鬼殺しの試練

 大多鬼山は青春エネルギーが集まる場所だそうで、時期的にも自然と鬼の発生が多くなるのだそうだ。


「240番か……」おれは最後らしい。


 と、中継スクリーンを見れば比渡が中級の鬼と戦っている。


 ボロボロになりながらも戦う比渡をおれは見ていることしか許されない。比渡の犬なのにおれは何もしてやれないとは、犬だったら鳴いて飼い主を応援するしかないねぇ。ワオーン!(頑張れ比渡!)


 まあ、比渡ならおれの応援が無くても大丈夫だろう。


 と、中継を観ていると、


「お! 努力している少年発見!」


 その声におれが振り返れば、そこには見知った女性がいた。


「あ、明日香さん。どうしてここに?」


「わたしは鬼殺しの試練の審査員だ。こう見えてもわたしは凄い女なんだよ」


 凄い女……たしかに凄いヒトだ。訓練ホログラムとはいえ中級の鬼を一発で倒してしまうくらいだから、何かあると思ったらそういうことだったのか。


「審査員って、鬼殺しの試練の何を審査するんですか?」


「犬闘に相応しい器かを見るんだ」


「え、鬼殺しの試練ってクリアすれば犬闘になれるわけじゃないんですか?」


「まあ、大抵は昇格できる。でもね、力だけでは犬闘になれないんだ。心技体、そのどれもが認められて初めて犬闘になれる」


 そんなこと聞いてないぞ。心技体……おれの精神はひねくれている、技術は無いに等しい、体格はどうだかわからねぇ。つまりおれって犬闘になれないかもしれないわけか。


「心技体ってなんですか?」


 おれが訊けば、明日香さんはニコリと笑い。


「心、それ即ち諦めないド根性。技、それ即ち諦めない駆け引き。体、それ即ち諦めない努力」


 なんか全部根性にしか聞こえないんだけど。


「なんか難しいっすね」


「つまり、諦めなければどうとでもなるってことだ。最初から心が諦めていては勝てないし、最初から技を出すのを諦めていたら駆け引きにすらならないし、最初から体を怠けさせていたら当然負ける」


 心技体か……おれには心といえる心があるのか分からないし、技といえる技があるかも分からないし、体といえるほど鍛えた体でもない。


 ――でも、諦めないだけなら誰にも負けない自信がある。


「諦めずにやってみます」


「うん、諦めず頑張れよ、少年!」


 と、グッドサインをした明日香さんは去っていった。


 頑張れか……頑張るしかねぇんだよな。みんな努力してここにいるんだ。おれだけが努力しているわけじゃねぇ。


「193番死亡により失格」「200番試練突破」「230番逃亡により失格」


 どんどんおれの順番に近づいてくる。


 ああ緊張してきた。今日おれ生き残れるのか? 生き残れなかったら青春ラブコメの帝王になる夢も儚く散るぞ。いや大丈夫だ、おれは日野陽助、この物語の主人公だ。大丈夫、大丈夫……やっぱり不安だぁ! 主人公でも死ぬことあるしさ、いやだよ、死にたくないよ。


「240番、入れ」


 と、東雲先生に言われたおれは大多鬼山へ入った。


 鬼クセェ、いや、鬼の臭いだけじゃねぇ、血の臭いがそこら中にこびりついていやがる。こんな場所じゃ鼻が利かねぇよ。


「ん?」


 と、樹の方に目をやれば、そこら中の樹にカメラが付いている。これで中継しているわけか。もしパンチラしたらみんなに目撃されちゃうじゃん! って、スカートで試練に挑む奴なんかいないよな。


 おいおい観てるか? 八木に霧江、テメェらはおれが絶対にぶん殴ってやるからな! 覚悟しとけ!


 と、山を上り下りしていると、低級の鬼が数十体現れた。


 おいおい、低級の鬼は十体倒せば終わりだろ? こんなに多い数倒しても意味ねぇじゃん。


「また人間が来たか」「殺せ殺せ」「うひひひっ今度の人間はどんな青春エネルギーかな?」「おれが喰ってやるから邪魔するな!」「早い者勝ちだよ」


 やれるもんならやってみな!


 おれは一瞬にして十体の低級の鬼を始末した。これぞおれの技ワンワンパンチ、略してワンパンだ!


「ひえぇぇ!」「こいつはやべぇ奴だ!」「逃げろ!」


 おいおい、さんざん犬学の生徒殺しておいて逃がすとでも思うのか? おれは甘くねぇわんちゃんだぞ。いや、わんちゃんだけどワンチャンスは与えないぞ。


 おれは低級の鬼を追いかけて殺しに殺した。


 まったく、いつになったら中級の鬼に出会えるんだ? このままじゃ夜になっちまうよ。


 クンクン臭いを嗅いで探し回っていても一向に中級の鬼は現れない。


「あの! 中級の鬼いないんじゃない?」


 カメラに向かってしゃべったところで返事なんてない。


 あぁ、腹減ったなぁ。てかおれだけ試験時間長くね? もう一時間くらい経っているよ。みんな数分で中級の鬼と出会っていたぞ? あ、もしかしておれ影薄いから鬼も試験管たちもおれのこといない子扱いしている?


 と、確認のため下山しようとした時、


「なかなかにしぶといな日野陽助」


 と、犬の仮面を着けた奴がおれの前に現れた。


 ドッグズの奴か、もしかして試練中止の連絡でも入れに来たのか? もしそうだったら遅いぞって文句言ってやる。


「何か用か? てか今はおれの試練中だぞ」


「安心しろ、今日お前はここで死ぬ」


「あ?」


「やれ」


 と、犬の仮面を着けた奴の後ろから中級の鬼が現れた。


「なっ!」


 おれは咄嗟に防御型をとった――だが、防御型を貫通してくるほどの攻撃力を前におれは後方へ吹っ飛んだ。


 クソ! あの鬼野郎は遠距離型か!


 おれはすぐに態勢を立て直したが、連続で放たれる鬼の遠距離攻撃を前に攻めきれないでいた。


 樹を盾にしたところで無駄だ、あの鬼の攻撃は貫通力が高い。動き続けないと当たる。チクショー、急にピンチかよ。


 目標までの距離は約四百メートル、距離を詰めるのに一秒以上掛かっていたら逃げられる。


 どうする日野陽助……今のおれにはベータ階級因子を使いこなせるだけの力はない。でも、ここで限界を超えないとダメだよな。


 なぁ比渡、おれは比渡の犬だから、ここで死ぬわけにはいかないよな。


 と、おれは中級の鬼に肉薄したのだが……


「遅いな」


 おれは鬼に撃ち抜かれた。


 身体強化で急所はずらしたが、側腹部を削がれた。


 防御型と少しマシになってきた身体強化で防御したのは良いが、やはりまだ身体強化を使いこなせていない。


 やべー、攻撃型をうまく使えれば瞬発力で攻めれるけど、今のおれには攻撃型も上手く使えない。


 鬼との距離も取られた。


 諦め時か…………いいや、諦めたらそこで終わりだ。


 今度はもっと速く、下手くそでもいいから攻撃型をベースにして身体強化をするんだ。


 肉を切らせて骨を断つ作戦で行くしかねぇ。


「ベータ階級因子、身体強化型、開!」


 相手が攻撃を仕掛けてきたらだ。そのタイミングで一気に距離を詰める。


「死ね! 人間!」


 いまだ!


 おれは鬼の攻撃を肩と足に受けた――気にするな! 痛みなんて気にするな! 走れ! さっきより一秒速く! もっと速く、もっと高みへ。


 おれは鬼の懐に飛んだ。


「な!」


「悪いな鬼野郎、おれはまだ死ぬわけにはいかねぇ」


 おれは中級の鬼の核を攻撃した。


「貴様、なぜ諦めない、なぜ生き残れる……」


「おれが諦めたらセカイを救う夢が消えちまうからな」


「そうか……貴様がベアトリクスの因子を継承した愚か者か」


 鬼はそう言い残して消えていった。


 愚かでも何でもいい。今は少しだけ休みたい。


「日野陽助! 無事か!」


 と、そこでスピーカーから学園長の声が聞こえたけど、おれは返事をする気力がなかった。


 あの犬の面の野郎はどこに行った? 鬼と組んで何をやろうとしてるんだ?


 疑問ばかり浮かぶおれだが、まずは大多鬼山を下山した。


 試練の待機場所に戻れば、東雲先生が抱きしめてくれた。


「痛いっす、先生……それにタバコ臭い」


 そこでおれの意識は途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る