体力測定

 Fクラス、それがどれほど荒れた環境かはすぐに分かった。


「二百メートル走五秒……」おれはひとりそうつぶやいた。


「お前遅いな、そんなんじゃ編入生にも負けるぞ」


「うるへー」


 え? 五秒で遅い方なの? ベータ階級因子を使いこなした人間って人間なの? つまり人間じゃないってことでいいのか。


「ははっおれ様が本気を出せば四秒なんて余裕だぜ」


「なら最初から本気を出せ」と東雲先生は生徒の頭を引っ叩く。


 走り終わったモブ男Aはおれのことを見て、


「日野、賭けのこと忘れるなよ」


 賭け――この話になるのは少し前のことだ……




「日野がクラスに加わったのもあるし、今日は体力測定をする。各々が一カ月前の自分より上を目指すこと、いいな」


 と、東雲先生はめんどくさそうに言った。しかも授業中だというのにタバコ片手にだ。


 教師がその態度ってちょっと問題あると思うのだけど、まあいいか、ここ最低最悪って噂のFクラスだしな。


『うぇーい!』なんだか生徒たちは盛り上がっている。


 てか体力測定? つまりこの学校の体力測定となると犬因子を最大限に使った体力測定ってことか。


 はぁ、なんかめんどくさいなぁ。


 と、更衣室へ移動したおれは静かに着替えていた。


「日野、賭けでもしようぜ」


 そう言ってきたのはモブ男Aだった。勝手におれの肩掴まないでくれる? 友達だと勘違いしちゃうじゃん。


「賭け?」


「ああ、体力測定で勝った方が今後の学園生活で言うこと聞くって賭け」


 なんでおれが賭け事なんてしなくちゃならねぇんだよ。お前はおれの友達か? いいや、友達ならそんな賭けしないわな。つまりお前は友達じゃない。


「そんな賭けしねぇよ」


 その賭けが犬学の青春って言うなら青春なんて捨ててしまえ。


「おいおい日野そんなこと言っていいのか? 比渡ヒトリのことビッチとか言われて悔しくねぇのか? 付き合ってんだろ?」


 なんだこのめんどくさいモブ男Aは、いいのか? ぶん殴っていいか? おれがキレると天地がひっくり返るよ? いいの? 怒るよ?


「付き合ってねぇよ」


「じゃあなんでさっき怒ったんだよ」


 うわぁめんどくせーこのモブ男A。比渡とおれの関係なんてどうでもいいじゃねぇか。それ以上しつこくすると殺しちゃうよ? いいの?


「比渡は友達だ」


「だったら賭けようぜ、友達バカにされたら怒るからな」


 あーあ、もうめんどくせぇ奴だ。Fクラスってどうして名乗りもしない奴がおれに突っかかってくるんだ? マジでめんどくせぇ。


「――ああ、分かった賭けてやる」


「よっしゃ! おれが勝ったら言うこと何でも聞く犬になれよ!」


「おれが勝ったら今後おれに近寄るな」


 ……ということがあった。



「はぁ」


 賭けなんかするんじゃなかった。


「次、日野」


 東雲先生に呼ばれたおれはスタート位置についた。


 ちなみにこの学園の地下には広すぎるくらいのグラウンドがある。どうやったらこんなグラウンドが地下に建設できるのか訊きたいところだが、誰も教えてくれそうにないので犬学七不思議のひとつに加えておこう。


「よーい」


 ピッ! と音が鳴ればおれはスタートした。


 犬因子フルスロットルだ。


「日野のタイムは二秒」


「え……」「これ二百メートル走だよな?」「うわぁ、得意競技負けた」「お前日野の靴舐める準備しといたら?」とざわめきが聞こえる。


 ま、おれが本気出せば二百メートなんて一瞬よ。


 と、東雲先生がおれに近寄ってきて、


「日野、本気を出せ」


 え? 滅茶苦茶本気出したんですけど、見てました? おれのタイム二秒って普通の人間ならワールドレコードというか絶対に越えられない壁だよ?


「本気出したんですけど」


「ベアトリクスの犬因子を持っているならこのタイムはゴミだ。二百メートル走で目指すタイムはゼロに近い数字を出せ。いいな、二回目は全力!」


 はい? どんだけスパルタ熱血教師なんだよ。てかゼロに近い数字って……おれのカラダの原型とどめられるわけ?


「うす」とおれは一応返事だけはしといた。


 ゼロに近いタイムってことは、おれ何キロのスピード出さないといけないの? 計算とか苦手だから分からねぇよ。


「日野君凄いね」


 と女子が話しかけてきた。


 へ? 何? もしかしておれのこと好き……いいや、あり得ねぇな。


「わたし三島秋って言うの、よろしくね、日野君」


「三島さん、よろしく」


「秋でいいよ」


「そう? じゃあ秋さん、よろしく」


 何これ? もしかしておれの青春ラブコメ来た? 真のヒロイン登場ってやつ? 最低最悪のFクラスにもこんな子がいるんだな。


「あの、日野君ってベータ階級因子使ってないよね?」


「え? まあ、使い方分からないし」


「わたしベータ階級因子に適合してるから少し教えてあげる」


 どうしてそんなことおれに教えてくれるんだ? もしかしておれのこと、いや、おれには比渡ヒトリというメインヒロインがいる。勘違いだけはするな。


「いいのか?」


「うん、ベータ階級因子はね……」


「おう」


「こうビビっときて、シュババって感じで、うおりゃーってなるの」


 え? もしかしてこの子天然? 擬音ばっかでよく分らない説明なんだけど。それで伝わると思っているの? まあ犬みたいに可愛いから許すけど。


「ダメだよ秋、そんな説明じゃ混乱させるだけだって」


 と現れた女子。どうやら秋の友達らしい。


かおるちゃん」


「ごめん日野、この子天然だから説明とかできないの」


「そうか」


「薫ちゃん酷い!」


「よしよし」と薫は秋の頭をなでる。


 おれもなでたい。この癒し系わんこ美少女の頭をなでたら、今の限界突破して凄い記録出せると思うんだ。だから少しだけなでさせて。


「ところで日野はベータ階級因子の身体強化型を知りたいんでしょ?」


「あ、まあ、知りたいっちゃ知りたい」


「そんな簡単に習得出来ないから諦めた方がいいよ。数日で出来るようになる奴はこの子みたいな天才だけだから」


 と、薫は秋の頭をぽんぽんする。


「そうか、天才か。まあ頑張ってみる」


 おれはスタートラインに立った。


 今の限界を引き出すしかねぇんだよな。といっても簡単にできるわけじゃねぇ。ここにいる生徒は中等部から犬因子を鍛えているんだ。おれはベアトリクスの因子を持っているとしてもその差はデカい。


 日野陽助、本気の本気、限界を超えろ!


 ベータ階級因子は身体強化型と武器強化型の二種類だと聞く、今は体力測定だから身体強化型を発動させなくちゃならねぇ。


 おれは走り出した。


 速く、もっと速く。


ゼロコンマ九秒」と東雲先生。


「はぁはぁ」


 滅茶苦茶疲れた、超人型のおれがこんなに疲れるのは初めてだ。


「まだまだ力の使い方下手だけど、良いタイムだ。よくやった日野」


「うす」


「日野君凄ーい!」


「え、天才現る? あんた凄いね」


 秋と薫はおれに近寄ってきた。


 ちょっと近いんだけど、もしかしておれのモテ期到来? この物語は青春ラブコメじゃなくてハーレムラブコメだった落ち? いいや浮かれるな日野陽助、新キャラ登場で浮かれる主人公なんて主人公ではない。冷静になれ。




 とまあ、そんな感じで体力測定は順調に進んでいった。


「よし、みんな体力測定終わったな。今日の授業は終わり、カラダ休めとけよ! 明日からもっと厳しい授業になるからな」


「だぁー、日野に負けた」


 賭けの約束は守ってもらう、もう一生おれに近寄るなよモブ男A。


 てか疲れたな。自分の部屋に行って休もう。

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