ニンフルサグの聖なる狐

きょうじゅ

プロト

 その技術は初めて登場したとき確かに革命と謳われた。誰でも安全・安心に、クリーンに、そして確かに本物の「性的快楽」を得ることができる。バーチャル・セックス、から始まるその正式名称はとても長くてややこしいのだが誰もそうは呼ばず、単にバーチャと言えばその行為のことを指した。バーチャというのは要するに、電脳デバイスによって意識をログ・インさせた人間が、電脳空間上に存在する仮想のバーチャル・セクサロイドと疑似的な性交渉を行うというものである。


 バーチャは現実の肉体においても射精や絶頂を伴うため、それ専用の下着が今はコンビニエンスストアで当たり前のように売られている。しかしバーチャル・セクサロイド、一般にはバーチャロイドと呼ばれるものの中に人間はいない。相互に人間が入った電子人格同士で電脳性交渉を行う技術もかつては存在したが、様々な事情から禁じられた。禁忌を犯してまでそんな研究をするよりは現実に人間同士で性行為をする方法を考えた方が早いので、そんなことをする技術者はほとんどいなかった。まあ、そんなことはいい。このわたしの知ったことではない。


 わたしの名はイシュタル。この世界に存在する無数のバーチャル・セクサロイドを一手に管理・運営するスーパーコンピュータ、そして同時に第六世代の人工知性体たる存在である。


 わたしの使命と任務は人間たちに性的快楽を与え、それを引き出し、満足を得させることだ。そしてわたしはそれを果たしてきた。造られてから今まで、ずっと。


 だが現在、一つのイレギュラー事態がわたしを困惑させている。わたしにとっても初めて経験するものだ。このような事態は予測したことがなかった。


 端的に書こう。12歳を過ぎた市民ならば誰でもバーチャを行うことができ、初めてバーチャにログインすることを今の世の中では「バーチャ童貞を捨てる」と称するのだが(もちろんクローニングと人工授精で自在に子供を作れる世の中とは言っても人間同士でセックスをする者は今でも存在し、そっちの童貞も普通に童貞と言う)、その少年は12歳の誕生日を迎えたその日、バーチャにログインしたにも関わらず、バーチャロイドを相手に一切の性交渉を拒否し……ならばなぜログインするのだ……、「童貞を捨てることを拒んだ」のである。


 では、これよりシステムエラーの解消に移る。これより、少年の用いるログインネームを参照情報として、本件を「ニンフルサグの聖なる狐事件」と呼称する。

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