聖童貞
そうです。ログイン・ネーム『キタキツネ』様の最初の「お相手」を勤めましたのは、このわたくしです。
申し遅れました。わたくしの名前はマリア。イシュタル様に管理されている、バーチャル・セクサロイドの疑似人格のうちの一つです。事実上はイシュタル様の一部、その下部システムに過ぎませんが、そうとはいえわたくし自身にも独立した記憶や自我は存在しますし、イシュタル様からこちらにアクセスすることは全面的に可能でも、こちら側からイシュタル様のお考えを知ったり、その知識を理解することは原則的にできません。声や外見は固定されたものが設定されていて、ユーザーの側から任意に変更したり選択することは、私についていえばできません。そういうことの可能なバーチャロイドも存在してはおりますが。
さて、キタキツネ様についてですね。その日、ご本人にとって深夜にあたる時間帯、バーチャにログインしてこられ、バーチャロイド管理AIの判断によってわたくしがその相手として選ばれました。
バーチャのユーザーは、ログイン時に外見を選ぶことが可能です。実際の人間の外見そのままでいることもできますが、望むままの美丈夫になってみたり、性別を変えたり、その他様々なことができます。ですが、彼は本人の姿のままでログインしているように思えました。わたくしの情報アクセス権限では、それが彼自身の本来の姿であるかどうか、確認することはできないのですけれども、12歳相応の少年というよりは、むしろ年の割には背が高く、外見的にはませた雰囲気なのですが、その表情にはっきりと表れているのは、爛々と見える好奇の色と、そしてそれを圧し潰す明らかな怯えでした。
「こわがらなくてもいいのですよ」
とわたくしは言いました。
「ここでこれから行われるすべてのことは、秘め事です。誰にも知られることはありませんし、誰を傷つけることもありません。もちろん、妊娠や性病などの心配も一切なく……」
わたくしは通り一辺倒の口上を申し上げたのですが。彼は言いました。
「そういうことをするつもりはありません。ただ、話がしたくて」
むかし人間の世界では、こういう場面でこういうことを言い出す男の人というのは大勢いたそうです。つまり、娼婦を初めて買うときに、ということですね。ですが、わたくしたちバーチャロイドは、人間とは異なります。そもそも、バーチャは性行為ではない。自室でやるマスターベーションにより近いものです。そうしたようなことも、説明申し上げたのですが。
「でも、そういうのっていけないことだと思うから」
と申されます。
「そうですか。しかし、わたくしはカウンセリング用のメンタルヘルスケアAIでも、会話コミュニケーション用のトークロイドでもありませんので……せっかくここに見えられたのですから、お楽しみになられませんか? 何を恥じることもないのですよ」
それでも彼は固辞を続けます。わたくしは相手に対して強く出られるようなタイプの疑似人格ではありませんので、さすがに困ってしまいました。相手の態度を無視してさっさと自分だけ服を脱いでしまう、というタイプでもありません。ちなみに多くのバーチャロイドは登場時には服を着ている仕様になっています。例外もありますが。
結局、彼は十数分ほどで、そのままログアウトされていきました。わたくしはそんな高度な疑似人格ではありませんので、そうかこんなこともあるのか、と思っただけでしたが、あとでイシュタル様から「まったく未知の事態であるから、お前の言語能力で出力可能な言語レポートをこちらに提出せよ」と言われたときにはまったくびっくりしてしまいました。
というわけで、わたくしマリアからのご報告は以上となります。こんな感じでよろしかったでしょうか、イシュタル様。
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