来年のことを言うと鬼が笑う。5年後のことを言うともっと笑う。
真狩海斗
👹
部屋の中に人の気配を感じて目を覚ます。丑三つ時。部屋の隅に、ぼうっと人影が浮かんでいた。闇に次第に目が慣れていく。
人影は、筋骨隆々の肉体を剥き出しにし、その肌は溶岩のように赤黒い。その目は黄色く爛々と輝き、下顎からは岩も砕けそうな大きな牙が生え、頭には角が生えていた。
人影に思えたそれは鬼だった。鬼はゆっくりとこちらに近づいていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
殺されると思った。反射的に謝るが、鬼の歩みが止まることはない。
「畜生、畜生。なんでこんな目に」
嘆いても鬼は歩みを止めない。
「ONE PIECEを最後まで読みたかった。来年はきっともっと面白くなっていたはずなのに」
ハッハッハ。鬼が豪快に笑い、その足をピタリと止めた。俺は虚をつかれ、目を丸くする。
もしや、と思う。
『来年のことを言うと鬼が笑う』?
この習性を利用すれば時間を稼げそうだ。
とにかく来年のことを言い続けた。鬼はそのたびにハッハッハと笑った。笑わないときもあった。
何度目かで気づく。鬼は、来年本当に起こる出来事にはハッハッハと笑い、そうでないときは沈黙しているようだった。
これ、未来予知に使える気がしてきたな。俺はアキネーターの気分になって質問をする。
「来年、俺は生きている」
ハッハッハ。鬼は笑う。
「来年、給料が上がっている」
鬼は沈黙する。マジか、と落胆する。質問を続ける。
「来年、今勤めている会社は倒産している」
ハッハッハ。冗談のつもりだったのに。鬼は大笑いしている。ショックではあった。だが、考えようによっては、今のうちに分かってラッキーだったといえるのかもしれない。うん、きっとそうだ。早めに転職活動しないとな。
もう少し先の未来を知ることはできないだろうか。『鬼に金棒』という言葉を思い出す。試しに金属バットを持たせてみる。
「2年後、俺は生きている」
ハッハッハ。鬼が笑う。どうやら、金棒を1本足すと、さらに1年先の未来も分かるようだった。
質問を続ける。途中で、泡立て器とスパナも見つかった。これらを組み合わせることで、3年後、4年後の未来も知ることができるようになったぞ。イノベーションってやつなのだ。
鬼に思いつく限りの質問を浴びせる。鬼はそのたびに、ハッハッハと笑ったり、沈黙したりしていた。
どうやらこの先の4年の間に俺は色々な経験をするらしい。美しい妻と結婚したり、転職活動に成功して給料が大幅にアップしたり、おまけに、なんと宝くじにも当たるんだと。未来を知るのが楽しくて仕方ないぜ。
たまにではあるが、鬼が暴れることもあった。慌てることはない。そんなときは洗濯機を回せばいいのだ。スイッチをオン。鬼がシュオーッと消滅していく。これすなわち、『鬼のいぬ間に洗濯』の術式を反転させたのである。
洗濯機の近くで、金属製の物干し竿を見つける。ラッキー、ラッキー。復活ホヤホヤの鬼に持たせてやる。これで5年後の未来もわかるはずだ。お決まりの言葉をぶつける。
「5年後、俺は生きている」
鬼は笑わなかった。
嘘だろ。愕然とする。待て待て。まだ諦める時間じゃない。今から死ぬのが分かっているのなら、5年後までに対策ができるじゃないか。
「5年後、俺は交通事故で死ぬ」
「5年後、俺は病気で死ぬ」
「5年後、俺は犯罪に巻き込まれて死ぬ」
思いつく限りの死因を挙げるが、鬼は沈黙を貫いたままだった。うーん、どゆこと。
もしかして、と思う。まさかそんなわけはあるまい。それはないだろう。そう信じたかった。質問を口にする。
「5年後、地球ごとなくなっている」
ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ
ハッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ
鬼がこれでもかと口を大きく開けて、甲高く笑った。鬼の笑い声が部屋に反響する。
鬼の不気味な笑いが響き続ける部屋の中で、俺は絶望したまま固まることしかできなかった。狂気じみた高笑いを続ける姿とは裏腹に、鬼の目にも涙が浮かんでいた。
来年のことを言うと鬼が笑う。5年後のことを言うともっと笑う。 真狩海斗 @nejimaga
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