Chapter 2
「お前も飲まないかい?」
「いらないよ。酔いたい気分じゃない。嵐が来る前だってのに、酔ってなんかいられないよ」
酒瓶を傾けるケサダを尻目に、エメさんは窓の外をじぃっと見据えている。
「一つの大きな物語が終わろうとする時、嵐ってのは来るんだよ……ばかでかいのが、必ずね」
「ソイツぁ、誰の受け売りだい?
「自論だよ。
「そうかい」
ケサダも、窓の外に目をやる。静寂と闇に沈んだカマロンの町を。
「結局、行ってしまわれたねぇ」
「そうさね」
「よかったのかねぇ、これで」
「老いぼれどもが、腹を据えた若者を止められると思ってんのかい?」
「だとしても、わたしは後悔しているよ。
「お決めになられたのは、他ならぬお嬢さんだ。他ならぬご自身の手で、明日をお捨てになられ、明日なき今日という刹那の瞬間続きで構成された世界に飛び込まれた」
「…………」
「第一、アンタは止められるのかい? それまで自分を護るために纏っていた理屈という壁、納得しなければ通り抜けることすら出来なかった道理という境界、それまでの自分自身を当てはめていた
エメさんは、立ち会ったその瞬間を、思い出す。
酷いありさまだった。
まだ昼間だというのに、カマロンの町の活気はそれに反して黄昏時だ。
日が暮れても尚続く喧騒は、ぱったり止んでしまっている。
出歩く住人の姿は、まばらだ。誰も彼も、どうしようもない不安感を色濃く纏っている。
酔客の騒ぎ声は皆無だ。どこの
その代わり、陰気な音がやたらと目立った。棺桶職人の作業音と鼻歌が。
病に冒され衰弱しつつある通りを、エメさんは歩く。抱えた大きな紙袋、入り用なものを詰め込んだそれを抱えて。
その途中で、馬車とすれ違う。一家族と、家財道具を中心とした荷をたっぷり載せた馬車である。馬車を牽く馬たちは、辛そうだった。
家族総出で、どこかへ逃げるつもりだろう。逃げた先でどうにかなるとはとても思えないが。
だが、得体の知れない殺人鬼がまだ潜んでいるかもしれない町に留まることに比べれば、まだ希望が見出せるのだろう。
そんなことを思いながら、エメさんは帰り着く。
ふと見れば、軒先に一人うずくまっている。
この町へやって来て、唯一生き残った【ピンカートン探偵社】の男だ。あれから四日経つが、未だにこうしている。
絶望する気持ちは分からんでもないがねと、エメさんは胸中で呟く。なにせ、男の周りにいたのは全員死んだのだから。
エメさんにとっては俄かには信じがたい話でしかない。あの
「おかえり、どうだった?」
「ただいま、ひどいもんだよ」
スイングドアに休業の札を下げていたが、ケサダは働いていた。
丁寧に拭かれたテーブルは表面をつやつやさせ、噛み煙草の後始末用の痰壺はぴかぴかに、煤が払われたオイルランプの
どうも見慣れない工具が床に散らばっていると思ったら、普段納屋の奥に眠らせているオルガンの修理具だった。
「こんな時じゃなきゃ、直せんよ」
「そうかい。で、どうなんだい?」
「大分ガタがきちまっているみたいでね。もう駄目かもしれないよ」
「アンタね、わたしがそんなことを聞いてるとお思いかい?」
手の荷物をその辺に置き、エメさんは太い腕を組む。
「わたしが言いたいのはね」
「っと、いけねぇや! シチューが焦げちまう」
ケサダは修理具を放り出し、奥に行こうとする。
その際、ちょいちょいと手招きを受けたのを、エメさんは見逃さなかった。
「財産があってそれを載せる馬車と牽かせる家畜を持っている連中は、とっとと町からおさらばしているよ。それ以外は、家か借り部屋にしっかり鍵をかけて引き籠っちまっている。店はどこもやってられなくて閉店さ、棺桶職人を除いてね」
「肝心の保安官は動かねぇのかい?」
「動くことなんかないさ、真っ先に殺られちまってたよ。保安官補の若造と牢番のじいさんまで。ありったけの銃弾と銃を奪うついでにね」
「自警団は?」
「あんなの、いざとなりゃあタマ無し野郎の集まりどもさ。数押しでとっ捕まえた
「それでも一人か二人ぐらいマトモなのはいるだろうによ? マリアリッチやジョージやウィルソンみたいな」
「マリアリッチやジョージやウィルソンみたいのなら、みんな牧場の方に行っちまったよ。あのクソ牧場主、業突く張りのくせに、いざって時の金と人の使い方だけは上手いとくる」
「そうかい……それより、【ピンカートン探偵者】の探偵は、まだいるのかい?」
「ああ、軒先にいたよ。酢漬けのキュウリみたく、ふんにゃりになっちまっているけどね」
「ふんにゃりだろうがふにゃちんだろうが油断は出来ない、むしろしちゃいけねぇ。例え末端であれ、あれはアタシら
用心のため、二人は店の奥の片隅でひそひそ声で話す。
「じゃあ、どうするよ、頃合いを見て殺っちまうかい?」
「いいや、止めておこう」
「アンタね、大口を叩いておいて……」
「不必要な殺しは、【
「なにを今更……」
エメさんは言葉を吐き捨てる。不愉快を隠そうともしない。
「傷ついた女の子を、それも堅気の娘さんを放ってどっかに雲隠れしかくれて、もう帰ってこないようなお人なんて」
「そうじゃねぇよ」
返すケサダは、「これを見な」と、あるものを差し出す。
スープ皿だった。パンくずが縁に、底にはスープと中身の具――豆とベーコンの破片が、申しわけなさそうに残ってへばりついている。
これが意味するのは――
「もしも
「……!!」
「さっき、やっと食べてくださったんだよ。……まあ、荒療治がきいたせいかもしれんけれども」
「どういうことだい?」
答える代わりに、ケサダは顎をしゃくって隅を示した。
そこには、マックスがいた。羊肉の大きな塊を、一心不乱にがつがつがぶがぶやっている。
「アイツは、【英雄】だ。敷物にしてやるって言ったが、あれは撤回だ!」
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