払う。微笑んでいるのに、目が笑っていない。


 クライデ大陸の最高権力者には反抗できないっぽくて、一礼したパイモンさんは取り巻きの近衛兵とともに別の部屋へ行ってしまった。別の部屋って言っても、もしじいちゃんが暴れたらすぐに駆けつけてくるんだろう。


 これで、ここには現ミカドと黒いドラゴン形態なじいちゃんとおれの三人。


「一年前に〝修練の繭〟が破壊されたって話は、知っているかな?」

「ギルドで聞きました」


 現ミカド相手に、親戚なじいちゃんはともかくおれがタメ口はまずいかと思って敬語で言っておく。じいちゃんと親戚だっていうのなら、おれも親族では。


「当時存在していたすべての〝修練の繭〟はにより粉砕され、我らは他の繭とともに火葬した。アザゼル、キミも例外ではない」

『りゅうてい?』


 知らない固有名詞が出てきた。じいちゃんもわからんっぽい。繭を破壊したのは、ミライってやつだと聞いている。今、おれとじいちゃんが対峙している、現ミカドの息子。


「キミより先にした、我とライトの息子。我がこの座を退けば、彼がミカドとなるゆえに、皆からはと呼ばれている」

「はあ!?」


 なんだそれ。じいちゃんたちを殺したってのに、次のミカドに内定してんのか。ありえねえ。


「何がおかしいのかな。したら即位するのが通例である。だが、繭を潰した一件にて、物議を醸してな。即時の代替わりではなく、東のネルザへの追放で手打ちとなった。蘇ってきたキミがなんと言おうと、この決定は覆らないな」


 じいちゃん。どう思うよ。おれは納得いかない。


 でも、おれが納得いかないのは、おれがこの世界の住民じゃないからかもしれない。昔からそういうルールなんだって言われたら、まあ、そうなんだろうな、って、部外者のおれはそう思うしかない。じいちゃんは、何も言わない。


「蘇生魔法の存在はあれど、灰から蘇ったケースは前代未聞だな。キミがアザゼルを蘇らせたのかな?」


 キミ、とおれを指差す。おれは何もしてない。じいちゃんがすげーから、その、繭を通じて到着した現代日本で、時空転移装置を完成させちゃって、自力で里帰りしてきたってだけであって。


 でも、このこと、この人に言っていいことなのか、イマイチわからない。話す前は特殊ルートです、って言う気満々だったけども、どうもなんか、この人のことを信用しきれないっていうか。最高権力者だってのに。


『アスタロト』


 じいちゃんが口――は開いていない。伝達魔法によって言葉を発している。


『ワシの墓はどこにある?』

「ほう? 自身の墓に花を手向けるのかな?」

『……そうじゃな。そうしよう』

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