長い初日

 自室へ戻ったおれはふかふかのベッドの上に転がった。


 疲れた……ベータ階級因子ってのは使うとこんなにも疲れるものなのか。てか今までのおれは筋力だけで戦ってたってことか。中級の鬼に勝てないのは当たり前だな。


 どれ、明日もあるし今日は風呂に入って早めに寝るか。


「コンコン」っとおれの部屋をノックする音が聞こえた。


 誰だ? もしかしてコンコンダッシュか? おれをイジメて楽しむ奴らか?


「はい」とおれは扉を開けた。


「日野陽助」


 なんだ、カイトか。女の子がおれの部屋に挨拶しに来たのかと思っただろ。


「なんか用か?」


「出てこい――ヒトリを助けに行くぞ」


「は?」


「詳細は走りながら話す、ついてこい」


 と、おれはカイトに首根っこを掴まれた。嫌だワン! 怖いワン! こいつに連れ去られるワン! これは誘拐だワン! 誰か助けてー。




 おれとカイトは森を駆けていた。


「おい、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねぇか?」


「何をだ?」


 こいつ記憶喪失か? 比渡を助けに行くって言ったのお前だろ。ボケてるのか? それがお前のボケ方なのか? ツッコミは入れてやらないぞ。


「どうして比渡を助けに行くかだよ!」


「ヒトリはいのちを狙われていると言っただろ」


 は? 確かにカイトは前にそう言っていたが、そんな急にいのち奪いに来るのか?


「おれの部下から情報が入った。今夜比渡ヒトリが殺されるとな」


「誰に殺されるんだ?」


「ドッグズの暗躍部隊だ。それと御三家の八木と霧江が関わっている」


 八木と霧江か……確かにあいつらなら命令しそうだよな。


「どんな理由で比渡が狙われるんだ? またおれのせいとか言うのか?」


「察しが悪いな、ヒトリは元御三家の一角を担う比渡家出身だぞ。いわばヒトリは比渡家の当主だ。そして比渡家の家臣には犬聖が多くいる。かつての比渡家よりは劣るが、御三家のパワーバランス的に言えばいまだに比渡家がずば抜けているんだ」


 つまり、比渡ヒトリが死ねば比渡家の家臣は他の家の家臣にならなければ食っていけないってことか。


「それで、どうしておれが比渡を助けなくちゃならねぇんだ……」


「お前が一番適任だからだ。お前は比渡家の家臣でもなければ他の家の家臣でもない、一番信頼できる人間がお前だ」


 なるほど、裏切りを警戒するには御家事情を知らないおれが一番ってことか。


「比渡を助けた後はどうする……逃げ場なんてないんだろ?」


「犬学に保護してもらう、あそこなら簡単には暗殺なんてできないからな」


「一回抜けた学校に簡単に入れるのか?」


「そんなの知らん、学長に話を聞いてもらう他にないだろう」


 行き当たりばったりか。まあ、どうにかするしかねぇよな。


「六年前の惨劇には黒幕がいるかもしれない」


 六年前の惨劇って言えば、比渡の家族が須藤幹雄の裏切りでいろいろあった事件か。それの黒幕がいる?


「誰が怪しいとかないのか?」


「怪しい奴ばかりだからな。しかしドッグズにまだ裏切り者が潜んでいる確率は高い」


 と、森を抜けたおれたちはまた町に帰ってきた。


「着いたぞ」


 ここは……豚学じゃねぇか。どうしてこんな場所に来たんだ?


「いまヒトリは鬼狩りをしている」


「こんな夜中に?」


「言っただろ、ヒトリは無期懲役だと」


 鬼を狩り続けろってことか。なかなかにハードな人生だな。


 と、屋上の方で鉄と鉄がぶつかり合うような音が聞こえる。鬼の臭いがしないということは、


「どうやら連中に先を越されたようだ――急ぐぞ」


 比渡、おれたちが行くまで生きていろよ。


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